78、大乱獲
森の中は想像以上にざわついていた。
草原にいた風角鹿を狙ってか、肉食の魔獣たちの群れと何度も遭遇し、その都度倒してきたが、それが続けば続くほど疲弊していく。
魔獣たちが殺気立っていた事もあり、ほぼ全ての戦闘が全力に近いものになり、まだ山の入り口にも辿り着いていないと言うのに、登頂に成功したくらいの疲労があたしたち全員を襲っていた。
「こりゃ、本格的にヤバいことになってるな」
小休止なんてものじゃこの疲れを癒せないと思っていたのはあたしだけじゃなくて、グレイグさんたちもだった。
なので、森のど真ん中であるにも関わらず魔獣避けの香をガンガンに焚いてがっつりと休憩することにしたのである。
その休憩中に、グレイグさんが周囲をキョロキョロと見渡しながらそう言った。
「何がヤバいんです?」
「そりゃ普段の森の状態じゃないからだよ」
答えてくれたのはグレイグさんではなくラルフさんだった。
「いつもなら、山はもっと静かなんだ。どっちかと言えばこの先の森の方が危険だからな」
焚き火で沸かしたお茶を飲みながらラルフさんは疲れたような溜息を吐く。
その隣でザフィーラさんとデュランさんが揃って頷いている。
「やはり山で異変が起きているのが、ここまで降りてきているのだろう」
「そうだね。山に居られなくなった魔獣や獣たちが森の方に降りてきて、縄張り争いが激しくなっているんだと思うよ」
デュランさんが懐から紙切れを取り出すと、それを広げ、みんなが見えるように地面に置いた。
「ここが現在地だね」
紙切れは王都西側の地図。それも色んな書き込みがされているものだ。
かなり詳細な書き込みがされているのを見れば、これが出来るまでの苦労や経験が目に浮かぶ。
「まだ森の中頃だけど、本来なら肉食の魔獣はもっと奥か、山の中を縄張りとしているんだ。それなのにあの数の肉食魔獣が森にいるって言うのはおかしいよ。やっぱり山にいる双頭蛇が怖いんだろうね」
「ここが双頭蛇の目撃場所だ。そこから山越えのための山道がこう出ていて……ここが俺たちがいる場所。途中で山道を逸れて山の中を分け入った所だから、戦うのはかなり難しいな」
デュランさんの考えを肯定するように、グレイグさんは山の中腹辺りを指差して、そこからウネウネと山道をなぞりながら現在地へと指を動かす。
「とりあえず、山に入るまでにある程度の魔獣を倒しておこう。このまま放っておけばスタンピードを起こしかねない」
グレイグさんの意見には、あたしも賛成だ。
グリザークから王都に来るまでに通ってきた山や森とは比べ物にならないくらいのエンカウント率で、このまま放置しておけば、やがて森からあぶれた魔獣たちが王都へ迫ってくるのは目に見えている。
流石にそれは見過ごせない。
王都で過ごした時間はまだ短いけれど、それでも仲良くなった人が悲しむ姿は見たくないもんね。
「じゃあ、メルツェナさんが合流するまでは魔獣の間引きをする、って事でいいですか?」
「そうだな。この周囲を掃除して、少しずつ場所を変えていくのが良いだろう」
「それじゃああたしは右側を担当しますよ」
あたしがそう言うと、みんながポカンとした顔であたしを見つめている。
あれ? なんか変な事でも言ったかな? 手分けした方が早いと思うんだけど?
「い、いや、モカちゃん? 手分け、ってのは何だ? まさか、この魔獣が大量にいる森の中を1人でうろつくっていうのか?」
「? え? ダメですか? そっちの方が効率良いと思いますよ?」
「それはそうなんだが……流石にそれは許可出来ないぞ」
「えぇ、なんでですか?」
「危ないからに決まってるだろ!?」
「えー、危なくないですよ! あたし強いんで!」
「そう言う問題じゃない! 囲まれたりしたらどうするつもりだ」
「悪いですけど、300人を超える敵に囲まれても、あたし勝ちましたよ?」
この世界じゃなくて、BLOでの話だけどね。
「それに、あたしは剣士なんで、皆さんといると邪魔になりますよね? だからあたしは1人で動いた方が効率が良いんです」
などと言っても、グレイグさんたちは首を縦には振らなかった。
「ならば俺が前を守るから、君は後ろを守ってくれ」
最終的にザフィーラさんのこの発言により、あたしは一時的に『黒金の雷雨』にお邪魔する形で魔獣の間引きに参加することになってしまった。
それから6時間ほど。
あたしたちはこまめな休息を取りながらも、焚き火を中心とした狩場を少しずつ広げていき、魔獣の間引きを行った。
その戦果は冒険者としての1日の稼ぎを大きく上回るほどのもので、『黒金の雷雨』のみんなが持てない獲物はあたしのアイテムボックスに放り込んであげた。
数で言えば、狼の魔獣が144匹、蛇の魔獣が43匹、熊と猪の魔獣が22匹、蜘蛛や蟷螂の魔獣が9匹、ゴブリンが66匹、オークが12匹、ここに鳥の魔獣が3匹が加わるのだが、自分でも笑ってしまうくらいの数だね。
良くもまぁこんなにハイペースで狩れたものだ。
逆に言えば、それほどまでにこの森の状況が切羽詰まっていたとも言える。
「楽しかったですねっ!」
そんな大乱獲を終えたあたしたちは焚き火を囲んでいた。
全員が青い顔をしている中、あたしは久しぶりに全力でやりたいことをやれた開放感に包まれてとっても気分が良い。
考えてみれば、王都に来てから戦った相手と言えば、ギルドで絡まれた痴女と化け物、そして昨日の鹿くらいだ。
そのどれもが不完全燃焼だったから、少しばかりフラストレーションが溜まっていたのかも知れない。
特にあの化け物ーーユリシュさんとの戦いで腹の底に溜まっていたモヤモヤが少しは晴れたような気がして、気分が良い。
「………モカちゃん、君は……なんでまだCランクなんだよ……」
ウキウキとしたあたしとは対照的で、ぐったりとしたグレイグさんがそう呟くと、他のみんなもゆっくりと首を縦に振った。
中でもラルフさんは、あまりにも疲れすぎていて倒木を背にぐったりと項垂れている。
この乱獲において、最も負担があったのはラルフさんだ。
あたしが後ろに控えていると言うのに、背後に現れる魔獣たちにまで注意を払っていて、常に気が休まらなかったらしい。
もう少しあたしを信用してほしいものだね。
と言っても『黒金の雷雨』のみんなも同じくらいの心労があったようで、似たり寄ったりな疲れ方をしているように見える。
「本当に死ぬかと思った……倒しても倒しても魔獣の群れが現れるんだぞ? 悪夢以外の何者でもないな……」
魔獣を倒せばその血の匂いで他の魔獣たちが寄ってくる。さらにあたしたちと魔獣が戦っていれば、そこに横槍を入れて漁夫の利を得ようとする魔獣も現れる。
ともすれば、あっという間に森の中は蠱毒の壺の中身のような様相を呈す。
大混戦であるなら、それこそあたしの得意とする戦場だ。
速度と手数による一方的な蹂躙劇。
足を薙ぎ、腕を斬り、首を落とす。
トドメを刺さなくとも、他の魔獣が勝手に手を下してくれるのだから、あたしは自由気儘に戦場を駆け回れば良い。
そうして数が減ってくれば、あとは残った強い魔獣を切り伏せるだけで済む。
いやぁ、実に楽しくて簡単な仕事だったね。
なんて思っていたのはあたしだけのようで、最後の魔獣を斬り殺した後に『黒金の雷雨』全員からこう言われた。
「「「「頼むから、もうこんな無茶はやめてくれ!」」」」
血の匂いしかしない森の中で詰め寄られたグレイグさんたちは、正直魔獣より怖かった。
この大乱獲によって『黒金の雷雨』の懐はかなり潤うことになるのですが、もうこんな体験はしたくないと思ったメンバーは、その金を使って期間限定ではあるけれど、常設依頼欄にある魔獣の間引きの報酬金額を3倍に増やしました。
おかげで、森の浅い部分や少し入った所の魔獣の間引きが行われるようになり、少しだけグレイグさんたちの苦労が減りました。




