90、モカ式空鞘抜刀術・銀雪乱舞
すみません、残業で投稿が遅れました。
着地と言うよりは着弾と表現した方が正しいような光景だった。
双頭蛇のすぐ側に大きなクレーターを作りながら刀身の無い刀を振り下ろせば、16に分割された刃が文字通り蝶のように舞う。
刃長が約80センチの【理切】が16に分割されると、約5センチほどの刃となるのだが、その全てに因果断ちの力があるので、いとも簡単に黒い鎖のモヤを断ち斬ったんだけど……不思議な事に、斬ったはずの黒いモヤが塵のように消えた途端に新しいモヤが双頭蛇を覆ってしまった。
「っげ! これって復活するの!?」
一撃で勝負を決めるつもりだったのに、双頭蛇が纏う黒い鎖のモヤが再生し、とぐろを巻いていた双頭蛇がその巨体をゆっくりと起こしてその鎌首をもたげる。
あーあ、奇襲のアドバンテージが無くなっちゃったよ。
しょうがない、ここからはいつも通りの戦い方でいこう。
「にしても……ワイバーンと違って黒いモヤが再生するなんて……この蛇だけ特別なのかな?」
正眼に【理切】を構え、双頭蛇の出方を伺う。
ワイバーンの時と違い、双頭蛇の姿は黒いモヤのせいで見えない。辛うじて頭が二股に分かれているのが分かるくらいだ。
あんまり言いたくないけど、タ○リ神みたいな姿でちょっと怖い。
しかしながら、やる事は変わらない。
ワイバーンの時と同じで、あの黒いモヤを斬るだけ。
手の【理切】からは再び熱を感じる。
一度は落ち着いてしまった感情を再び高めるのはやはり難しい。
助けたいとは思っているのに、ただそれだけをひたすらに強く想う必要があるけど、どうしても事務的というか作業的というか……感覚と言えばゲージを貯めるような感覚になってしまうんだよね。
「シュルルルルルッ!」
と蛇から音が聞こえた瞬間、風を切る音がした。
咄嗟に背後へと距離を取るために跳躍すると、たった今あたしがいた場所を大木のような尻尾が薙ぎ払う。
あたしの着弾したクレーターを抉るような横薙ぎを回避した直後、その尻尾を追うように飛び出し、再び黒いモヤを切り裂く。
「やっぱダメ!」
しかし結果は先程と変わらずに、黒いモヤが切れるとすぐに再生してしまう。
何かギミックがあるタイプの敵かな?
攻撃する順番があるとか? それかもっと別の……
「小娘ぇッ!」
目の前の敵の攻略法を思案していると、上から声が落ちてきた。
あたしをそう呼ぶ人なんて1人しかいない。
「あんた、どうして頭に刺さってる変な杭みたいなやつを壊さないのよッ!」
メルツェナさんの言葉に、思わず首を傾げてしまった。
頭? 杭? なにそれ!? そんなのあたしには見えなーーあぁ、なるほど。
あたしは【理切】の因果断ちの回路に魔力を流すのを止める。
すると、それまで双頭蛇を覆っていたおびただしい数の黒い鎖のモヤは見えなくなり、代わりに双頭蛇の姿があらわになった。
ヘドロみたいな色の体の太くて長い、頭が2つもある蛇の姿だ。
一瞬、遠近感がおかしくなったかと錯覚するほどに大きい。
「……あ、あれか!」
2つの頭のてっぺんにはそれぞれ、黒い杭のようなものが深々と突き刺さっている。
「あれがこの子をおかしくさせてるんだね……それが分かれば後はもう簡単だ!」
問題は、あの刺さっているのが物理的に破壊出来るのかどうか、だ。
因果断ちを力を使わなくてはいけないのだとしたら、ちょっとだけ面倒なんだよね。
「おっと!?」
うだうだと考えていたら、双頭蛇が無差別に魔法をばら撒いてきた。
足元から飛び出してきた土の槍をジャンプで回避した所に、しなる風の鞭が飛んできた。
だけど、あたしはそれを叩き切って少しだけ魔力を回復する。
うん、他の回路に魔力が通るようになっているね。
あの時、因果断ちの回路しか使えなくなったのは、いわゆるチュートリアル的なやつだったんだろう。
「そんな攻撃じゃ、あたしは捉えられない……よっ、と!」
空中で空気を蹴って双頭蛇へ接敵。
その周囲に散らばった水の鏃を切り伏せながら、時折数秒だけ因果断ちの回路に魔力を流して、通常の姿と黒いモヤに覆われている姿を見比べる。
ゲームで言うところのカメラ切り替えみたいな感じだね。
そして気付いた。
「頭のあれ……杭っていうよりデカい鍵みたいね」
しかも、双頭蛇の姿を何度も切り替えて分かったんだけど、どうやらあの黒い鎖のモヤはあの頭の鍵から伸びているようだ。それも無数に。
「双頭蛇の体だけじゃない……本当に全方向に伸びてる、よね?」
それに、あの鍵を見ていると……とてつもなく気持ち悪い。
嫌悪感というか何というか……相対しているだけで肌がピリピリと刺されるような……って、あれ? この感じ、前にどっかで……
双頭蛇が放ってくる風の鞭や水の鏃、土の槍を、ジャンプや回転を使ったアクロバティックな回避をし続けながら、胸に突っかかる違和感に目を向ける。
「あぁ! そっか! この感じ! 山に入った時に感じたやつだ!」
気付けば、色々と点と点が繋がっていく。
きっと双頭蛇の頭に刺さっているのは、魔獣を強制的に従わせるか支配する物だろう。それから伸びている黒い鎖のモヤによってワイバーンやワイズマン・エイプなどの魔獣がおかしくなり、異常な行動を見せるようになった。
その結果、元々この山に生息していた魔獣や獣たちが棲家を追われて山に降りてきたのだろう。
と言うことは……あの頭の鍵を何とか出来れば、この問題は解決しちゃうってわけね。
「助けられるのが君だけじゃなくて、他の魔獣もなんだね! そうだとしたらあたし、全力で行っちゃうよ!」
飛び交う魔法から大きく後方に跳躍して距離を取ると、【理切】を静かに納刀する。
さっきの『偽・粉塵剣』で、思い付いた事がある。
剣速に関係なく刀身を分割させるというこのスキルを、モカ式空鞘抜刀術に組み込んでみたらどうなるのだろうか?
BLOの時の相棒であった【天羽々斬】は自身に対する付与効果のあるスキル、魔法、アイテムなどの効果を全て受け付けないという効果を持っていたから出来なかった。
いや、別に出来たとしても面倒臭くてやらなかった気がするな。
まぁいいや。
とにかく!
あたしのモカ式から繰り出される連撃が、全方位から16の刃によって繰り出されるなんて、あまりにもロマンが過ぎるよね!
考えただけでテンションぶち上がってくる。
心が浮き立つのに比例するように、手のひらからは熱が引いていく。
どうやら【理切】のお気に召したようだ。
「えへ、久しぶりに新しい技に挑戦出来るぞぉ!」
そわそわする気持ちを深呼吸で落ち着け、腰を深く落とす。
心臓の音、呼吸の音、周囲の音。
「ーーーーフッ!」
鋭く息を吐き、全ての音を置き去りにするようにあたしは飛び出した。
四半秒を僅かに超えて双頭蛇に肉薄し、抜刀から切り上げる。
「名付けて、モカ式空鞘抜刀術・銀雪乱舞!」
その瞬間、鞘から抜き放たれた刀身が16の刃に分かたれ、双頭蛇の体表を撫でるような軌道を経て、吹雪のような勢いで黒い鎖のモヤを引き裂きながら、蹂躙をした。
「ッ、っぐ、ぃいい!? や、やば! これヤバい!」
抜刀した瞬間はまだ良かった。
問題はその後。
16分割された刃にそれぞれの空鞘を生み出さなくてはならず、その座標情報や刀身の角度など、演算する事がとにかく多い。
それに加えて、小さな刃の操作までしなくてはならないのだから、あまりにも負荷が大きい。
おかげで頭がぐわんぐわんと揺れ、ドロリっと濃い赤の鼻血が垂れてくる。
「あっべ! 無理無理! 溶けちゃう溶けちゃう! 脳みそ溶けちゃう!」
負荷の掛かりすぎた脳が体のコントロールを強制的に止めたせいで、中途半端な剣撃に留まってしまい、双頭蛇の表面を覆う黒い鎖のモヤを斬り払う事が出来なかった。
だけど、あたしもこのままじゃあ終われない。
だからすぐに『偽・粉塵剣』のスキルを解除して刀身を元に戻すと、そのまま双頭蛇に張り付くように抜刀術を始める。
「モカ式空鞘抜刀術!」
太い胴体が身悶えする度にビタンビタンと尻尾が地面を打ち付ける。予想が出来ないようなのたうちまわり方をするから、狙うべき頭部への道筋がはっきりと見えない。
「あぁもう! ちょっと大人しくしてて!」
ただ斬るだけなら簡単だけど、表面にある黒いモヤだけを狙って切りながら、体勢と重心の調整をし、2つの頭部にある黒い鍵への最短のルートを測る、と言うのをやりながらだと中々にハードモードだね。
そんな中で、全てを終わらせる道筋に導かれるように直感が脳を震わせた。
「ここッ!」
抜刀術の連撃を途中でキャンセルし、『天躯』と『瞬動』による立体機動を駆使して、辛うじて見えた細く不安定な糸を手繰るように跳び、髪の毛1本のように細い隙間を通すように【理切】を振るう。
左から右へ【理切】を振り抜けば、その刀身の軌跡は2本の黒い鍵を確かに両断した。
硬い金属を斬った時と同じ感触が手に伝わり、最後まで振り抜けば、双頭蛇はさらに大きくのたうち回り、最後に大きくのけ反って震えると、その巨体は力を失ったかのように地面に倒れ込んだ。
ここに来てオリジナル技、モカ式空鞘抜刀術・銀雪乱舞が登場です。
この技は『偽・粉塵剣』をモカ式空鞘抜刀術で使うだけのものですが、あまりにもやる事が多過ぎて、人間の脳では処理がかなり難しいです。
例えが適切かどうかは分からないですが、自分に16本の手があったとして、それぞれが同時に後出しじゃんけんをして、右から数えて奇数の手は後出しで負けて、偶数の手は後出しで勝ちなさい、と言われたら無理ですよね?
つまり、そういうことです。
なので無意識でその負荷を止めるために身体が警告(鼻血など)を出した、って感じです。
溶けちゃえ溶けちゃえ、脳みそ溶けちゃえ!
これも名ゼリフですね!




