88、黒のワイバーンの背に乗って
「で? 本当にこれからどうするつもり?」
寝転がるワイバーンを見つめながら、メルツェナさんがそう聞いてきた。
どうもこうも、この子たちとはここでお別れだと思うんだけど……もしかして、連れて帰ってもいいのかな?
でもその場合、どこで飼えばいいのかな? 餌代とかすごそうだし……まぁ、最悪の場合ユリシュさんに丸投げしちゃえばいいか。
あの人なら何とかしてくれそうだしね、知らないけど。
「どうしましょうかね? 一旦戻ります?」
「……そうね。報告に戻った方が良いんでしょうけど……どう報告すれば良いのよ、こんなもん。報告するこっちの身になれっつーの」
「じゃあ先に進みます?」
「その方が良いわね。私の任務もあるし、さっさと終わらせたいわ」
そういえば、ギルドの前でユリシュさんに何か言われたよね? 確か……
「例の依頼の調査?」
「……あれ? 話したっけ?」
「いえ、ユリシュさんにそう言われてましたよね?」
「あぁ、あの時か。まぁ、話してもいいか」
メルツェナさんがポツポツと話し始めた内容は、おおよそ想像していた通りのものだった。
「本来はマスターへの指名依頼だったんだけど、私なら対処が出来るだろうって事でマスターが私に回してくれたのよ。内容は西の森に出現した双頭蛇の調査とそれに伴う魔獣の生息域変化による影響の調査。まぁ討伐可能なら討伐してこいってマスターには言われたけど、長引くと面倒な事になりそうだから、早めに片付けたいのよ」
生息域変化による影響の調査って……そんなのいつの間にやってたんだろ? 夜中とかにやってたのかな?
「早めに、って事は何か変化があったって事ですか?」
「そうよ。鹿を討伐した後に人形を森に派遣して調査させたんだけど、魔獣の群れが山から降りてきたことでスタンピードの兆候があったのよ。だから出来る限り早く原因である双頭蛇を処理しちゃいたいの」
そんな話をしていると、あたしたちを遠巻きに見ていた『黒金の雷雨』のメンバーたちがおずおずと近づいてくる。
「あ、あの〜、俺たちはどうすれば? このまま一緒に行動していても良いのでしょうか?」
「そうね……どうしたい? このまま一緒に来ても良いわよ? 双頭蛇と戦うかどうかは成り行き次第だけど、もし参加したいって言うなら止めないわ」
「あー………ちょ、ちょっとチームで話し合っても良いですか?」
「ええ、構わないわよ。でも時間はないからさっさとね」
メルツェナさんの言葉にグレイグさんはしっかりと頷いて、メンバーたちを連れてあたしたちから少し離れて会議を始めた。
「小娘、あんたは来てもらうわよ」
「当然ですよ。まだあたしのお使いが残ってますもん」
「その前に双頭蛇よ。それにあんた、あのワイバーンの事もちゃんと話してもらうからね? 隠し事は無しよ? 支配されてるだの操られてるだの言ってたけど、あれは何?」
うっ……説明しろって言われると説明しにくいんだよなぁ。現にあたしだって良く分かってないんだもん。
「えぇっと……ちゃんと整理できてないんで、支離滅裂になるんですけど……」
そしてあたしはワイバーンに起こっていた異変について喋り、グリザークから王都に来るまでの森で出会ったワイズマン・エイプの異変も話し、それが【理切】によってなんとかなった事を伝える。
「……にわかには信じがたいけど……確かにあのワイバーンたちも戦う前と今で雰囲気がガラッと変わってるし……あり得るの? いや、山の異変はそれが原因だったのかしら? 双頭蛇が持ち込まれた時期と重なるわね。ねぇ、小娘? あんた、双頭蛇があのワイバーンと同じ状況だったら、同じ事出来るわけ?」
メルツェナさんがワイバーンを指差すと、退屈そうに欠伸をしていたワイバーンたちが「なになに? どうしたの?」、「僕たちのこと?」と言わんばかりに興味津々顔で近寄って来た。
「あぁん、こら〜、もうちょっと待ってて! うひぃ、あはは、くすぐったいってば!」
「つまらないよ〜」、「構ってよ〜」と言ってるのがありありと聞こえるくらいに鼻先を擦り付けてくるワイバーンを撫でてあげる。
「小娘……あんたって、意味分からないわよね、ほんと」
強張ったような顔でメルツェナさんが言うけど、そんな事ないと思うんだけどなぁ? こんなに可愛いのにね。あーあ、もっと小さい……それこそ手乗りサイズとかだったらもっと一緒にいられるのになぁ。
「あ、そうだ。急ぐなら、この子たちに乗せてもらいましょうよ! 空からだったら双頭蛇が見つけやすいんじゃないですか?」
何を言い出すのよ、この馬鹿は。とメルツェナさんの表情が言っている。
そんなに変なこと言ったかな?
「……そうね」
何か言いたげだったメルツェナさんは喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んだようで、小さく頷く。
「ねぇ、君たち? あたしたち、頭が2つある大きな蛇を探しているんだけど、何処にいるか知ってる?」
「ちょっと、魔獣に人の言葉がーー」
メルツェナさんがそう言い掛け、止める。
何故なら、ワイバーンたちがコクコクと頷いていたからだ。
「え、ほんと! お利口さんだねぇ!」
2体の顎をわしゃわしゃと強めに撫でてあげると、嬉しそうに目を細めてグルグルと喉を鳴らした。
本当に可愛いね、君たち!
「メルツェナさん、分かるって! ……メルツェナさん?」
「あー、はいはい、こうなるのは分かったわよ! これじゃあ私が馬鹿みたいじゃない! あー、なんか腹立つ!」
プンスカ怒っているメルツェナさんだけど、どこか怒るところあった?
「? なんで怒ってるんですか?」
「誰のせいだと思ってるのよ! 誰のッ! だぁ、もう! 調子狂うなぁ!」
「あ、そうだ! じゃあ、あたしたちを背中に乗せて連れて行ってもらえる?」
あたしがそう聞けば、2体は嬉しそうにまた頷く。
「ふふ、ありがと!」
やっぱりこの子たち、ちゃんとお利口さんなワイバーンたちだね。
とりあえず双頭蛇への道筋がはっきりと定まった所で、話し合いを終えたグレイグさんたちが戻ってきた。
「メルツェナさん、モカちゃん」
グレイグさんが真面目な表情であたしを見つめてくる。
「俺たちが行っても足手纏いになるかも知れない。それでも、ここで帰ればもっと後悔すると思うんだ。俺たちがBランクに上がれないのは、ここぞと言う時に安全を取って踏み出せないからだと思っている。今がそうだ。だから、俺たちも着いていきたい」
そう言うと、今度はメルツェナさんに向き直る。
「俺たちにも手伝わせて下さい。お願いします!」
グレイグさんが頭を下げると、他のみんなも揃って頭を下げた。
「足、引っ張るんじゃないわよ」
「はい、もちろん!」
「最悪の場合、小娘を担いで死ぬ気で逃げるのよ?」
「分かりました」
「ん、宜しい」
大仰に頷き、メルツェナさんはイタズラな笑顔を浮かべた。
その数分後。
「「「「うぎゃあっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」」」
はるか上空に『黒金の雷雨』の絶叫が響き渡った。
あたしたちは今、黒のワイバーンの背に乗って、山の頂上を目指している。
あたしとメルツェナさんが一緒に乗り、『黒金の雷雨』のみんながもう1体の背に乗っているんだけど、泣きじゃくるグレイグさんたちがうるさいのなんの。
グレイグさんたちを乗せているワイバーンが不満げな顔であたしを見てくる。
ごめんね、もうちょっとだけ我慢してね。
「小娘、あれ!」
ゆったりとした空の散歩を楽しんでいると、不意にメルツェナさんが地上を指差した。
山の頂上、ではなく、そのさらに西より。
王都から見れば山頂の裏側に当たる場所に、大きく開けた平坦な場所がポツンとあった。人工的なものではなく、木々が薙ぎ倒されたように周囲に倒れており、その中央にはまるで巨大な巻き貝のような物体が見える。
それは、2つの頭を持つとぐろを巻いた巨大な蛇だった。
ワイバーンたちの可愛さに、モカはメロメロです。
ちなみに、この世界にはテイマーと呼ばれる職業が存在しています。魔獣と心を通わせて使役することが出来る職業です。
きちんと魔法体系の1つに組み込まれていて、研究されています。
研究者は魔獣の生態解明のためにテイムした魔獣を解剖させろと言ってきますが、ほとんどのテイマーは自身のテイムモンスターを実験道具のように扱って欲しくないと断っています。




