82、もしもし? ワイや。え? 誰って? ワイやワイ!
足跡や蹄の跡の無い獣道を歩いていると、不意に肌がピリピリする嫌な感覚が強まったのを感じた。
山と言っても鬱蒼と生え茂る木々と、足元が隠れるほどの草のおかげで歩くのが億劫だし、そのせいで体力も精神力も削られていく。
そんな中で、少しばかり開けた場所が見えてきた。
地図上で開けた場所というのは、双頭蛇が目撃された場所らしいのだが、そこには何と先客がいた。
それも、想像していた以上に最悪な先客である。
「げっ……」
「おいおい、マジかよ……」
「あれ……なんです? ワイバーンみたいに見えますけど……」
「みたい、じゃなくて、ワイバーンそのものだよ、モカちゃん」
そう。
獣道の終点、双頭蛇が目撃された場所にいたのは、5匹の黒いワイバーンだった。
時に、BLOでワイバーンというモンスターが実装されたのは、第2回大型アップデートのタイミングである。
それまでは空を飛ぶモンスターと言うのはゲーム内にはいなかったため、実装された当初はかなりの盛り上がりを見せたのだが、すぐにその熱は燃え上がり、炎上することになった。
と言うのも、ワイバーンに搭載されたAIは、危険を感じたら空に逃げ、高高度から火炎を吐き散らして、危なくなったらそのまま逃げるというクソみたいな行動パターンだったからだ。
その後、サイレントアプデによってワイバーンの行動パターンが変更されたことで炎上は鎮火したが、プレイヤーの中にはワイバーンは見つけ次第、最大火力をも持ってして一撃確殺するべし、と思っている者が多い。
もちろんあたしもその1人なんだけど、どうにも目の前のワイバーンには攻撃する気にはなれない。
「なんだろう、この嫌な感じ……前にどこかで……覚えがあるような……」
5体のワイバーンは、開けた場所で1ヶ所に集まり、丸まって寝ている……とは言い難い。
寝ているはずなのに、呼吸は荒く、全身がビクビクと痙攣し続けているその様子は、まるで悪夢にうなされているように見えて不気味だ。
「悪夢でも見てるのかな……?」
あたしが無意識に1歩を踏み出そうとしたのを、グレイグさんが止めてくれる。
「お、おい、モカちゃん!? あんまり近づくな。寝ているんだろうけど、様子がおかしい」
「普段はああじゃ無いんですか?」
「……悪いが、ワイバーンに出会ったことはない。ないが……どう見てもおかしいだろ、あれ」
「ですよね……どうします?」
「どうもこうも、1度戻るぞ。メルツェナさんに相談した方がいい」
どうやらグレイグさんは、あたしがワイバーンに喧嘩を売ろうとしていると思っているのか、切羽詰まったような表情であたしの肩を掴んでバキバキになった目であたしを見つめてくる。
「いやいや、いくらあたしでもあの数を相手にしよう……なんて……」
あれ、おかしいな? ワイバーンと目が合ってるぞ?
「あのぉ……グレイグさん?」
「どうした?」
「目が………」
黒い体表の中に見えたのは、赤く縁取られた黄色の瞳だ。いわゆる蛇目というのだろうか、瞳孔が縦に長い。
その先を言うな、と言わんばかりに強張ったグレイグさんがゆっくりと首を横に振る。
「目が、合ってます」
そんなグレイグさんには目もくれず、あたしは、あたしを見つめてくる10の瞳を見つめ返す事しか出来なかった。
鈍重な動作でワイバーンたちが首をもたげると、はっきりとその瞳の異様さが見て取れる。
焦点の合っていないような虚ろさがありながらも、その黄色の瞳ははっきりと殺気立っているのが分かった。
だからグレイグさんもそれを感じて、ゆっくりとワイバーンの方へと向き直り、息を飲む。
その音がやけにうるさく感じるほどに張り詰めた空気の中で、あたしとグレイグさんは大きく息を吸い込んだ瞬間。
「ギャリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ワイバーンの咆哮が5つ、不協和音のように重なり、山に響き渡った。
1体でも相当な音量だと言うのに、それが5つも重なれば、それは立派な音響兵器だ。鼓膜が無事で何よりだね。
全てのワイバーンが起き上がって首をもたげ、威嚇するように翼を広げている。
空に逃げられると厄介だ。
だから、その前に機動力の要である翼を切り落としたい。
「グレイグさん、あたしがーー」
腰の【理切】に手をかけながらグレイグさんを一瞥すると、グレイグさんは耳に手を当てて縮こまっていた。
それを見た瞬間、あたしの行動は決まった。
「ーーしッ!」
腰を落とし、鋭く踏み込む。
身体強化とスキルを合わせて一瞬でトップスピードに加速。
5体全てが空に逃げる前に数を減らしておきたい!
まだ翼を広げて威嚇している1番近いワイバーンの首に狙いを定めて一気に【理切】を振り抜けば、青い光が遅れて尾を引く。
重量可変によって羽毛のように軽い刃を振り抜き、斬る瞬間に重さを戻す。そうしなければ刃筋が乱れて上手く斬れないからだ。
だと言うのに、【理切】の刀身がワイバーンの皮に触れた瞬間に滑った。
「なッ!? 嘘でしょ!? 滑る!? なんで!?」
重量可変のせいか!? そう思ったけど、理由はすぐに分かった。
「魔力が回復した? あぁ、そういう……」
ワイバーンの表皮を滑った【理切】から魔力が譲渡されたのが分かる。つまり、【理切】の魔力奪取が発動したってことだ。
と言うことは、ワイバーンの表皮には少なくとも何かしらの魔法が展開されているということ。そのせいで刃が滑ったんだろう。
問題はその魔法が何か、と言うことだ。
防御魔法なのであれば『退魔剣』で破壊出来るけど、斬った感触は防御魔法ではなさそうだ。
と言っても防御魔法を斬ったのはオーガ・マンティスの時くらいだから比較対象が少ないんだよね。
「なら、これでどう!」
振り抜いた【理切】を手首を返して上段から『退魔剣』を発動した袈裟斬りを放つ。
ミチっと肉を斬る感触が手に伝わってくるが、深くはない。
これも理由は簡単だ。
防御魔法が邪魔をしている。
厄介な事に、ワイバーンが展開する防御魔法は通常のバリアのようなものでは無く、水の膜のような代物のようだ。
斬ったそばから再生されてしまうので、刃を止められてしまう。
うーん、これは困った。剣士にとっては厄介な相手だなぁ。
どうしたものか、とあたしは一旦大きく距離を取る。
その隙に4体のワイバーンは翼を大きく羽ばたかせ、その巨体を浮かせつつあった。
「あー、これはマズイ。BLOのクソAIと同じ行動パターンじゃありませんように!」
誰でもいいからあたしの祈りを聞き届けてくれると良いな。
と考えた思考を再び戦闘一色に染め上げ、あたしはもう一度深く踏み込もうとして気付く。
この手に握る【理切】が熱を帯びていることに。
対ワイバーン戦。
BLOで最初に実装されたワイバーンはいわゆる羽の生えたトカゲですが、アップデートを重ねる毎に色んな種類のワイバーンが実装されました。
中には飛べないワイバーンもいたとか。
え? 火山に生息している古龍に匹敵する力を持つワイバーンか、だって?
いやいや、そんな!
あの偉大なATMさんと比べられても困ります!




