69、出発
翌朝。
あたしは王都の西門を抜けたすぐの場所に立っている。
腕を組んで、指をトントンと叩いて、仏頂面のままイラつきを隠さないで待っている。
「な、なぁ、モカちゃん?」
「……何です?」
グレイグさんがおずおずと話しかけてきた。
一緒にいる『黒金の雷雨』のみんなはそれぞれに装備の点検やアイテムの確認をしている。
「メルツェナさんが来るまで、今回の依頼について確認しておきたいんだが……」
「……そうですね。あの遅刻痴女が来るまで、依頼の確認でもしておきましょうか」
ベルムッドさんからの依頼は2体の魔獣から取れる素材の納品だ。
必要なのは山喰いミミズと呼ばれるランドディガー・ワームの鋭砕牙と、グレートデーモン・エルクの魔操角。
どちらも王都の西に生息する高ランクの魔獣なんだけど、冒険者が進んで討伐に向かうような魔獣ではないため、素材があまり出回らないらしい。
しかも、現在王都の西の山に出没した双頭蛇のせいで、王都近郊の草原に追い立てられた風角鹿と呼ばれるウインドホーン・ディアーの群れがいて、通行止めになっている。
「その鹿の群れが問題でな。数が多過ぎるのと、鹿を狙って山から大型の肉食魔獣が降りてきているんだ」
グレイグさんの言うとおり、西の草原地帯には鹿以外にも複数の魔獣の姿が確認されている、というのを昨日ギルドの受付嬢さんから聞いた。
さらに、それらを倒しても元凶の蛇を倒さなくては意味がない。
森の中では蛇だけではなく、その蛇に縄張りを荒らされた他の魔獣たちもいるため、死にに行くようなものだとも言われた。
「だけど、そこは流石のAランク冒険者だな。あのメルツェナさんがオブザーバーとして参加するなら、とギルマスが許可してくれたからな」
「単純な疑問なんですけど……どうしてユリシュさんがいるのに、ギルドはユリシュさんに依頼を出さないんですか?」
「あぁ、その事か……実はな……」
グレイグさんが話してくれたのはそれなりに納得のいく話だった。
「理由は3つあるらしいんだが、簡単に言えば金が掛かる、被害がバカにならない、後進の育成、だな」
金が掛かると言うのは、Aランクオーバーへの依頼料と達成報酬――まぁユリシュさんに限って言えば国家予算並みの金額になるらしい。もちろん、金にがめついという訳ではなく、他の2つの理由にも紐づいている。
安価な依頼料であれば、誰もが確実な依頼遂行を求めてユリシュさんに依頼を出してしまうため、後進の育成が出来ない。
さらにユリシュさんは何でも一撃で片付けようとするらしく、森に住み着いた野盗を排除するために、その山を丸ごと吹き飛ばして更地にしてしまったらしい。そのせいで近隣の山の魔獣たちが大混乱を起こして二次被害として魔獣のスタンピードが起きてしまったとか。
「噂だと、王国の南にある巨大なドーラ湖はユリシュさんが使った爆撃魔法で出来たらしい」
多分、ユリシュさんと戦う前なら信じなかっただろうし、馬鹿にもしてたと思う。だけど、あの力の片鱗を体感した身からすれば、あぁ、一応自制はしていたんだろうな、と思える。
「なるほど……スケール感がバグってますね……逆に良かったですね、一緒に来るって言い出さなくて」
「俺としてはその伝説を間近で見られるかもしれないチャンスだったけどな」
「そんなチャンスなんて来ない方が幸せですよ……あ、そうだ。今回の依頼はあたしが指名されてますけど、取り分はどうなるんです?」
「6、3、1って感じだな。モカちゃんが6、俺たちが3、メルツェナさんが1だ」
「あの遅刻痴女、遅れてきておいて一割も持っていくの?」
「おいモカちゃん、一応メルツェナさんはランクも歴も上だぞ? 少しくらいは……」
「良いんですよ、これで。なんだかんだあっちも楽しんでるみたいだし」
「あんまり俺たちの胃を壊さないでくれよ?」
「気をつけまーす。というか、グレイグさんたちは3割でも大丈夫ですか?」
「あぁ、問題ない。今回の依頼は金が目的じゃないからな。そろそろ装備を一新したいと思っていたんだ。そのためには幾つかの素材が必要でね」
どうやらグレイグさんたちは風角鹿を始めとする何体かの魔獣の素材が必要らしい。だが、双頭蛇のせいで西の山に入れなかったから、この依頼は渡りに船だった。
「でも、この依頼、絶対にめんどくさいことになりますよ?」
何故なら、この依頼の達成するには、風角鹿を倒す→風角鹿を狙う肉食魔獣を倒す→山に入って双頭蛇を倒す→双頭蛇の他に襲ってくる魔獣を倒す→ランドディガー・ワームとグレートデーモン・エルクを倒す、という連鎖的お使いクエストだからだ。
「まぁ、これも経験さ。間近でAランクの戦い方を見て学べるんだからな。俺たちのようなCランクにとっては学びしかないんだ」
「でもメルツェナさんは個人ですよ? パーティーとしての戦い方なんて学べます?」
「ん? あぁ、そうか、モカちゃんはあの人の戦い方を知らないのか」
どう言う事だろ? メルツェナさんって1人で戦うんじゃないの? あたしと戦った時だって……あぁ、いや、違うな。アレか。
「あの人はな、自分で作った人形を操って集団で戦うんだ。俺も何度か見たことがあるが、あれはパーティー戦闘の極地だと思ってる」
どうやらメルツェナさんはあの戦いの時に出した人形を使役して戦うのが本来のバトルスタイルらしい。
「ふーん……じゃああの時、あたしは手加減されてたってわけ?」
「――あら、ようやく気付いたの?」
背後からいきなり声を掛けられて、ビクッと身体が跳ねた。
「ちょっと小娘、油断しすぎじゃない?」
意地悪そうにニヤニヤとするメルツェナさんは、勝ち誇ったようにそう言った。
「あぁ、すみません。遅刻しているのにさらにこんな幼稚な事をするとは思ってなかったんで。良かったですね、あたしが大人で」
「ふん、この中じゃ私が1番上なの。つまり私がルールよ。分かったらさっさと荷物を運びなさい」
メルツェナさんの足元には3つのトランクが置いてある。長旅に行くのかってくらいには大きめのが3つだ。
何をどうすればこんなに大荷物になるんだろうか……旅行にでも行くつもりなのかな?
あたしは呆れながら、メルツェナさんの荷物を持とうとするグレイグさんを制止しながら、ポツリと……でもきちんとみんなに聞こえるくらいの声で言った。
「……後でユリシュさんに言いつけますよ?」
「よし、さっさと依頼を片付けるわよーっ! ほら小娘、野郎ども、何をグズグズしてるの! 行くわよ!」
メルツェナさんのマントの内側から3体の木製人形が現れると、1つずつトランクを持って歩き出した。
その後を、少し戸惑いながらも着いていく『黒金の雷雨』の面々。
「はぁ……本当に恨みますよ、ユリシュさん」
あたしは溜息と共に独りごちて、みんなの後を追った。
メルツェナさんの真価は『人形師』の二つ名の通り、多くの人形を同時に操ることにあります。
万全の状態と状況が揃えば、1キロメートル四方の範囲で一個大隊(約500体)の人形を操り、敵を殲滅することが出来ます。
ただ、人形は全てメルツェナさんの手作りなので、数を揃えるのが一苦労です。
現在は80体ほどの人形を所持しています。




