89、はいあー ざんざ さん
双頭蛇。
アンフィスバエナとも呼ばれるこの魔獣は、二股に分かれた頭がある。
ヘドロのような濁った緑色の体色は背中側が濃く、腹に向かうに連れて薄くなっていくグラデーションだ。
2メートル弱の太い胴体の全長はおおよそ30メートルほどで、ワイバーンの背から眼下の双頭蛇を観察すると、縮尺がおかしいように感じてしまうほどだ。
冒険者ギルドが編纂する魔獣図鑑によれば、それぞれの頭は独立しているが思考の共有は出来るようで、厄介な魔獣である。
独立した頭はそれぞれが魔法を扱えるため、バフとデバフを交互に使用したり、異なる属性の魔法を使用したりと、冒険者にとってはかなり対処の難しい魔獣だ。
とは言え、思考を共有しているという性質上、同時にそれが弱点にもなってしまう。
アンフィスバエナを討伐する際は、出来る限り大勢の人員を配置する事が望ましい。
適正は20人から、多ければ多いほど生存率は上がる。
攻略法は波状攻撃の中に同時的な多角攻撃を織り交ぜることだ。思考を共有しているので、2つの頭を同時に狙うことで混乱させる意図がある。
しかしながら、冒険者ギルドが示す魔獣の脅威度は堂々のAランク。冒険者のようにその上のAオーバーが無い事から、その強さは折り紙つきだ。
そんな強敵が眼下に見えた事で、グレイグさんを始めとする『黒金の雷雨』のメンバーは息を呑んで強張った顔をしている。
対してメルツェナさんはいつもと変わらない表情で、あたしを睨みつけていた。
「いい? さっき話した通り、あたしたちはバックアップとして上空にいるわ。それで、どう? 本当にワイバーンと同じような黒いモヤが張り付いてんの?」
「はい! でも、この子達に纏わりついていたのとは量も濃さも段違いです!」
ワイバーンの背中から身を乗り出して眼下の蛇を観察するが、今言ったようにワイバーンたちを蝕んでいた黒い鎖のようなモヤとは比べ物にならないほどである。
「本当は立派な蛇なんだろうけど、あたしの目には黒くてうにょうにょした毛虫みたいに見えます」
あたしとメルツェナさんは、ワイバーンに乗って双頭蛇を見つけるまでの間に、短いながらも3つの話題について話し合いを済ませていた。
まず1つ目。
ワイバーンと同じように双頭蛇も変な黒いモヤに操られているか、支配されている可能性があるということ。
これはあたしが見たまんまで、このワイバーンたちの2倍以上の黒いモヤに包まれている。
2つ目。
戦い方についてなんだけど、この黒いモヤを斬れるのは現状であたししかいないから、必然的に戦闘はあたしの主導となる。なので、みんなはワイバーンの背に乗って上空で待機していてもらう。
危なくなった場合か、10分を過ぎても勝負を決められなかった場合にみんなに参戦してもらう約束だ。
そして3つ目。
これが1番大事な事で、みんなが参戦しても対処出来ないとメルツェナさんが判断した場合、ユリシュさんをこの場に召喚する転移魔法符を使用するというもの。
そうなった場合、この山は地図から消えることになるらしい。
「小娘」
「はい?」
「無茶するんじゃないわよ?」
「当たり前じゃないですか」
メルツェナさんは至極真面目な顔をして、あたしの肩に手を置く。
グッと込められた力にメルツェナさんらしさは無く、ただひたすらにあたしをこの場に留めようとするような意志を感じる。
「今回ばかりはマジな話よ。今は命の張りどころじゃないんだからね」
真剣にあたしの事を心配してくれているのが、肩に置かれた手から熱く伝わってきた。
嬉しさ半分、恥ずかしさ半分。
いつものメルツェナさんとは違った横顔にちょっとだけ驚いたけど、この人の本質の一部にちょっとだけ触れられた事が嬉しい。
「ありがとうございます。だけど、心配しなくて良いですよ?」
あたしは思いっきり笑って、メルツェナさんの手を取って握ってあげる。
「だってあたしーー」
暖かな温もりちゃんと堪能してからその手を離し、立ち上がる。
眼下に広がる山の緑と眼前に広がる空の青。
その境界で大きく息を吸って冷たい空気で肺を満たすと、自分の中の熱を再確認できる。
どんな理由があるか知らないけど、無理矢理支配したり、操ったりするのはいただけない。
この子達だって苦しんでいたんだから、あの双頭蛇はもっと苦しんでいるはずだ。
痛いのも苦しいのも嫌だよね。
だから今、助けてあげる。
よし、それじゃあ……行こうか!
「ーー世界最強なんで!」
両手を広げて、あたしはワイバーンの背から飛び降りた。
空を飛んだ経験は何度もある。
フルダイブ型のVRゲームの醍醐味の1つでもあった飛行体験は、本当に数多くの人たちを魅了した。
ゲームによって方法は違うものの、紛れもなく空を飛ぶという経験は得難いもので、その沼にドップリとハマったゲーマーも多い。
現実世界で体験する事が出来ないからこそ、仮想の世界では狂騒的なプレイヤーによる様々な実験と試行錯誤を経て、効率的な飛び方と言うものがいくつも確立された。
その中の1つに『HTTS』と呼ばれる技術がある。
これは『Higher than the Sun』の頭文字から取られていて、長距離を効率よく移動する際に用いられていた。
飛行するために必要な魔力やスタミナなどの減少を通常の飛行移動よりも節約出来るので、専らゲーム内の大陸間を移動するために使われている。
つまるところ、弾道飛行だ。
そして、BLOにこの『HTTS』を持ち込んだプレイヤーが現れたのである。
確か名前は……リンディ・イアハート、だったかな?
彼女は、剣速に応じて刃が分裂するという『隼の剣』の能力を使い、超高高度から剣を振り上げて弾道飛行を行った。
隼の剣の能力にある剣速とは『剣を振り上げてから振り下ろすまで』の所持者の速度を参照にしているらしく、最終的に亜音速にまで到達した彼女が振り下ろした隼の剣はなんと『ナノメートル単位の目に見えない極小の刃』となって、風によって拡散されて戦場全体を包み込み、PVPイベントを初日の開始30分で終わらせたのだ。
知覚出来ない超高高度から、知覚出来ないほどの速度で、知覚出来ない攻撃が放たれるのはあまりにも理不尽で、その日の内に下方修正がされたらしい。
イベント専用フィールドと言うこともあって、参加していた約3500人のプレイヤーは全員が一瞬で切り刻まれて脱落したのだから、その強さは異次元のものだったのだろう。
幸か不幸か、あたしはそのイベントに参加出来ず、違うゲームのイベントに出演していたんだよね。
さて、どうしてあたしがこんな話をしたのか。
それはもう、とても簡単なことだ。
分かる?
もう分かるよね?
そう!
あたしが今からそれを再現するからだよ!
「ひゃっほーーーーーいっ!」
頬を叩く風の心地良さと開放感、そして何よりその速度!
めちゃくちゃ気持ちいいっ!
鞘から【理切】を抜き放ち、上段に構えると落下速度はさらに上がる。
リンディ・イアハートの持っていた『隼の剣』のような能力は【理切】には無いけど、実はあたしの持つスキルの中にあるんだよね! 似たようなのが!
「はいあーっ!」
色んな意味で伝説となった彼女はその後、運営から『絶望を齎す音速の隼』と呼ばれる剣と『真・粉塵剣』と呼ばれるオリジナルスキルを貰ってたんだけど、さらにその後、この『真・粉塵剣』がさらにエラッタされて実装されたんだよね。
「ざんざ!」
それがこれから使うBLOのスキル『偽・粉塵剣』だ。
オリジナルの方は剣速に比例して刀身を分裂させる効果だったけど、こっちのスキルは剣速に関係なく刀身を最大16分割するだけ。
でも、オリジナルにはない効果が含まれているんだよね。
その効果とは、分裂した刀身を自分の意思で操作する事が出来ること。
それはつまり16振りの刀を持っているのと同義。
だからこそ、この勝負は始まる前に終わっている。
「さぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああん!」
弾道飛行と言うには烏滸がましい高度から、音速の隼にも劣る速度で放たれた16の刃が、蠢く黒い鎖のモヤを断ち斬った。
よしきちさんに続き、BLOの名物プレイヤーの名前が出ました。
リンディ・イアハートさんですが、名前はかの有名な飛行士から取ってます。
BLOをプレイしたきっかけは友人に誘われたから。
PNに彼女の名前を付けるくらいに飛ぶのが好きだが、BLOでは飛べない事が分かると、どうにか飛べないかと試行錯誤をしまくる。
その結果、立体機動系のスキルを駆使して超高高度に到達する事が出来て、例の事件に繋がります。
ちなみに、一部に熱狂的なファンがいます。
「面白い!」 「続きが気になる!」と思って下さった方は、画面下にある【⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎】を【★★★★★】にして応援していただけると、とても励みになります!
ブックマーク登録や感想もぜひ、宜しくお願いします!




