75、まさかの客人
ギルドの前で、みんなと別れる。
「じゃあ、また明日ね。小娘、遅れるんじゃないわよ?」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「口の減らない小娘ねぇ……あんたらも、明日は頼むわよ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします!」
グレイグさんたちは律儀に頭を下げて、メルツェナさんが帰るのを見送っている。
「それじゃ、あたしは帰るわ」
「はい、お疲れ様でした!」
みんながメルツェナさんを見送ると、グレイグさんたちもあたしに声を掛けてくれる。
「モカちゃんはどうする?」
「そうですね……」
時刻はまだ夕暮れ前だけど、早めに宿に戻ってお風呂に入ってのんびりしたい。それと、美容品についての情報を集めたい。
そうと決まればすぐに宿に戻ろう。
「疲れたし、ゆっくりしたいんで宿に戻ります」
「そうか。俺たちは馴染みの魔道具屋に顔出して、色々と装備の更新についての打ち合わせをするつもりだ。多分、夕食までには宿に帰ると思うから、良かったら一緒に夕飯を食べないか?」
「良いですよ! じゃあ、あたしも帰りますね」
「おぅ、気を付けて帰れよ。寄り道も無しだぞ? 問題を起こすなよ?」
むぅ、なんか信用されてないな。
「大丈夫です! それに、あたしが問題を起こすんじゃなくて、向こうから問題ごとがやってくるんですよ!」
これに関しては自分で言うのも変だけど、あたしの言ったことは間違っていないと思うんだよね。
あたしだって問題ごとなんてない方が良いもん。
「とにかく、気を付けてくれよ。じゃあな」
そう言って、グレイグさんたちも街へと消えていく。
1人残されたあたしは、不満気に溜息を吐いて、宿に帰ろうと、雑沓へと一歩を踏み出した。
あたしの泊まる『銀の瞳の猫亭』の前に人だかりが出来ている。
不思議なことに野次馬たちは騒ぎ立てる訳でもなく、かといって解散するわけでもなく、ただヒソヒソとお隣さん同士で囁き合っている状態だ。
一体全体何が起きているのだろうか、とあたしは人だかりの後ろからぴょんぴょんと跳ねて様子を伺う。
「うんしょ! うんしょ!」
頑張って跳んで、何とかこの人だかりの原因ーー宿の前に豪華な馬車が停まっているのが見えた。
グリザークにいた時はついぞ見ることが出来なかったが、この王都に来たらそれなりの頻度で視界に入ってくる煌びやかな馬車は、いわゆる貴族の足だ。
ただ、馬車は商人も使うは使うが、貴族の馬車よりは控え目な装飾なので、恐らくあの馬車は貴族の物なのだろう。
誰か待ってるのかな? それともこの宿に泊まるのかな?
どちらにせよ、あたしには関係ないね。
さっさと宿に入って休みたいから、人混みを掻き分けて宿に向かう。
「すいません、通してください……すいませーーうわっ!? ごめんなさい! 通して! 痛っ!? あ、すいません! ちょっと、すいません、通して下さい」
足を踏んだり踏まれたりしながら人混みに揉まれながらも、何とかそこから脱出すると、宿の前に1人の男性が立っていた。
恐らくは貴族だ。
綺麗な刺繍の施されたマントを身に纏い、これぞ貴族と言うようなゴテゴテの服装をしている。手には大きな宝石が嵌め込まれたステッキを持っていて、苛立ちを隠さずにトントンと地面を突いていた。
うわぁ、なんかすごく厄介事の香りしかしないね。触らぬ神になんとやら、だ。
「すいませーん、ちょっと通りますね……」
日本人特有の片手ですいませんと謝りながらペコペコして、体を丸めてそそくさと宿に入ろうとしたところで
「待て」
貴族に呼び止められた。
あーはいはい、分かってます、分かってましたよ! どうせこんな事だろうと思ってたよ! ちくしょう! なんであたしばっかりこんな厄介事に巻き込まれるのよ!
「……はい」
「娘、この宿に泊まっている冒険者のモカという少女を知っているか?」
げっ!? よりによってあたしの事を探してたの!? あたし何かしちゃったのかな? でも貴族に何かした記憶なんて無いんだけど。
うーん、どうしよう? 本当の事を言うか、嘘を言うか……ちゃんと考えよう。ここで選択肢をミスると後々面倒な事になりそうだもんね。
そう言えば、オルゲンさんが貴族にはあんまり関わらない方が良いって言ってたな。確か……金や暴力で自分の思うように動かすきらいがあるとかなんとか。
と言うことは、知りません! と一言言って、さっさと宿に入った方が良さそうかもね。
「……あー、すみません、知りまーー」
あたしが黙っていた事で何か心当たりがあると思ったのか、貴族の男性はジリジリと詰め寄りながらあたしの言葉を聞く前に話し始めた。
「頼む、モカという少女に会わせてくれ! グリザークで名を馳せた彼女にしか頼めないんだ!」
おや? これはどう言うことだ? 少しばかり風向きが変わったぞ?
「あの街で俺が出したフォレストタイガーボアの討伐依頼を一瞬で片付けてくれたんだ! ストレイドから恐らく王都に滞在していると聞いたから幾つかの宿を回って探しているんだが……あぁ、もうダメなのか……俺はいつもこうだ。いつも失敗ばかり……色んな事に手を出してみたけどどれ1つ上手くいかない。誰も俺を愛してくれない……」
なんか情緒不安定で、一時期流行ったネットミームみたいなことを言い出したと思ったら、その場に崩れ落ちてオンオンと泣き始めてしまった。
と言うか……グリザークの街であたしが片付けた依頼で、フォレストタイガーボアの依頼って言えば、確か……あの街を治める貴族からの依頼だったよね?
確か名前は……
「カラオケ子爵?」
「キャリオークだッ!」
「あぁ! そう! そんな感じの名前だった! え、じゃああなたがキャリーオーバー子爵?」
「キャリオークっ!」
「すいません、楽しくてつい……でもどうしてキャリオーク子爵……様が王都にいるんですか?」
「うむ、間も無く国王陛下の誕生祭があってな。国中の貴族がお祝いに……って、待て! 俺はまだ1度も名乗っていないぞ? だと言うのに俺の名前を知っているという事は……お前がモカか!? モカなのか!? モカなんだな!? そうだと言え! 頼む、言ってくれ!」
良い年こいたおっさんが少女の足に縋りついて泣き喚く姿なんて、あまりにも悲惨で見てられないよ。
衆人環視の中で貴族がやって良い事じゃないと思うんだけどなぁ。
「あー、まぁ………えー、はい、そうです。あたしがモカです」
そう告げると、キャリオーク子爵は魂が抜けたかのように肩を撫で下ろし、身体中から力が抜けたのか、まるで操り人形の糸が切れたかのように動かなくなってしまった。
「え? あ、あれ? 子爵? キャリオーク子爵? ど、どうしたんですか?」
「あ、あぁ……すまない、安心したら腰が抜けて……」
とにかく今はこの場を収めるのが最優先だ。
あたしはキャリオーク子爵を立ち上がらせると、そのまま宿の中に引きずって行った。
まさかの客人は、グリザークの街を治める貴族、キャリオーク子爵でした。
グリザークではキャリオーク子爵の発言権はあまり強くなく、商業ギルドと冒険者ギルドのギルマスに頭が上がらない状況です。
そんな中でも、貴族としてしっかり街を統治していますが、モカが来てからより一層の盛り上がりを見せたグリザークのために、モカを手元に置いておきたいと考えたけど、その頃にはもうモカは王都を目指して旅立っていました。
なんと言うか、タイミングの悪い人です。
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