77、待ち人、来ず
翌日。
あたしと『黒金の雷雨』は昨日と同じように西門前の集合場所にいる。
しかし、肝心な1人の姿がない。
これはあれか? デジャヴか? 昨日も遅れてきたからね、あの遅刻痴女は。
2度目ともなると、流石のあたしも堪忍袋の緒が絶叫を上げながら引き千切れそうだ。
「……お、遅いな、メルツェナさん」
そんなあたしの苛立ちを肌で感じているのか、グレイグさんは額から垂れる冷や汗を拭いながら、チラチラとあたしの様子を見ながら、適度なタイミングで話しかけてくれている。
「待ってるだけ時間の無駄ですね。もう行きましょ」
あたしがそう言えば、グレイグさんは困ったように笑う。
「い、いやぁ……ほ、ほら! もしかしたら俺たちのために必要な道具とか薬とかを買い足しているのかも知れないぞ?」
「そんなのは前日に済ませておくべきですよね?」
「うっ……いや、まぁ、そうなんだが……」
なんて話をしていたら、トコトコとあたしたちの方へ歩いてくる影が見える。
子供くらいのサイズの木彫りの人形だ。
遂に自分で動くのが億劫になって身代わりの人形を寄越すようになったか。これで良くAランクになんかなれたよね。いや、逆か? こんなに自由奔放じゃないとAランクになれないのかな? それともAランクになったからこうなったのか。
いずれにせよ、あたしたちの元へやってきた人形を見て、あたしは苛立ちと呆れの混じったため息を深々と吐いた。
初めてのお使いのようなサイズの人形の手には手紙があり、あたしたちの元に辿り着いた人形は太々しそうな態度で手紙を突き出してくる。
「読めってことね……どれどれ?」
受け取って封を切り、中身に目を通す。
その内容は至ってシンプルで、別の緊急依頼が入ったから、合流が遅れるというもの。先に山に入って適当に魔獣を間引いておけ、とも書かれている。
「なんて書いてあるんだ?」
「合流が遅れるから、先に山に入って魔獣を適当に狩ってろ、ですって」
「そうか。まぁAランクともなれば引く手数多だろうからな。こればかりは仕方ない。それにあの西の山に出現した双頭蛇のせいで色々ときな臭くなっているしな」
「きな臭い?」
「あぁ。俺たちも噂でしか聞いてないが、どうやら双頭蛇は別の地から移動してきたらしい」
どうやら、ここ数年で双頭蛇の目撃情報は無かったようだ。
あたしはその姿をまだ見ていないけど、目撃した冒険者が言うにはかなりの巨体で、あんなものが西の山で見つからずに過ごすのはまず無理だと言う。
となれば山で産まれた個体ではなく、別の地域で育った個体が何かしらの原因でこの地へと移動してきたと考える方が自然だ。
「なるほど……そんなに大きいんですか?」
「あぁ、実際に目撃した冒険者にも話を聞いたが、かなりの巨体だって言っていた。小さな村なら余裕で囲えるくらいらしいぞ」
「うへぇ、そんなに大きいんですか? しかも頭が2つもあるんですよね?」
「あぁ、双頭蛇の厄介な所は、2つの頭がそれぞれ独立して別々の魔法を使ってくる所だろうな。一応ギルドの情報室で調べてきたから間違いないぞ」
別々の魔法を、それぞれの頭が判断して使ってくるのか。中々に面倒かも知れないね。
「話が逸れたが、どうやらその双頭蛇をこの地に持ち込んだのは、王都でテロを起こそうとしている組織らしくてな。少し前にも大捕物があったんだが、捕まえたのは主犯格やメインの組織ではなく、人身売買をやっていた末端の構成員だけだったんだ」
なるほどね……今も組織は動いていて、双頭蛇を使って色々と工作している最中なんだろう。だから何か動きがあれば緊急でAランクの冒険者が招集される、と。
「まぁ、こればかりは仕方ない。メルツェナさんがいつ来るのか分からないなら、とりあえず俺たちだけで山の手前の森まで行くか? それとも今日はやめておくか?」
「いえ、行きましょう。出来ることならこんな面倒なお使いクエはさっさと終わらせたいです」
「クエ?」
「こっちの話です。それよりあの西の山って結構広いですか?」
「あぁ、かなり広いぞ。あの山の向こう側はボートリム男爵領なんだが、湖とガラス細工で有名な風光明媚な観光地だ。山と街の間にある大きな湖のおかげで山から降りてくる魔獣がいなくて平和な土地なんだよ。オススメだから1度は行ってみるといい」
へぇ、それは行ってみたい。色々と落ち着いたら観光しに行くのも良いかもね。とは言えだ。そんなに広いなら、お目当ての魔獣を探すのも一苦労かも知れない。
それに、その手前に広がる森も広そうだから、余計に時間が掛かるかも。
「だったら余計に早く終わらせたいですね。とりあえず、今日は行けるところまで行って、山に入りますか」
「え、入るのか? それだと……なぁデュラン、山に入る装備って準備出来てるか?」
「念の為に用意はしておいたけど、僕の収納魔法もそこまで容量があるわけじゃないから、頑張っても2日かな?」
「モカちゃんはどうだ? 山に入る準備はしてあるのか?」
そう言われて、脳内で山に入る準備とは? と首を傾げる。
一応、グリザークで旅の準備はしてあるし、何度か山の中で野宿をしたけど、別にそんなに困りはしなかった。ベルムッドさんのところからギルドに行くまでの寄り道で物資の補充も出来たしね。
「あたしの分だけですけど、大丈夫ですよ?」
「……まさか、その格好で山に入るのか?」
グレイグさんはあたしの格好を上から下まで見て、はぁ、と溜息を一つ。
「いや、そうだよな。モカちゃんなら大丈夫か……」
ん? 何か変かな?
冒険者っぽい服装だし、オルゲンさんに貰った籠手とマントはかっこいいと思う。これのどこがダメなんだろ?
あたしがこてん、と首を傾げると『黒金の雷雨』のみんなはどうして苦笑して互いに笑い合っていた。
「え? ダメですか?」
「いや、ダメ……というか、山に入るには軽装すぎるんだよ、モカちゃんは」
基本的に山に入るのは専用の、とまでは行かないが、山用の装備をいくつか用意していくものだ。
例えば靴なんかは山用に調整された物でなければ、滑ったりして踏ん張りが効かない。他にも天候の急変に備えて雨具や防寒具のようなものも必要だ。
その他にも食料や水、通常の魔獣避けに加えて特殊な魔獣避けの香も必要になってくる。
それに服装も外套のようなものだと枝や木に引っ掛けてしまう恐れもあるのだ。
「でもあたし、この格好でグリザークからここまで来たんですよ? 特に問題も無かったし……大丈夫だと思いますよ?」
そう言われてしまえばグレイグたちは何も言い返せない。
それに、まだまだ短い付き合いだが、この少女は一筋縄ではいかないというのを身を持って理解したグレイグたちは、それぞれ何か言いたげだが誰もが口を噤んだ。
「まぁ……モカちゃんが良いなら良いけど……危なくなったらすぐに帰るからな?」
「そうですね。メルツェナさんが来るまでは少し抑え気味に行きますか」
あたしは目の前で棒立ちしている木の人形に耳打ちをする。
「メルツェナさんに、西の山に入っているって伝えてくれる?」
ヒソヒソとメルツェナさんが人形に耳打ちしていたのを真似してみたけど、どうやら人形はきちんと理解しているようで、しっかりと1回だけ頷くと、回れ右をして西門の方へと向かっていった。
「よし、それじゃあ行きますか!」
その背中を追うのをやめて、あたしは目的地である西の山に視線を移す。
鬱蒼と広がる森と、その奥にどっしりと構えた山。
嫌な予感はするけど、それを口にしてしまえばフラグになりそうだから、絶対に口にはしない。
だって、箱の中の猫は実際に確認するまで生きているか死んでいるか、分からないんだから。
メルツェナさんの合流はもうちょっと先になります。
今頃、王都をテクテク歩く木のお人形が主人を探して彷徨っていますが、王都の住人はもう慣れっこです。
初めの頃は新手の魔獣が街に入り込んだ! と大騒ぎでしたが、今となっては王都の風景の一部になっちゃったんですね。




