65、エルダードワーフの名工
エルダードワーフのベルムッドさんが営んでいる工房は、まさにイメージ通りの工房だったけど想像以上に大きいし、広い。
入ってすぐのエントランスは受付や商談をするためのスペースなのだろうが、どうやらここで商品の販売をしている訳では無さそうだ。
作ったものを展示せずに、このエントランスのあちこちに作った物が乱雑に放り置かれている。
剣、槍、斧、兜や胸当て、本当に色々な物が転がっていた。
作ったものがエントランスにまで溢れてるって事は、奥の鍛冶場はどうなっているんだろうか。
「ごめんくださーい」
そう呼びかけても、返事は返ってこない。
足の踏み場があまりないこの工房を奥に進むのも憚られるような気がして、足が止まるけど、金槌を叩く音が奥から聞こえているから、留守という事はないよね。
「不法侵入で訴えられたりしないよね……」
あたしは意を決して奥へと進むことにする。
工房はさほど大きくは無さそうだけど、大声を出しても気付いて貰えないって、よほど耳が遠いか集中しているかのどっちかだよね。
ドーム状のエントランスの奥は長い廊下になっている。
廊下の途中で左右に抜ける廊下があって、興味本位で覗いてみると、どうやらそっちはベルムッドさんの居住スペースと素材などを保管する場所のようだ。
何となくこの工房の全体図がイメージできてきた。
アバウトだけど、十字の各先端に丸が付いているような感じかな?
「ごめんくださーい!」
足の踏み場を探しながら、奥に進んでいくと、いよいよ工房然としてくる。いや、ここまでくると工房って言うより鍛冶場って言った方がしっくりくるよね。
奥の作業場に向かうまでに何度も聞こえてくる金槌の音がふと止む。
このタイミングだ! とあたしは3度目の大声で呼びかける。
「ごめんくださーいっ!」
すると、工房の奥――鍛冶場か作業場か分からないけど、返事があった。
「何度来ても、素材がねぇんじゃ剣は打てんぞ! あんまりしつけぇと警備隊を呼ぶぞッ!」
怒号と言うより、苛立ちを含んだ罵声のようだ。
声の主はきっとエルダードワーフのベルムッドさんだろう。
どこか職人肌で頑固者のようなイメージを持っていたから、その声を聞いて少しだけ驚く。
どちらかと言えば少し親しみのあるような印象が強い。あと、イントネーションが少しおかしい。訛っているような感じだ。
東北の人が頑張って標準語を喋っている、みたいな?
「人違いだと思いまーす! あたしは剣を作りたくて来たんじゃなくてぇ! 剣を見てほしく来ましたぁ!」
そう投げかけると、返事の代わりに金槌の音が聞こえてきた。
うわ、聞く耳持たない感じか……誤解を解かないとね。
廊下を進むにつれ、金槌の音が大きくなり、同時に炎が勢いよく燃える轟音も耳に届くようになる。
「あぁ、なるほど。確かにこれじゃあエントランスから声をかけても聞こえないわけだ」
閉め切られた扉の前に立ち、力一杯に扉を叩く。
さて、1度はやって見たかったネタをやってやりますか。
ちなみに、『開けろ! 何とか市警だ!』じゃないよ。そっちもいつかは言ってみたいけど。
「ベルムッドさん、ベルムッドさん! もう家賃3ヶ月も滞納してるんですよベルムッドさん! 出てきない! いるんでしょう? いるんならちゃんと……返事してぇ!」
ドンドン! と扉を叩きまくっていると、金槌の音が止み、炎に風を送っている音も止み、ズンズン! とわざと音を立てて歩く音が聞こえてくる。
人の気配が扉を前に来ると、ガチャガチャと鍵を開ける音がして、ゆっくりと扉が開かれていく。
「うるせぇ! 仕事の邪魔じゃ!」
扉の向こうにいたのは、想像していた見た目の人物では無かった。
だって、ドワーフって小柄なイメージが強いよね。オルゲンさんだって小柄だったし。
しかし目の前にいる人物は大きい。
縦はあたしの1.5倍、横はあたしの3倍くらいデカい。
ドワーフと言うか巨人族だって言われたほうが納得出来る。
あぁ、だからか。どこかで見たことあるような見た目だと思っていたら、あの有名な魔法使い映画に出てくる森の番人にそっくりなんだ。
「え、えーっと……ベルムッドさん、ですか?」
だからあたしはかなり困惑しながらも、目の前の人物が本当に探し人なのかをまず確認する。
「なんじゃい小娘! 仕事の邪魔をしよるんなら、容赦せんぞ?」
あれ、質問したのに答えが返ってこないや。
「エルダードワーフのベルムッドさんですよね?」
もう1度尋ねると、ベルムッドさんは明らかに不機嫌そうに顔を歪めて、わざとらしく舌打ちをした。
「違う」
あ、ふーん、そういう態度なんだ。そっかそっか……ならこっちにも考えがあるもんね。
「あー、違うんですね。そっかそっか。ここら辺にエルダードワーフの名工がいるって聞いたんですけど、やっぱり魔法一強の時代に負けて、逃げ出しちゃったんですね。あーあ、残念だなぁ。あ、でもぉ、そんな負け犬みたいな人にあたしの剣を見てもらわなくて正解だったかなぁ?」
言いながら、あたしはアイテムボックスから相棒を取り出して掲げて見せる。
「この刀、見て欲しかったんだけどなぁ……」
チラッとベルムッドさんを見ると、顔がピクピクと痙攣しているように見えた。
「仕方ない、他のエルダードワーフを見つけるしかないですよね。それじゃ、あたしは行きますね」
相棒を手にしたまま、あたしは回れ右をして踵を返そうとした瞬間。
「……待て」
ふふ、そうだよね。この時代に剣を持った人間が現れれば、絶対に興味が出るよね。オルゲンさんの時に立証済みだもん。
「え、いやですよ。だってあなた、ベルムッドさんじゃないんでしょ? あたしは、エルダードワーフのベルムッドさんを探しているんです」
「……はぁ……分かった」
「何が?」
「ワシがベルムッドだ」
観念したように、ベルムッドさんは項垂れてそう言った。
ふふん、勝った!
「なんで違うって嘘ついたんですか?」
「最近、国王様の生誕祭が近ぇからって、貴族が贈り物に剣を打てって言ってきやがる。素材がねぇとなんべんも言っとるんじゃが、聞く耳を持ちやがらねぇ。もう面倒だから無視しとった」
そうしたら、全く無関係そうな女の子が訪ねてきたけど、これも貴族が送り込んだ関係者じゃないかと思って、嘘をついたそうだ。
「そう思っとったらお前さんは剣を取り出したじゃろ? そんな大層な剣を持っておるなら、贈り物用の剣を買いに来た客じゃねぇのは一目で分かる。それに、貴族の所の下働きにしたって、もう少しマシな服を着とるわい」
ジロジロとあたしの服装を見ながら、ベルムッドさんがそう言った。
悪かったわね、色々とあって服はまだ新調出来ていないのよ。
「事情は分かったけど……もっと愛想よくした方が良いですよ? 貴族って言っても、お仕事をくれる顧客な訳ですし?」
「知ったふうな口を聞くな、小娘。ワシは、ワシが打ちたいと思った時に、打ちたいと思った素材で、打ちたいと思ったやり方で、打ちたいと思ったもんを打つ。確かに、売れるもんを作るんも鍛冶師の仕事じゃが、それだけじゃねぇ。鍛冶師の真の仕事は、自分の打ったもんの面倒を最後まで見ることじゃ! だと言うのに、近頃の奴らは、コレクションや自分の見栄のためだけにしか剣を使わん!」
思っていた通り、この世界では剣にお金を使うというのは1種の贅沢、つまり貴族たちのステータス、見栄のための装飾品になっているらしい。
あえて高価で装飾過多な剣を下げることで自分は裕福だと見せているだけなのだ。
そりゃ、ドワーフたちは良い気はしないよね。
「なるほど……じゃあ、そんな奴らの事なんか気にしない方が良いですね。あたしも、ムカついて来ました」
確かに、魔法が強いのは分かる。魔法使いの地位が上がって、一強の時代になるのも分かる。
でもそれは、剣が弱い、剣士が弱い事の証明にはならない。
魔法の価値が上がったから剣の価値が下がったのではなく、魔法の価値が上がって剣の価値を抜いたから、相対的に価値が下がったように見えるだけだ。
「剣士だからって下に見られるの、本当に腹が立つもん!」
「と言うことは小娘、お前は剣士……か? この時代に?」
「はい、そうですよ。なんならギルドカード見ます? ちゃんと職業に剣士って書いてありますよ?」
言いながらあたしはギルドカードを取り出してベルムッドさんに見せつける。それをマジマジと見ながら、ベルムッドさんはもじゃもじゃな髭を撫で付けてニヤリと笑った。
「面白れぇじゃねぇか。冒険者で剣士なら追い返す理由がねぇ、入んな」
ベルムッドさんの満面の笑みに、あたしも思わず笑顔になる。
「あたしの話、聞いてくれるんですよね?」
「久しぶりの上客だ。何でも話しな」
鍛冶場に足を踏み入れたあたしは、これが長い連鎖的お使いクエストの受注フラグだった事に、まだ気付いていなかった。
「ベルムッドさん、ベルムッドさん! もう家賃3ヶ月も滞納してるんですよベルムッドさん! 出てきない! いるんでしょう? いるんならちゃんと……返事してぇ!」
これの元ネタを知っている人、どれくらいいるんですかね?
ちなみに私は『逃避』も好きですが『フ・シ・ダ・ラ・ミ・ダ・ラ』も好きです。




