76、欲しい物リストは偉大
宿の主人に頼んで、貴族用の応接間を借りる事が出来た。
どうやらこの『銀の瞳の猫亭』ーーというより王都にあるいくつかの宿屋には、貴族用の部屋や応接室があるらしい。
なんでも地方貴族が、行事や会議などで王都へ集まってきた際に泊まることがあるからなんだとか。
王城の周囲に貴族街があるんだけど、基本的には王城に勤める貴族たちの屋敷があるから、親族や友人がいない人は王都の宿屋に泊まるんだって。
「えーっと、それで……もう1度最初から聞いても良いですか? どうしてあたしを探していたんですか?」
応接間は広く、豪華な内装だ。
高い天井から下がるシャンデリアはキラキラと輝いて、時折色とりどりの光がパチパチと弾けている。
足元の絨毯は厚くてフカフカで踏むのを躊躇ってしまう。
壁に架けられた幾つかの絵画は、あたしには良さが分からないけど、きっとお高いのだろう。
緻密に整えられたソファに腰を下ろして、キャリオーク子爵と共にやってきた執事のお爺さまが手慣れた手つきでお茶を用意し始める。
「そうだな。俺がお前を探していたのは、国王陛下の誕生祭に贈るプレゼントを手に入れたいからだ」
正直、そんな事を言われてもピンとこない。
あたしの手持ちに王様に贈れるようなアイテムなんてないと思うんだけどな。
「そもそも! 陛下にはエルダードワーフが打った剣を贈る予定だったのだが、素材が手に入らないから作れないとか言うのだ! だが、俺も話の分かる男だ。どんなに美味しい料理であっても、食材が無ければ作れないと言うのは分かる。だから遅れても良いから作って欲しいと何度も頼みに行ったが、全て断られ、挙げ句の果てには居留守を使われ、無視される始末!」
うーん、どこかで聞いた事がある話だ。正確にはつい最近聞いたばかりのような気がする。
「あー、それで、あたしに素材を取ってこいだとか、西の山の蛇を倒してこいだとか、そう言うことを言いに来たわけですね?」
「いや、少し違う! 剣はもう間に合わないのは分かっている! だがプレゼントは贈らなくてはならない! しかも! しかも、だ! 他の貴族たちは「今回はどこの領地も経営が上手くいっておりませんからなぁ。どの貴族も陛下へのプレゼントは質素な物や控え目な物を贈るでしょうな」とか言っておきながら、自分たちは他の奴らを出し抜こうと金に物を言わせてすごいプレゼントを用意していたんだ!」
キャリオーク子爵はどんどんボルテージが上がっていき、最後にはどこかの血管が破裂してもおかしくないほどに顔を真っ赤にして額には青筋を浮かせていた。
「……もう終わりだ。これを機に俺はバカにされていじめられて、派閥から追い出されるんだ。グリザークは派閥の後ろ盾を失って、利権狙いのバカどもから狙われて衰退していくんだ……せっかく領民のために投資して領地経営が上向きになり始めてきたっていうのに……」
マジで情緒が不安定すぎるな、この人! ジェットコースターの方がまだマシなくらいだよ。
さっきまで昂っていたキャリオーク子爵はどんよりと項垂れて、執事さんが入れてくれた紅茶に手を伸ばす。
「はぁ……でも、最終的にそれを信じた俺がバカだったんだな……」
なんと言うか、やりにくいな。
これが悪徳貴族とかで、無理矢理にアレを寄越せ、これを寄越せ、って言われた方がまだ楽だよ。あーだこーだ言ってる顔をぶん殴ってやればいいだけなんだから。
でもキャリオーク子爵は違う。
見た目こそ派手で嫌味な貴族みたいだけど、その根底にはグリザークへの愛があるのがすごく分かる。
それに、グリザークの街でキャリオーク子爵の悪い話とか噂なんて聞いた事がなかったしね。
為政者としては立派な人なんだろう。
後ろに控えている執事のお爺さんも悲しそうに顔を伏せて悲痛な面持ちだ。
こんな状況で、あたしはノーと言える人間じゃない。
と言うか、日本人じゃなくてもノーとは言えないんじゃないかな?
何よりも、グリザークの街にはお世話になったし、少しでも恩返しになるなら力になってあげたいな。
「はぁ……分かりましたよ。あたしに出来る事なら何でも言ってください……」
「本当か!? 助かる! 本っっっっ当に助かる! いやなに、実はな。ストレイドから聞いたんだが、お前はすごい剣を持っているというじゃないか! それを俺に譲ってくれ! 陛下へのプレゼントにしたい!」
前言撤回。
こいつは殴っても大丈夫な貴族だ。
なんて思いながらも手が出なかったあたしを褒めて欲しい。
「……お断りします」
口角をヒクヒクさせながら、あたしは務めて静かに断ったのだが、キャリオーク子爵は不思議そうに首を傾げた。
「……何故だ?」
「あたしの相棒だからです! と言うか、人の物を買って誰かにプレゼントするって、やってることやばいですからね!」
「そうか? 普通にプレゼントを買って贈るのと何が違うんだ?」
「何がって……そりゃあ……」
あれ? 確かに考えてみればなんでだろう? 雑貨屋でプレゼントを買って贈ったのと変わらないよね……って、違う違う! そうじゃない!
「贈るにしても色々ありますよ!」
「……まぁ仕方ない。では何か他の品物があればーー」
キャリオーク子爵がむむむ、と腕を組んで悩み始めたところで、あたしはプレゼントに1番大事な事を教えてあげる。
「あのですね! そもそも! 誕生日プレゼントっていうのは、自分があげたい物をあげるんじゃないんです。そんなただの自己満足でプレゼントあげても、相手は喜ばないですよ? 相手の立場になって、何を貰ったら嬉しいのかを考えた上で、相手が貰って嬉しいものをあげるんです!」
どんな高価な品物でも、相手に取って全く必要のない物だったら邪魔なだけだもんね。だったら相手の事をきちんと想って、心から喜ぶものをあげた方が賢明だと思うんだよね。
そう考えると、欲しい物リストが公開出来て、リスナーに買って貰えていたあの頃って、すごかったんだなぁ。
「おぉ、確かにな。確かにそうだな。うむ、これは素晴らしい事を聞いたな」
まさかこんな助言がもらえるとは思っていなかったのか、キャリオーク子爵は嬉しそうに笑って頷き、徐に立ち上がる。
「ありがとう、モカ。お前のおかげで何とかなりそうだ! 礼を言う。またグリザークの街に戻ったら、俺を訪ねろ。今日の礼をしたい」
「え? あ、はい、ありがとうございます……?」
「よし、それでは俺は陛下へのプレゼントを探しに行く。さらばだ!」
執事さんを連れて、キャリオーク子爵は応接間から出て行ってしまった。
残されたあたしは、執事のお爺さんが入れてくれた紅茶で喉を潤す。
応接間に相応しい、見事な一杯だった。
応接間で少しばかりの休憩を楽しんでから応接間から出ると、宿の主人が恐る恐る訪ねてきた。
「お客さんーーあ、いえ! お客様は……そのぉ、お貴族様なのでしょうか?」
「へ? いや、違いますけど……?」
「では、さっきのお貴族様とは……」
「あぁ、前にお世話になった街の貴族だった、ってだけです。別に何かあるわけじゃないですよ」
「そ、そうですか。なら良かったです。もしあのお貴族様の娘さんだったらどうしようかと……」
「あはは、違うんで安心してください」
何を言われるかドキドキしてたけど、別に変な事じゃなくて良かったよ。
ちなみに、その晩の料理が少しだけ豪華になっていたのは、宿の主人の気遣いなんだろうね。
とっても美味しかった。
こんな事なら貴族の娘だって名乗っておけば良かったな、ってちょっと思った。
誕生日プレゼントって、何を贈ろうか悩んでいる時が1番楽しいまである。
個人的には、自分じゃ買わないけど、あったら便利そうだなぁ、ってやつをプレゼントされると嬉しい。
ちょっと良い温泉の入浴剤とかね。




