74、納品と受難
王都ギルドの解体スペースは地下にある。
ギルドの各ランクの受付スペースの端に解体受付があり、そこで話を通して、入り口を開けてもらう事で、解体場へと移動できるようになる。
解体場へ向かうのは、ギルドの脇にある地下への入り口を潜って、大きな螺旋階段を2周分だけ降りるだけ。
重厚な扉を2つ通り抜けると、解体場へと辿り着く。
敷地面積の関係なのだろうけど、地下にこんな施設があって臭いがこもったりしないんだろうか?
広さはテニスコート3面分くらい。
入り口手前から小型、中型、大型の魔獣の解体場があるのだが、どのスペースも職員が忙しなく動き回っていて大賑わいだ。
「おー、これはこれはメルツェナ様。今日はどのような大物を持ち込みで?」
手を揉み揉みしながらこちらへやってきたのは、白衣を着たバーコードハゲのおっさんだ。
「レーゼル所長、ご無沙汰しています。今日は私の獲物じゃないのよ」
メルツェナさんが恭しく頭を下げて挨拶すると、あたしたちを見た。
「今日は西の草原に出たウインドホーン・ディアーの群れを討伐してきたから解体をお願いしたくて来たの」
「おや、そうでしたか。こちらの方々は……確か『黒金の雷雨』の皆さんでしたな。それと……こちらの方は……ふーむ、初めて見る顔ですな」
ジロジロと頭から爪先まで、じっくりねっとりと観察するレーゼルとかいうおっさんは、不満げに溜息を吐いた。
「このようなお嬢さんがウインドホーン・ディアーを? メルツェナ様、冗談が上手いですな」
「所長、彼女はCランク冒険者で、その実力は我が師のお墨付きですよ」
その言葉を聞いて、レーゼルは大仰な動作で驚きながら後退りをすると、徐にその場に崩れ落ちて、額を地面に擦り付けんばかりの勢いで土下座をしてきた。
「誠に、もーしわけ! ありませんッッ!」
腹の底から絞り出た大声に、解体場のスタッフが手を止めて、あたしたちに注目し始める。
「ユリシュ=ダヴラ様にお認めになられていたとは、そのお力を見抜けず、大変に失礼な事をいたしました! 何卒お許しを!」
「え、えーっと……メルツェナさん? これ、なに? どゆこと?」
困惑したあたしはメルツェナさんに視線を向けると、メルツェナさんはニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべてそれは楽しそうにしていた。
「マスターの偉大さは天井知らずなのよ」
まるで自分が褒められたかのように胸を張ってドヤるメルツェナさんに、あたしはやれやれと肩を竦める。
「あ、あの、別に気にしていないので立ってください。あたしたちはただ鹿の解体をお願いしにきただけですから!」
「おや、そうですか? ではここらで」
すん、とレーゼルさんが真面目な顔に戻って、すんなりと立ち上がり、白衣をぱんぱんと払う。
切り替え早いな、この人。
「では、小型の解体スペースを空けさせましょう。今は王都の薬師ギルドからの依頼で新薬の研究をしているのですが、少しばかり難航しておりましてな。少し休憩を挟もうかと思っていたのですよ」
へぇ、ギルド間でそんな事もしているんだ。新薬の研究って何だろ? 新しい回復ポーションとかかな?
「へぇ、面白い物でも出来たのかしら?」
「はい、アポピス・コブラの毒から、医療用の麻酔薬が抽出出来たそうなのですが、どこまで希釈して良いのかが分からずにいまして……」
「あの蛇の毒にそんな使い道があったわけ?」
「えぇ、発見した時は興奮しましたが、いくら希釈しても致死性が低くならず困っているんですよ。100倍に希釈しても、肉体に投与すると死に至ってしまうのです」
それは……直接投与しているからでは? やるなら綿とかに数滴垂らして、嗅がせるだけで良いんじゃないだろうか?
なんてことをポツリと溢してしまったら、レーゼルさんの目がキラリと光った。
「ほぅ、なるほど。そう言うやり方がありましたか……勉強になりますな」
あれ、ヤバいかも? なんか目をつけられた感じ?
「あ、あはは、いやぁ……素人の発言なんで……」
「小娘、素人がプロの話に割り込むんじゃないわよ。それでレーゼル所長、とりあえず風角鹿は全部で46頭あるので、解体をお願いしますね。引き取りは明日で良いかしら?」
「むぅ、仕方ありませんな。解体については、西の山の件もあって若干の余裕がありますので、明日の昼までには終わっていると思います」
「じゃあ、それでよろしく。素材についてのやり取りは直接本人たちとしてちょうだい」
「畏まりました。では、物を出してください」
この辺りにお願いします、とレーゼルさんが指したのは白い布が敷かれた床だ。
グレイグさんたちが担いでいた麻袋をそこにどさどさと置いていく。その数は全部で11個。
「これが俺たちの分だ。肉は買取で、その他の素材は全て俺たちに戻してくれ。手数料は肉の買取額と相殺してくれて大丈夫だ。不足分があれば払うから教えて欲しい」
「分かりました、こちらが『黒金の雷雨』の分ですな。ではお嬢さん……」
「モカです。Cランク冒険者です。あたしは全部買取でお願いします。物は……ちょっと待ってくださいね」
あたしはアイテムボックスから鹿の死体を全て取り出して、白い布の上に並べていく。
「……これは、なんと……凄まじいですな」
並んだ鹿の全てが一刀で頭を落とされていて、どこにも傷などがない。切り口も綺麗で、鹿の顔は穏やかな物ばかりだ。
「これほど綺麗な状態のものは久しぶりに見ましたな……魔獣の表情も実に見事だ。自分が死んだこと理解していない、穏やかな顔だ。これをあなたが?」
「えぇ、まぁ……」
「素晴らしいですな。今後もぜひウチに卸していただきたい」
「はぁ……まぁ、多分この後も依頼で色んなの狩ってくるんで……」
「頼みましたぞ!」
ぱぁっと笑顔になったおっさんの顔なんてあんまり嬉しくないな。でも、綺麗な切り口だって褒められたのは嬉しいな。
「それじゃあ頼みますよ、レーゼル所長」
「えぇ、お任せを」
「それじゃああたしは行くけど、あんたたちはどうするの?」
「俺たちはここまでで良いのか? モカちゃんが手伝って欲しいなら、他の依頼も手伝うが……」
みんなを代表してグレイグさんがそう言ってくれるが、メルツェナさんはキョトンとした顔で首を傾げた。
「何を言ってんのよ真面目くん。明日もこいつの依頼に着いていくに決まってるでしょうが」
「……へ? え、そ、そうなんですか!?」
「マスターが言っていたでしょ? この小娘の依頼を手伝ってやれって」
「は、はい、なので風角鹿を討伐に……」
「違うわよ、こいつが受けた依頼は、ランドディガー・ワームの鋭砕牙とグレートデーモン・エルクの魔操角よ。あの鹿たちは、この素材を取るために邪魔だから掃除しただけ。だからまだ依頼は続いているのよ?」
メルツェナさんの言葉を聞いた『黒金の雷雨』のみんなの表情は、何とも言えないものだった。
ごめんね、グレイグさんたち。
悪いけど、ここまで来たら最後まで手伝ってね。
心の中でみんなに手を合わせてあげる。
後でグレイグさんに胃薬でも差し入れてあげよう。
初登場はレーゼル所長。
王都ギルドの解体部門のトップ。
元々は王都薬師ギルドの一員だったが、十数年前に冒険者ギルドと薬師ギルドとの間に特別協定が結ばれ、人材の行き来が自由になった事で薬師ギルドから派遣されたおっさん。
薬師ギルドでは薬の研究より生物研究をメインにやっていたため、白羽の矢が立った。
冒険者ギルドに出向してからは魔獣の解体や解剖、薬師ギルドとの共同で新薬の研究を楽しんでいたら、いつの間にかトップになっていた。
バーコードになったのはここ1、2年ほどで、トップにはトップなりの悩みがあるんだなぁ、としみじみ思うようなったとか。




