64、黒猫印のリボン
今回、ちょっと長いです。
カフェ『朝日の香り』を出て、大通りを歩く。
時刻は9時ちょっと前。
先程までの慌ただしい往来はちょっとだけマシになっていて、王都の人たちの仕事開始時間がだいたい9時くらいであるのが分かる。
大通りに店を構える露店は多く、その種類は多岐に渡っていて、見ていて楽しい。ただ、飲食や小物売のようにグループで固まっている訳ではないので、肉串の店の隣にいきなり宝石商の店があったりと、それなりにカオスだ。
そんな中、あたしはとある露店の前で立ち止まる。
「これ……」
その露店は、素朴な小物を売っている露店で、軒下で小柄なおばあちゃんが椅子に座ってニコニコしていた。
「なんで、これが……」
あたしの視線の先には白の布地に黒猫と肉球の刺繍がされている可愛らしいリボンがある。
見覚えがあるなんてレベルじゃない。
あたしはこれをBLOで装備していたんだ。
5つあるアクセサリースロットを消費してもあまりあるほどの効果を持つこのアクセサリーの名は【黒猫印のリボン】。その効果は、任意のステータス1つの限界突破である。
「本物……なの?」
BLOではレベルの上限が解放された時に1度だけ、運営からプレゼントされる。入手方法はその1つだけで、譲渡も出来ない。
と言うことは、この世界ではアクセサリー扱いになっていないのかな? だったら限界突破の効果も無いのかな?
「お嬢ちゃん、それが気に入ったのかい?」
「え、あ、あの! このリボン、おばあちゃんが作ったんですか?」
「あぁ、そうだよ。孫に上げようと思ったんだけどね、猫より犬が良いって言うもんだから、誰か大事にしてくれる人の手に渡ってくれればいいと思っているんだけども……今の若い子にはどうにも古臭く見えてしまうんだろうねぇ」
ニコニコしているおばあちゃんの表情が少しだけ悲しそうにしゅんとした。
それを見て、あたしは自分のバカさ加減に腹が立ってくる。
アクセサリーがどうとか、効果がどうとか、そんな事よりも、もっと単純な想いでこのリボンを手に取ったって良いじゃないか。
例えこれが必須級のアイテムであろうがなかろうが、黒猫と肉球が可愛い、オシャレなリボンなのは変わらない。
長らく忘れていた気がする。
シリーズ装備やアクセサリーでガチガチに固めるのも良いけど、ゲームを始めた当初は可愛い装備やアクセサリーを楽しんでいたではないか。
いつからだっけな、オシャレを気にしなくなったのは……確か……あぁ、いや、ダメだ。これは思い出しちゃいけない。
突発レイド、迫り来る巨大なG……うっ、頭が……飛び散る緑色の体液……やべ、本当にダメだ。これ以上は本当にヤバい。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? 顔色が悪いようだけど……?」
「……だ、大丈夫、です。それより! おばあちゃん、このリボン、あたしが買っても良いですか?」
「良いのかい? こんな婆の手作りなんて、今の若い子には似合わないんじゃないかい?」
「そんなことないですよ! それにおばあちゃん言ったでしょ? 大事にしてくれる人の手に渡って欲しい、って! あたし、前に同じようなリボンを持ってたんですけど、無くしちゃって……だから、一生大事にします!」
「そこまで言うなら……構わないけども……本当にこんなので良いのかい?」
「このリボンが、良いんです! 幾らですか?」
「銅貨5枚だよ」
言われて、あたしはアイテムボックスから巾着を取り出してお金をおばあちゃんに手渡す。
「おばあちゃん、ありがと! 大事にするね!」
このリボン、どうやって使おうかな? 髪を結んでも良いし、腕に巻いても良いね。
まぁやっぱり、使い慣れた方法が1番かもね。
「おやおや、お嬢ちゃん、髪を纏めると印象がだいぶ変わるんだねぇ」
あたしはBLOの時と同じく、髪を束ねてリボンで結ぶ。髪の長さが違うからちょっと感覚が違うから、ショートのハーフアップになっちゃったけど、良い感じだね!
頭を振ると、纏めた髪とリボンが首筋を楽しげに撫でてきてくすぐったい。
あとで微調整しないと、戦う時に集中出来ないよね、これ。
「ふふ、どうですか? 可愛いですか?」
「えぇ、とても可愛いよ。うふふ、なんだか私まで嬉しくなってくるわ」
「えへへ、なら良かったです。ねぇ、おばあちゃんはずっとここで露店をやってる?」
「えぇ、やっているよ」
「じゃあ、また来てもいい?」
「若い子が好むような物はないよ?」
「それでも! あたしがおばあちゃんとお話ししたいの」
「嬉しいねぇ。またいつでも遊びにおいで」
「ありがとうございます! あたし、用事があるからもう行くけど、また今度、遊びにきますね!」
「うん、気を付けていくんだよ」
「はーい、行ってきまーす」
あたしはウキウキとした足取りで大通りの流れに合流する。
へへ、思いがけない出会いだったけど、心がぽやぽやして嬉しいな。
ここ数日は身も心も休まらないような体験が多かったからね……こんな平和で嬉しい出来事なら大歓迎なんだけどなぁ。
「そうと決まれば、さっさとエルダードワーフを見つけますか!」
そう意気込んでしばらく歩くと、人通りは徐々に少なくなってくる。
地図によると、この王都は王城を中心に少し歪な円形に広がっていて、中央の王城とその周囲の貴族街は、平民の居住区域とは少し高めの城壁によって分けられている。
つまり、この王都は二重の城壁によって守られているのだ。
そんな貴族街からは東西南北に大通りが伸びていて、それぞれが城門へと通じている。さらに区画整理もしっかりとされており、平民の居住区や商業区などに区分けされていた。
冒険者ギルドがあるのは商業区だけど、商業区は2箇所あるようで、商業ギルドのと冒険者ギルドでそれぞれ1つずつの商業区を納めているらしい。
そんな王都の商業区の内、冒険者ギルド側では無く、商業ギルド側の商業区が今回の目的地だ。
「だって言うのに、どうして反対側にあるのかなぁ……」
地図によれば、冒険者ギルドの真反対に商業ギルドがあり、直線距離にしておおよそ5キロほど。
仲が悪いのか、互いに監視し合う目的なのか、詳しい事情は知らないし知りたくもないし、興味もない。
普通に歩けば大体1時間ほどで到着出来る距離ではあるが、人混みに揉まれたり、露店を冷やかしたりしていれば、さらにもう30分は掛かるだろう。
歩き続けていけば、人通りはさらに少なくなり、それまで感じていた人々の生きるための活気や熱気とは別の、静かで落ち着いた雰囲気に変わり始めていた。
荷馬車や商人たちが忙しなく動いてはいるものの、どこかしっとりとした慌ただしさを感じる。
活気のベクトルがこうも違うのか、と感心しながら、地図を頼りにさらに奥にすすむと、今度は空気の色がさらに変わった。
と言っても、あたしが想像していたような光景――黒い煤煙が立ち込め、鉄を叩く音や愉快な相槌が聞こえてくるような、いわゆる生産エリアのような場所とはかなり様子が違う。
通りに並ぶ工房の店先を飾るのは剣や槍のような武器ではなく、鈍く光る怪しげな魔石や、見たこともない色鮮やかな糸の束や玉。そして、美しく磨き上げられた様々な形状や長さの杖ばかり。
漂ってくる匂いも、鉄や油、石炭の燃える匂いじゃなくて、甘ったるい香りや苦さとエグさが一緒くたになったような変な香りが強い。
うげ、ここにずっといたら鼻がおかしくなりそう。
すれ違う職人たちが抱えているのは鉄塊や鍛冶道具ではなく、仕立てる前の布や魔獣の皮ばかり。
「そりゃ、ちょっとは覚悟してたけど……ここまで露骨だと萎えるな……」
忘れそうになるけど、今この世界はとにかく魔法が一強の時代。
BLOならば、タンク職や近接アタッカー、軽戦士たちが多種多様な装備を身に付けて我が物顔で闊歩していたのだろうが、ここではそうではない。
魔法使い向けの武器や装備がメインであれば、当然、職人たちは売れる杖やローブ、軽装備、魔道具などを作っているだろうし、そこにしか需要がないから、あたしのような剣士にとっての装備品はどんどんと廃れていく。
「なんだか切ないね……」
1人ごちて、メニュー画面を開いてみる。
当然だけど地図の機能は無いから、ファストトラベルも出来やしない。
「はぁ……こんな広い場所で、目当てのエルダードワーフを見つけるのか……」
こうなると、ファストトラベルの有り難みが良く分かる。
「まぁしょうがない。頑張って聞き込みでもして探そ……」
あたしはちょうど、工房の前で魔法使い用の革手袋に細かな魔導回路を刺繍していた、気さくそうな丸眼鏡のおじさんに声をかけてみることにした。
「すみませーん、ちょっとお聞きしたいんですけど」
「ん? なんだいお嬢ちゃん。……おや、可愛いリボンだねぇ」
「えへ、ありがとうございます!」
早速おばあちゃんのリボンを褒められて、ちょっと顔が熱くなる。
おっと、いけない。照れるのは後回しだ。
あたしはコホンと1つ咳払いをして、本題を切り出した。
「あの、このあたりにエルダードワーフの鍛冶師さんがいるって聞いたんですけど、どこにいるか分かりますか?」
「エルダードワーフ? ……あぁ、もしかしてベルムッドさんのことか?」
なるほど、ベルムッドって言うんだね。
「他にエルダードワーフっているんですか?」
「いや、王都にいるエルダードワーフはベルムッドさんしかいないと思うな」
「じゃあその人です」
あたしが頷くと、おじさんは眼鏡の奥の目を丸くしたあと、どこか珍しいものを見るような目で、あたしを見つめてきた。
「ふーん……まぁ、良いか。ベルムッドさんの工房だったらこの通りをまっすぐ行って、突き当たりの路地を右に曲がったさらに奥だけど……お嬢ちゃん、あんまり期待しない方がいいぞ」
おじさんはバツが悪そうに頬を掻き、何とか言葉を選んでいるようだった。
「あんまりこう言う事を言いたくないんだがね。今時、魔法の杖じゃなくて頑なに金属の武器なんかを叩いてる職人は、国広しと言えどもあの爺さんくらいなもんさ。腕だけならこの国1番の名匠なんだけどねぇ……」
おじさんは「やれやれ」と肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。
「とにかく頑固な人でね。『魔法の時代だからって、どいつもこいつも棒切れなんかを振り回しやがって!』って、いつも怒ってるのさ」
「へぇ……じゃあ、あたしと話が合うかもです。すみません、ありがとうございました。
あたしはお礼を言って、おじさんとの会話を早々に打ち切って教えてもらった道を進む。
歩きながら内心で深いため息をついた。
はぁ……オルゲンさんみたいな感じだったら嬉しいけど、話を聞いた感じ、もっと面倒そうな人みたいだ。
ぶちぶちと文句を垂れながらも、足は自然と突き当たりの路地へと向かう。
薄暗い路地の奥へ入ると、周りの華やかな魔石の輝きや喧騒が、嘘のように消え去っていった。
そして、その1番奥。
キン…トントン、キン…トントン、カン、カン……キン…トントン。
地を這うような、重厚で力強い鉄を叩く音が、路地裏の空気を震わせていた。
周りの静かな魔法工房とは一線を画す、圧倒的な熱気と、焦げた炭の匂い、そして本物の鉄の香り。
他の工房の倍はあろうかという、年季の入った真っ黒な鉄の扉を持つ工房が、そこに佇んでいた。
看板は煤で真っ黒に汚れてはいるものの、しっかりと刻まれた馴染みのある金槌と金床の紋章がやけに眩しく感じる。
「どう考えても……ここだね」
工房の前に立ち、あたしはゴクリと息をのむ。
「一見さんお断りとかだったらどうしよ……」
あたしはハーフアップに結んだ黒猫のリボンにそっと触れると、気合を入れ直す。
ここまで来て回れ右なんて出来るはずがない。
これから先、あたしと共にいてくれる相棒の事を、少しでも知っておきたい。名前も知らないのは流石に薄情すぎるもんね。
「……よしっ!」
深呼吸を1つ。
あたしは覚悟を決めて、重厚な鉄の扉へと手をかけた。
BLOの装備は、大別するとNPCメイドとプレイヤーメイドに分かれます。
NPCメイドは汎用装備と呼ばれ、安価でそれなりの耐久力がありますが、スキルなどはあまり付与されていません。もちろん、NPCの中でも重要なNPCはその限りではありません。
逆に、プレイヤーメイドはピンキリで、使った素材や付与されているスキルなどによって値段が大きく変わります。
またシリーズ装備などで特殊なスキルが獲得出来たりします。
ちなみに、鍛冶などの生産職はかなりの沼のようです。
ここから数話でモカの持つ日本刀の名前や能力がわかります。




