80、人形師の本領発揮
不思議な事に、森の奥へと行けば行くほどに昨日の大乱獲による静けさは無くなっていき、代わりにどうにも肌がピリピリするような嫌な感覚がしてくる。
その感覚はメルツェナさんもグレイグさんたちも感じているようで、明らかな嫌悪感に顔を歪ませていた。
その肌を刺すような感じは山に近づけば近づくほどに強まっていくのが分かる。
きっと山から降りて来た魔獣は、この感覚から逃げて来たのだと思う。
あたしたちだってこんな所に長居したいとは思えないもん。
そんな中で、あたしたちは魔獣たちと出くわした。
山から降りてきたゴブリンの群れを従えたオークの集団だ。
だが、それだけじゃない。
よし戦うぞ! と戦闘態勢を取り、オークとゴブリンと対峙していると、そこに気性の荒いのオーガ・マンティスのつがい、そして良い思い出のないワイズマン・エイプの群れまでもが乱入してきた。
何ともまぁ……あたしの倒して来た敵のパレードみたいだね。
あたしは【理切】に手を掛けて、すぐにでも抜刀出来るように腰を低く落とすと、メルツェナさんがそれを止めた。
「ダメよ、小娘。言ったでしょ、あたしが手を出すって。あんたたちは大人しくしていなさい。邪魔するんじゃないわよ?」
そう言うと、メルツェナさんはマントをこれ見よがしに広げる。
バサっとマントの広がる音と共に、木の人形がワラワラと出てきた。その数は前に見た時よりも多い。
「あたしもむしゃくしゃしてるのよ。久しぶりに全ての人形で相手をしてあげるわ」
その数、なんと70体。
出現した木の人形たちは、あたしたちを守るように円形に陣取り、それぞれが武器を構えた。
「さぁ……」
その中央で、マントをはためかせるメルツェナさんは邪悪な笑みを浮かべて、艶かしく舌なめずりをする。
そして、艶やかに濡れた唇から言葉が零れ落ちた。
「鏖殺の時間よ」
その瞬間、あたしの背筋にゾワっと悪寒が走る。
冒険者ギルドで対峙した時とは比べものにならないほどの威圧感と、溢れ出る魔力が陽炎のように揺らめく光景から、目の前にいる人物が本当にあのメルツェナさんなのかと疑ってしまう。
やっぱり、あたしとやった時は本気を出してなかったんだね。
あの時、ユリシュさんが止めてくれなかったら、言っていた通り、どっちかが死んでいたかもしれない。
地響きのような魔獣たちの咆哮が重なり、森の空気を震わせる。
まず動いたのは、生い茂る木々を薙ぎ倒しながら押し寄せてきたゴブリンと、それを肉の壁として率いるオークだ。
その様子を頭上の枝葉の隙間から覗いているワイズマン・エイプは小賢しくもこちらの死角を狙っているように見える。
「行きなさい、我が愛しき人形たち!」
突っ込んできたゴブリンたちに、メルツェナさんは眉1つ動かさずに両腕を胸の前まで持ち上げると、緩やかな円を描くように宙を撫でた。
その光景はまるで、高難度曲を奏でるピアニストのように激しく、同時に優雅で、何よりも美しい。
躍動する手と、10の指がそれぞれ別の生き物のように動けば、あたしたちの周囲にいた人形たちが自由に動き始めた。
武器を持った人形たちが地を蹴って、突撃してきたゴブリンたちを屠っていく。
ゴブリンが相手であれば、人形は1回か2回の攻撃で対処出来るが、オークの一撃に対しては盾持ちの人形が巧みな盾捌きで攻撃を受け流し、その隙を逃さず、魔力で出来た双剣で、その巨軀を十字に切り裂く。
そんな光景が至る所で起きている。
恐ろしい事に、メルツェナさんの指が精密機械のように動いているのを見れば、この場にいる全ての人形を、彼女1人で使役しているのが分かる。
でもどうやって? 人間には不可能だと思える程の処理能力だよね? どうやってメルツェナさんは人形たちを操っているんだろ?
うーん、考えられるのはトップダウン方式かな。
メルツェナさんが70体の人形を操っているのではなく、1体の人形を操り、その人形が5体を操り、5体がそれぞれに他の人形を操る。
これならメルツェナさんは1体の人形を操るだけで良くなるけど、それだとあれほどまでの連携なんか出来るはずがない。それに、良く考えれば分かるけど、どのみち70体全ての動きを統括しなくてはいけないから、あんまり意味が無いかもね。
となると、どうやってやってるんだろ?
別の魔法とか使ってるのかな?
そんな事を考えていると、肉壁の前衛が最も簡単に崩れ去ったのを見たオークたちと、生き残っているゴブリンたちが恐怖の叫び声を上げながら逃げ出そうとしていた。
メルツェナさんの指先がうじゃうじゃと動いたと思ったら、次の瞬間にはゴブリンたちの首が一斉に刎ねられた。
「何が起きた!ッ?」
グレイグさんが目の前の光景に驚いて思わずそう口にしたけど、あたしには覚えがある。
忌々しい思い出だけど、目に見えないくらい極細の糸だ。その糸がいつの間にか戦場となった森の中に張り巡らされていて、それがゴブリンの首を落としたのだ。
その証拠に、森の中にキラリと光る糸があり、べっとりとゴブリンの血で汚れている。
自分の代わりに盾になるゴブリンがいなくなったオークたちも、すぐに逃げようとするが、人形たちに阻まれてしまい、一瞬で絶命していく。
その時だった。
頭上で様子見をしていたワイズマン・エイプたちが一斉に動き出した。
こっちの森にいる群れも、あたしが出会ったあの群れのように体毛は逆立ち、口からは涎が溢れて糸を引き、焦点の合わない瞳はどす黒い赤色に染まっている。
そんな猿たちは、メルツェナさんがゴブリンやオークたちに掛かりきりになったと思ったのか、十数匹が一斉にあたしたちに向かって跳躍してきた。
「残念だけど、あたしに死角は無いのよ?」
メルツェナさんはそちらに視線すら向けない。
彼女の指がしなやかに動けば、弓を持つ人形が一斉に飛び降りてきた猿たちを捉えて、掃射する。
矢の雨を空中で受けた猿たちはそのまま、無様に地面に落ちると、起き上がる間も無く他の人形たちに蹂躙された。
樹上に残っていた猿たちも矢の掃射と、杖を持つ人形が放った魔法によって排除されている。
いつの間に……と思ったけど、どうやらメルツェナさんは弓矢の射線を上手くコントロールしていたようだ。
そんな芸当も出来るんだね。正直に言って、これはもう人間業じゃ無いと思う。頭がもう1つ……いいや、3つあっても足りないよ。
「キシャァアアアアアアアアアアッ!」
僅か数分で戦場は様変わりをしていた。
一方的な蹂躙劇により、凄惨な様子になった戦場には肉の弾ける音や、魔獣たちの絶命の雄叫びが溢れていたが、それらを掻き消すような咆哮が鋭利に響く。
メルツェナさんの人形たちと対峙しながらも、群がるゴブリンや猿たちを倒してきた両手の鎌は血に濡れていた。
あたしが戦った個体よりも2回りほど大きいオーガ・マンティスは、2体がそれぞれにこの場の脅威であるメルツェナを排除しようと左右から挟むように肉薄してくる。
驚くべき事に、ただ動くのではなく羽を羽ばたかせていて、いわゆるホバリングのように地面を滑っていた。
その速度は思っていたよりも早く、メルツェナさんの首を一息に刈り取ろうとしているのが分かる。
しかし、メルツェナさんの口元が冷ややかな弧を描く。
「さぁ、もう終わりよ」
両手を握り込み、自分の胸元に引き絞ったメルツェナさんの影から、人形自身より大きな大剣を持つ人形が現れる。
ガキィン! とメルツェナさんの体にオーガ・マンティスの鎌が届く前に大剣によって阻まれた。
「死になさい」
メルツェナさんの両手が勢いよく振り抜かれ、まるでオーケストラのラストスパートを振る指揮者のように動く。
その瞬間、70体全ての人形が2体のオーガ・マンティスに殺到する。
一寸の乱れも無く完璧な連携により、完全に身動きを封じられたオーガ・マンティスは悲鳴を上げる暇すら無く、冷徹に、効率的に、何よりも圧倒的に、人形たちからの波状攻撃を受け続け、絶命した。
それまで戦場を戦場たらしめていた熱や殺気、魔獣の咆哮などが消え去ったことで、木の人形たちの動く音が鮮明に聞こえるようになる。
「ふぅ……あー楽しかった!」
だからか、メルツェナさんがその表情をふっと和らげてそう言ったのが、やけにうるさく感じられた。
「さぁみんな、戻りなさい」
メルツェナさんがマントを広げると、木の人形たちは武器や盾を消して、何事も無かったかのようにその中へと消えていく。
残ったのは魔獣の死体の山と、驚愕に目を見開き、茫然とするあたしたちだけだった。
メルツェナさんにとって……いや、違う。Aランクの冒険者にとって、これくらいの戦いはただの憂さ晴らしと同じなんだ。
次元が違う、とは思わないが、今のあたしなら苦戦を強いられるくらいには強敵だと思う。
「みんな、怪我とかしてないわよね?」
メルツェナさんの言葉に、グレイグさんたちは無言で首を縦に振る。言葉が出て来ないのは感動しているからなのか、驚いているからなのか……両方だろうね。
「あっそ、それじゃあ先を急ぐわよ!」
良いストレス発散になったのだろう。
メルツェナさんは楽しげな足取りで歩き出した。
メルツェナさんの戦闘シーンが難しいのなんの。
ちょっとはかっこいいところを見せられたし、良い憂さ晴らしにもなったので、メルツェナさんはご機嫌です。
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