62、反省会
目が覚めた時に目に入ったのは、知らない天井でも無ければ、トンガリ帽子の痴女魔法使いでも無く、年齢性別不詳の化け物でも無かった。
「………え?」
あたしの視界いっぱいに広がっているのは、お爺ちゃんの顔だった。
綺麗な卵形の頭はツルツルと光り輝いているが、賢者のように長くてボリューミーな白髪の髭がもふぁさぁっ! と綺麗に整えられて蓄えられていた。
顔中に刻まれた深い皺はまるで木の年輪を思わせるほどに貫禄があって、同時に偏屈な気難しさも見て取れる。
そんなお爺ちゃんと目が合っている。
叡智の深淵とはこの様な色をしていると言われれば手放しで頷けてしまうほどに透き通った琥珀色の瞳、とだ。
きっとあたしの目も同じ様に困惑と驚きが入り混じったような揺らぎがあると思う。
「だ、誰?」
「ようやっと起きよったか」
お爺ちゃんの顔が離れていく。
するとようやくここがどこかを知ることが出来た。
「俺はこの王都ギルドのギルドマスター、モンドだ。よろしく」
「は、はい……よろしくお願いします」
辺りを見れば、自分が清潔な白いシーツのベッドの上に寝かされているのだと分かる。
白いカーテンで1床ごとに区切られているようだが、今は何の仕切りもない。
見たことのある光景と、嗅いだことのある匂いに、自然とここが医務室であると理解は出来た。
あぁ、そうか。あたし……負けたのか。
「どうした、浮かない顔して。まだ身体が痛むか?」
「へ? いや、そんなことは……」
言われて、自分の身体に意識を向けると、それなりに酷い状況だ。
頭は痛いし、全身が筋肉痛みたい。
「全く、師匠を止めるのも弟子の役目だろうが……なぁ、メルツェナ?」
おや、メルツェナさんもいたのか。このお爺ちゃんに被っていて見えなかったよ。
「……返す言葉もございません。ですが、マスターと戦ってこれだけで済んでいるので、むしろマスターは褒められるべきでは?」
「馬鹿野郎……はぁ、お前さんはもう行って良いぞ。大体の話は聞いたからな」
お爺ちゃんにそう言われると、メルツェナさんの硬い表情にぱぁっと花が咲いた。それはそれは嬉しそうな大輪だ。
「では、失礼します」
帰りがけ、メルツェナさんはあたしを一瞥して、あろうことかベーっと下を出した。
もちろんすぐに引っ込めて、何食わぬ顔でいなくなったけど、やることが子供すぎるよ。
「で? どうしてこうなった?」
チンピラも裸足で逃げ出すほどに威圧感のあるモンドギルマスにそう凄まれて、あたしはしみじみと言った。
「……それは、あたしが1番知りたい」
思い返してみれば、あたしは本当に無実だと思う。
今回の騒ぎは、ユリシュさんが何もかも勝手に決めて、勝手にやったことであって、あたしが焚き付けたわけでも願ったわけでもない。
だと言うのに、どうしてあたしはお爺ちゃんに睨みつけられなきゃいけないのか。
「ほぅ、それじゃあ、今回の騒動は自分のせいじゃないと?」
いつの間にか、どこから取り出したのか、モンドギルマスは細長いキセルを咥えて紫煙を燻らせていた。
「そうです。むしろあたしは巻き込まれた側で、ユリシュさんに無理矢理修練場に連れて行かれて、メルツェナさんと戦う事になって、それが終わったらユリシュさんが自分と戦わないか? って言うから……」
「ほぉ、あのユリシュがなぁ……まぁいい。それで? なんであんなになるまで戦った?」
「あんなに、とは?」
「修練場がぐちゃぐちゃじゃねぇか!」
どうやらメルツェナさんとの戦いで散乱した糸屑はまだマシな方で、ユリシュさんと戦った時に出来た重力による地面の陥没、魔法の弾による全方位攻撃で地面がボコボコになっているらしい。
で? どうしてそれをあたしに言うのかな?
「申し訳ないですけど、あたしは巻き込まれた側ですので、文句はユリシュさんたちにお願いします!」
この話はこれでお終い! と言わんばかりの剣幕でそう告げると、モンドギルマスはわざとらしく溜息を吐いた。
「ストレイドの坊主の言っていた通りだな……それで? 本当に何があった? どうしてあのユリシュがお前に声を掛けた? 悪いが、事の発端から今に至るまで、全てを話してもらうぞ?」
断れる雰囲気では無さそうだなぁ、と察したあたしは、意趣返しのようにわざとらしい溜息を吐いて、一部始終を話してあげた。
「……なるほどなぁ。分かった、ユリシュやメルツェナには俺の方から言っておく。悪かったな、迷惑を掛けて。この件に関してはお咎め無しだ」
話せば分かってくれる人で良かった。これなら変な誤解もなく、良い関係を築けそうだね!
「喜んでいるところ悪いが、昨夜の件は別だぞ?」
ひくっ、と頬が引き攣るのが分かった。
昨日の件って言えば、宿で絡んできた冒険者たちの事だよね……そう言えばグレイグさんたちが何か言ってたな。
朝からお小言が届いたとか何とか。
「そっちに関してもちゃんと説明してもらうぞ?」
そう凄まれ、今度はわざとではなく、心の底から自然と漏れ出てきた溜息を吐いた。
あたしが解放されたのは、それから2時間後の事である。
体調がまだ良くないのと、身体が本調子ではないという理由により、今日はこのまま医務室に泊まっていく流れになった。
モンドギルマスから解放されると同時に、医務室の先生が入ってきて、そのまま奥にある個室に移ったのだが、どうにも病院やそれに準じる施設って言うのは落ち着かない。
消毒液や薬の独特の匂いのせいなのか、日常の喧騒から切り離されているからなのか、とにかく心細くて、どうにもソワソワしてしまう。
そう言うに限って、悲しい事とか嫌な事を思い出したり考えたりして、気分が落ちてしまうよね。
だから、こう言う時は何か他の事を考えるに限る。
「……ユリシュさん、強かったな」
そして思い出すのは、世界最強とまで言われたあの化け物との戦いの事。
丁度良い、反省会をしよう。
「まず、初っ端の重力攻撃だね」
あれはあたしの判断ミスだったと思う。
その前のメルツェナさんとの戦いで、相手に準備する隙を与えてしまったという考えが強く残っていたのが原因だ。
ただでさえ、今のあたしは全盛期には遠く及ばないと言うのに、BLOで他のランカーと戦う時と同じ空気感で戦ってしまった。
ここはBLOのゲームじゃない。
現実なんだ。
その考え方を取り払わない限り、いつか自分の首を絞める事になりそうだ。
首を絞めるだけならまだ良いけど、本当に取り返しのつかない事になりそうで怖い。もしあれが模擬戦ではなく実践だったら?
認めたくないけど、あたしは瞬殺されていただろう。
「にしても、あの重力攻撃を咄嗟の判断で捌けたのは良かったと思う。あれは褒められても良いよね」
無詠唱魔法が主流になっているとは言え、これまで戦った魔法使いはそんなに多くない。というか片手で数えるほどしかいない。
グリザークのギルドで絡んできた冒険者と、街道で出会った野盗たちだけだ。
そいつらは確かに無詠唱で魔法を使ってきたけど、発動モーションや魔法名の発声があった。
だと言うのにあの化け物……ユリシュさんは違う。
予備動作や発声も無く、あれほどの魔法を発動してきた。
あれに気付けたのは本能や勘と言った、不確実な感覚だ。
あたしはそう言うのが本当にあると知っている側だけど、それに頼るのは危険だと知ってもいる。
だからこそ、それらを感じる前に圧倒し、制圧し、一方的に攻め立てる事を是としている。故に相手に攻撃をさせず、攻撃を受けても回避をするというプレイスタイルとキャラビルドが噛み合っていた。
だと言うのに。
「壁が高すぎて、超え方が分からないなんて……いつぶりだろ?」
たとえ神速の動きであっても、フレーム単位の回避であっても、目に見えないほどの剣撃であっても、恐らくユリシュさんと対等に戦えたとは思えない。
それほどまでに壁は高い。
「あたしに土をつけたのは、これで2人目……か」
悔しくない、と言えば嘘になる。
と言うかめちゃくちゃ悔しい。
かつては剣の頂に座し、世界最強にして無敗を誇った最強の剣士、という名乗りがバカみたいに思えてくる。
「……強くなりたい」
強くありたい。
【剣神】があたしであるために。
モカのモチベーションである【剣神】。
どうしてモカがここまで【剣神】にこだわるのか?
どうして強くなりたい、強くありたいのか?
強者に勝ちたい。
1番になりたい。
チヤホヤされたい。
自慢したい。
考えられる理由はたくさんあると思いますが、モカの心の奥にあるのはもっと単純なものです。
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