87、ワイバーン戦、決着
鞘から抜き放った【理切】は、その刀身に葉脈のような繊細な幾何学模様を浮かび上がらせていた。
銀光が鈍く輝く中に聖刃のような鮮やかな青光が走っていて、神々しくありながらも決して冷たい印象は与えない。
「はぁああああああああッ!」
空中を旋回する2体のワイバーンに肉薄したあたしは、一切の躊躇いもなく【理切】を振るう。
青の残光が尾を引き、黒いモヤが蒸発するように霧散していく。
どうしてか、繊細な刀の扱いは必要ないのだと理解している。
ただ斬るだけで事足りるのだと分かる。
だからワイバーンごと斬っても、ワイバーンの身体を切断することはない。
刀身がモヤだけを斬り、ワイバーンの身体をすり抜けるという不思議な光景を目にしても、戸惑うこともない。
あたしの斬りたいものを【理切】が斬ってくれるんだもん。だったらあたしのやるべきことは1つだけ。
「その黒いの、綺麗さっぱり片付けてあげる!」
さっきまでの無心にこだわっていたのが恥ずかしいくらいに心が晴れやかだ。
【理切】を振るう手に迷いも無く、ただひたすらに救いたいと強く願う最速の剣が疾る。
なるほどね。
ただ1つの事を、ただひたすらに強く念じる。
それがどれほど難しいことか。
あたしは……いや、あたしたちは、あまりにも多くの雑念を抱えてしまう。だからそれが出来ない。
でも、それが出来た瞬間にこそ因果は断たれるんだろう。
「剣の頂はまだまだ遠いね」
ワイバーンを包み込むように青の残光が尾を引き、それが背景に溶けるように消えていくと、そこにはもう身体を蝕む黒い鎖のモヤは存在していなかった。
それまで威嚇の咆哮を放っていたワイバーンは、歌うように穏やかな鳴き声を発しながらゆっくりと旋回をやめて高度を落としていく。
赤く縁取られた黄色の瞳は既に智慧を讃えた愛らしいものへ変わっていて、優しく細められていた。
「待たせてごめんね」
最後の1体、未だ旋回を続けるワイバーンを視界に収め、あたしは天を駆ける。
流れるように刀身を操り、春風のように身体を踊らせ、一寸の狂いもなく、全身を撫でるように黒い鎖のモヤを斬り捨てた。
「はい、これで終わりだよ!」
「キャウゥゥン」
甘えるような鳴き声に、嬉しくて思わず破顔する。
「ねぇ、あたしたちと戦うつもり、ある?」
念の為そう尋ねると、ワイバーンはふるふると首を横に振った。
「そっか。あ、そうだ。下に降りた子にも聞かないと」
あたしが『天躯』スキルで空を蹴って地上に向かうと、いつの間にか集まっていた『黒金の雷雨』のみんなとメルツェナさんが、ワイバーンと対峙しているところだった。
「うわぁ! ちょっと待って! ストップストップ! 戦わなくていいよ! もう終わったから!」
慌ててみんなとワイバーンの間に入って止めに入る。
「ね? 戦わないよね?」
振り返ってもう1体のワイバーンにそう尋ねると、ワイバーンは「キュルゥ?」と首を傾げた。
そこにゆっくりと降りてきたワイバーンが着地して、「グルゥ……グラゥゥゥ、キュリュルゥ」と鳴く。
きっと説得か何かをしてくれたのだと信じたい。
すると、首を傾げたワイバーンは嬉しそうに鳴いて、あたしに向かって頭を下げて、じゃれつくように鼻先を押し付けてきた。
「きゃん!? え、なぁに? あはは、くすぐったいよぉ!」
2体のワイバーンがまるで子犬のようにあたしにじゃれついてくるのを見ているみんなに目を向けると、その表情は多種多様だった。
まずグレイグさん。
口をあんぐりと開けて、餌を待つ鯉のような間抜けづらだ。
次にラルフさん。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まっている。
その隣のザフィーラさん。
猫のフレーメン反応のような表情だね。
さらにその隣のデュランさん。
顔中の筋肉が引き攣ったかのようなドン引きだ。
そして皆さんお待ちかねのメルツェナさん。
メルツェナさんは傑作だ。
どんな顔かと言うと、あの有名なチベットスナギツネみたいなーーいわゆるチベスナ顔をしてた。
しかも、途中で詠唱を止めているからなのか、地面に広がる魔法陣から放たれた光がメルツェナさんを下から照らしていて、余計にシュールに見えてしまう。
あー、前も言ったけどカメラ機能が欲しいよ! このアホヅラーーげふんげふん、素晴らしい光景を永遠に残しておきたいのになぁ。
「ちょっと待っててね」
じゃれついてくるワイバーンの鼻先をポンポンと撫でてあげると、あたしは呆然と立ち尽くしているみんなの元へ駆け寄る。
「ね、大丈夫でしょ? だからみんな杖や武器はしまってください。それからメルツェナさんは魔法を解除? してもらってーー」
「「「「「これのどこが大丈夫なんだよ(なのよ)!!!!!」」」」」
ワイバーンの咆哮以上の叫び声が山に響いた。
次の瞬間には全員から詰め寄られて揉みくちゃにされながら耳元でごちゃごちゃと大きな声で叫ばれる。
「おおいモカちゃん! これはなんだ!? 何が一体どうなってこんな事になるんだよ!?」
「モカちゃん! あれは何だ!? ワイバーンだよなぁ!? 恐ろしい魔獣なんだぞ!?」
「慌てて来てみれば、このような危険な状況だ! どうしてもっと慎重に動かなかった!?」
「ワイバーン1体でも脅威なのに、どうしてCランクのモカさんが1人で突っ込むんですか!?」
「ちょっと小娘! そろそろ本当にあんたのことが分からなくなってきたわ! 一体どうすればあの凶暴なワイバーンがあんなに懐くのよ!?」
耳がキーンとして誰が何を言っているのか分からない。あたしは聖徳太子じゃないっつーの!
「だぁ! もう! うるさいですよッ! 言いたいことがあるなら1人ずつお願いしますっ!」
グイグイと詰め寄ってくるみんなを押し除けて力一杯叫ぶと、グレイグさんたちは口を噤んで一斉にメルツェナさんを見た。
「え? 私? わ、分かったわよ。だからそんな目で見るな!」
ペチンと頭を叩かれたグレイグさんは、え? 何で俺叩かれたの? と理不尽な暴力に戸惑っている。
「小娘、あんた自分が何をしたのか分かってるわけ?」
詠唱中の魔法を中断させて後始末をしながら、メルツェナさんがそう聞いて来た。
何をしたかって? もちろん分かってるよ。
「あの子たちを助けました!」
ドヤ顔で胸を張り、あたしはふふんと鼻を鳴らす。
それを見たメルツェナさんは呆れたように深い溜息を吐いた。
「はぁ………もういいわよ。もう何も聞かないわ。それで? どうするんの、アレ」
彼女の視線の先には2体が地面に寝そべり、ジッとこちらを見ているワイバーンがいる。
「あんた、テイマーか何かの適正でもあるわけ?」
「いや、ありませんけど?」
「じゃあなんでワイバーンがあんなに落ち着いてあんたにじゃれついて来たわけ?」
「うーん? あたしが命の恩人だってちゃんと理解しているんじゃないですか?」
確かに、懐かれた理由は分からないね。でも今言ったのが正解な気もする。
そう答えると、メルツェナさんはもう何度目になるのか分からない深い溜息を吐いた。
「私の中の価値観が音を立てて崩れていくのを感じるわ」
ははぁーん、なるほど。
これはアレか。
異世界転生ものにおける王道にして、超有名なセリフの出番だよね!
というか、言うなら今しか無くない? 間違いない!
「あれ? あたし、また何かやっちゃいました?」
くぅ〜っ! 1度は言ってみたかったんだよね、これ!
最後に色々と遊んでしまった。
だってさぁ! こんなにも遊べるの……今しかなくない? 間違いない!
そりゃモカとメルツェナさんの相性は優勝ですよ!




