81、偵察に行こう
さっさと歩き出してしまったメルツェナさんは気付いていないのか忘れているのか、魔獣の死体がそのままだ。
メルツェナさんはこんな木っ葉如き魔獣の素材なんて興味ないんだろうけど、グレイグさんたち『黒金の雷雨』の面々は後ろ髪を引かれる思いでメルツェナさんの後を追う。
とは言え、流石に死体をこのままにしておくのも後々の面倒になりそうだから、こっそりとメルツェナさんが倒した魔獣たちをアイテムボックスへと収納していく。
こういう時に、容量が無限で時間停止のアイテムボックスの有り難みを感じる。
「小娘、遅いわよ!」
「あ、今行きます!」
最後の魔獣であるオーガ・マンティスをアイテムボックスに収納したあたしは、先を行くメルツェナさんたちに追い付くために駆け出した。
森と山の境界線は曖昧で、いつの間にか森を抜けて山に入っていたようで、肌を刺すような嫌な感覚が強まっている。
そのせいでみんなの口数も少なく、和気藹々としたハイキングとはいかない。
整備されているとは言え、お世辞にも歩き易いとは言えない山道を歩くこと数時間。
山道から外れるような獣道が見えてくる。
「これが例の分岐場所ね?」
メルツェナさんが地図を睨みながらそう言うと、すぐにグレイグさんが肯定した。
「そうです。現在地がここなので、少し入り組んでいますけど、この獣道をいけば双頭蛇の目撃場所に着きます」
「ふーん、それじゃあここで一旦の休憩ね。時間もちょうど良いだろうし……」
メルツェナさんはそう言うが、あたしはもう少し進んでも良いと思っている。
と言うのも、周囲の状況が不鮮明なままでは十全な休憩も出来ないからだ。
「周囲の偵察をしてからの方が良いと思うんですけど……」
あたしがそう言うと、メルツェナさんは面倒くさそうに溜息を吐く。
「あっそ、じゃああんたが行ってきなさい。あたしたちはここで待ってるから」
え!? あたし1人で!? いやいや、それはおかしいじゃん!?
みんな疲れてるのは分かるけど、せめて手分けして周囲の安全の確保くらいしようよ……なんて思いを視線に込めて送ると、グレイグさんがちゃんと頷いてくれた。
「メルツェナさん、流石にモカちゃんを1人で行かせる訳にはいかないので、俺たちも手分けして周囲の偵察に行きます」
「そう? じゃあ宜しく。でも、この雰囲気なら、山の魔獣たちはあんまり活発な動きはしていないと思うわよ?」
それはあたしも感じていた。
山が静かなのは、この山に生息する魔獣たちが動いていない証拠だ。現に山に入ってから今までに遭遇した魔獣はいない。
双頭蛇に恐れをなして縮こまっているのか、それとも何か他の理由があるのか、理由までは分からないが、だからこそ細心の注意を払っておきたいと思うのは当然だ。
「それじゃあ、あたしと『黒金の雷雨』のメンバーで、周囲の偵察に行ってきますね。チーム分けは……」
そう言ってグレイグさんたちの方に向き直ると、グレイグさんが手を上げているのが見えた。
「モカちゃんとは俺が行く。お前らは3人で周囲の偵察を頼む。そうだな……俺たちがこの獣道の先を見てくるが良いか?」
グレイグさんの言葉に、他のメンバーはそれぞれに頷いて了承すると、思い思いに偵察の準備を始める。
「それじゃあモカちゃん。この獣道の先に行く前に、幾つか注意事項を聞いてくれ」
そう言って、グレイグさんは4つの注意事項を話してくれた。
1つ目、山での偵察は視界と同じくらい足元に注意すること。
2つ目、風向きによっては魔獣を引き寄せてしまう可能性があること。
3つ目、あくまで偵察なので、無闇矢鱈と戦わないこと。
4つ目、万が一、戦闘になってしまった場合はすぐに助けを呼ぶこと。
これらのポイントをしっかりと守らなくては、他の仲間にも迷惑が掛かる可能性があるのだと言う。
なるほど、確かにその通りだ。
山道を歩いた経験はそう多くないけど、地崩れや泥濘などで足を取られやすい。機動力が命のあたしにとっては死活問題だろう。
それに、山の天気は変わりやすいから、風向きだっていつの間にか変わっていることもある。あたしの匂いが魔獣に届けば襲われる可能性も高まるし、逆に魔獣の気配に気づくのも遅れるかもしれない。
こう言うところで冒険者としての経験値の差が如実に現れるのだから、グレイグさんたちがCランクなのも頷ける。
「分かりました。気をつけます」
「よし、それじゃあ……行くか」
「はい、宜しくお願いします」
ラルフさんたちより一足先に偵察に出たあたしとグレイグさんは獣道を慎重に進み始めた。
獣道はそう小さくはない。
サイズ的に、猪や熊などの少し大きめな獣が使っているような幅である。
落ち葉や枯れ枝などが積もっていない所を見ると、常に使われているように思えるが、地面に足跡がないのが妙だ。
蹄の跡や足跡がないと言うことは、この獣道は足を持つ獣ではなく、蛇のような足のない魔獣が使っていると言うことになるんだけど……
「それにしては、横幅がありますね……」
「あぁ、確かに。足跡も無いとなれば……これは当たりかもな」
「当たり?」
「モカちゃんが目的としているランドディガー・ワームだよ。あいつらは地面の下に隠れ住んでいるけど、食事の時だけは地表に現れて他の魔獣を食べるんだ。だから、食料を探して上に出てきたんだろう」
なるほど。ワームっていうからミミズみたいなのを想像していたけど、食事は魔獣や他の獣なんだね。雑食性なんだろうけど、普通のミミズとはかなり違うね。
と言うことは、ミミズって言うよりもモンゴリアン・デスワームみたいな感じかな? まぁ、モンゴリアン・デスワームが何を食べるか知らないけど、巨大なんだったら、その巨体を維持するためのカロリーが必要だもんね。
「そうだったら嬉しいですけど……違う場合は?」
「最悪なパターンとしては双頭蛇の通り道の場合。最上なのはランドディガー・ワームだな」
「その中間は?」
「中間? そうだな……ハイディング・スネークの老個体やアポピス・コブラ辺りか? そいつらなら俺たちだけでも戦えるからな」
「なるほど……じゃあ、最悪を想定しておきましょうか」
「あぁ、そうだな」
そんな軽口を叩きながら、あたしたちは獣道を進んでいく。
気のせいでは無いと思いたいけど、肌を刺すピリピリとした感覚が強くなっているのを感じる。
これは本当にハズレを引いた可能性が微レ存かな?
なんて思っていた自分があまりにもお気楽で、どれほど馬鹿馬鹿しかったのかを理解する事になったのは、この僅か数十分後の事だった。
モカや『黒金の雷雨』のメンバーが偵察をしている間、メルツェナさんは人形たちに持ってきた安楽椅子を組み立てさせて、のんびりと休憩中です。
モカが偵察に出た後で、お昼ご飯の担当がモカだった事を思い出して舌打ちをして、人形たちにお昼ご飯の準備をさせ始めました。
ちなみに人形たちはきちんと料理出来ますが、実際に人形を動かしているのはメルツェナさんなので、本質的にはメルツェナさんが自分で料理をしていることになる!(……はず!)




