84、断ち切る
ワイバーンとの戦闘が再開された。
「乱数三段突き!」
しかし、突きだけでは致命傷にはならない。
それには気付いていたけど、斬撃に対するダメージ軽減の防御を何とかしないと勝負が決められない。
しかも、黒い鎖のようなモヤも、全身を覆っているため、点の攻撃である突きだけでは限界がある。
だから考え方を変える事にした。
ワイバーン本体にダメージを与えるのでは無く、体表面のモヤを的確に斬る。
何度か攻撃をして分かったけど、防御魔法の上に黒いモヤを纏っているから、それだけをピンポイントで狙えるのならば、防御魔法による威力軽減は気にしなくていい。
となれば曲芸のような芸当を求められるわけだけど、どういうわけかこのワイバーンたちは積極的に攻撃をしてこない。
空中を旋回している4体は咆哮するだけでブレスを吐いたり、急降下による体当たりなどもしてこない。
目の前の1体に関しては、翼を広げて威嚇してくるだけだ。
「グレイグさん! 上の4体はどう? 攻撃してくる様子はある!?」
「今の所はない! 様子見をしているみたいだ! こんなことあり得るのか!?」
「分かんない! でも、何か変な感じがするから油断しないで!」
「当然だ!」
「ちょっと試したい事があるから、上だけ見てて!」
「え? お、おい! ちょっと待て! 何をするのか教えてくーー」
「待たないッ!」
グレイグさんの言葉を途中で遮り、跳ぶ。
ワイバーンに肉薄し、切り上げる。
間合いの調整なんて、元剣神のあたしにとっては日常茶飯事だ。
スキルを駆使して縦横無尽に飛び回り、ワイバーンを縛る黒い鎖のモヤを斬りつけていく。
その度にワイバーンの悲鳴が山に響き渡り、苦痛に体を捩った。大きく首を振り、尻尾をビタンビタンと地面に叩き付け、苦しそうに翼の爪で地面を大きく抉る。
それでも反撃をしてこない所をみると、やっぱりあたしの考えは当たっているんだと確信する。
「やっぱり、この黒いモヤに操られているか、支配されているんだ……」
どこの誰がこんな酷いことをしたのよ! 絶対に許せない。
「今楽にしてあげるからね!」
全身を覆う黒い鎖のモヤを断ち切る様子は、側から見れば圧巻の一言に尽きる。まるで外科医による神業的な執刀のような正確さと攻撃的なボクサーのような大胆さ、そして名画を仕上げる画家のような繊細さを併せ持つ全周からの斬撃は、寸分違わずに黒い鎖のモヤだけを的確に断ち切っていく。
頭から尻尾の先まで、残らず全てのモヤを斬り払うのに、そう時間は掛からない。
ワイバーンを蝕む最後の鎖を処理した時、手の【理切】が持つ熱が強まった気がした。
何かを伝えようとしているのか、それともワイバーンを倒せたことを喜んでいるのか……うーん、まだまだ分からないことだらけだ。
鎖を全て除去したワイバーンが地面に倒れ込む。
断末魔の叫びもなく、全身から血を吹き出しながら、急激に瞳から光が失われていく。
黒い鎖のモヤだけを断ち切ったはずなのに、なんで!? ただ斬るだけじゃダメだったってわけ!?
瞳は赤く縁取られた黄色の瞳から、知性を感じるようなクリクリとした黒い瞳に変わっていた。
手の【理切】と同じように、その瞳はあたしに何かを伝えようとしているのが、何と無く分かった。
なんて穏やかな顔をしているんだろうか。
倒すべき魔獣のはずなのに、その瞳に見据えられた時に心に芽生えた形容し難い感情がぐちゃぐちゃと頭を掻き乱してくる。
「楽に……してあげたはず、なのに……なんで、なんで……こんなに心がざわつくのよ……」
ギリギリと【理切】を握る手に力が入る。
多分、【理切】はこれを伝えようとしてたんだね。伝わる熱は、あたしに怒っているんだ。
あたしはまだ、この子を使いこなせていない。
因果だけを断つはずなのに、あたしは命も断ってしまった。
未熟なんだ、あたしは。
「……こんな気持ちになるの、久しぶりだよ」
何が剣神だ。
斬りたいものも斬れずに、何が剣の頂だ。
「分かったよ【理切】。あの子たちを、助けよう」
上空を旋回する4体のワイバーンを見上げながら、相棒を一度、納刀する。
「……それじゃあ」
回路に魔力を流す。
熱が、意思を帯びたように広がっていく。
「あの子たちを縛る因果だけをーー」
深く腰を落として、抜刀の体勢を取る。
「ーー斬るッ!」
跳ぶ。
地面にクレーターを残す程の跳躍により、空へと跳び上がる。
身体強化とスキル『天躯』で空中を駆け上がり、旋回するワイバーンへと肉薄する。
4体のワイバーンはあたしが近付いてきたにも関わらず戦う気配が無く、ただ旋回しているだけだ。
「戦う気がないんだね! それとも、抵抗してるの?」
威嚇するだけのワイバーンたちは、苦しそうな咆哮を上げ続けている。
今度は上手くやるからね。
『天躯』の機動力は、地上とほぼ同じような動きを可能にしてくれるから、少し無茶な動きも可能だ。しかも、空中だからお腹の下への攻撃も少しは楽になるね。
「モカ式空鞘抜刀術!」
オーガ・エンペラーのゴ・ギドとの戦いで初お披露目を果たしたあたしの代名詞。あの時はまだ9連撃が限界だったけど、レベルもステータスも少し上がったから、今の限界は14連撃まで上がっている。
しかし、それだけではワイバーンに纏わりつく黒い鎖のモヤを断ち切ることは出来ない。もちろん、途中で通常の斬撃も交えてスタミナ管理をしつつ、途切れる事なく斬撃を放ち続ける。
だけど地上での戦闘とは違って、常に旋回を続けるワイバーンとの位置取りがかなり難しい。
間合いの管理、『天躯』による空中機動の制御、【理切】の因果断ち回路へと魔力制御、黒い鎖のモヤだけを斬り捨てる集中力。
どれか1つでも崩れれば連鎖的に失敗するのが分かる。
だが、強く握りしめる【理切】からはまだジクジクと熱が伝わってくる。
まだだ、まだ足りない! そう言われているように思えて、心が焦ってくる。
何が足りない? 足りていないの? 魔力の量? 制御? 質?
相棒が何を伝えたいのか、それが分からない。
分かってあげられない事がすごくもどかしい。
そんな自分に腹が立つ。
ごちゃごちゃと絡まる思考に囚われながらも、あたしの剣技はブレることなく、ワイバーンを縛る黒い鎖のモヤを全て断ち斬る。
「なんでッ!」
しかし、今度も黒い鎖のモヤから解放されたワイバーンは全身から血を吹き出し、その動きを止める。
そのまま、1体目のワイバーンと同じ瞳であたしを見つめながら、地面に向かって落ちていく。
「なんで……何が足りないの?」
手のひらに伝わる熱は、まだ消えない。
ワイバーンとの戦いに苦戦しているモカ。
相棒である【理切】から伝わる熱の正体は何なのか。
もどかしい想いをしていますが、次回で何とか解決できるといいなぁ。
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