61、なにもない
また新キャラ出しちゃった
まるで、世界を崩壊へと導く魔王のように。
まるで、世界を破滅から救う勇者のように。
「持てる力の全てで、私に挑んできなさい」
ユリシュ=ダヴラという化け物は、無慈悲な言葉を投げかけてきた。
「それで、私が1歩でも動けば……君の勝ちだよ、モカちゃん」
「1つ……聞いていい、ですか?」
「もちろんだとも」
「どうして……どうして、そんなに楽しそうなんですか?」
あたしの問い掛けに、ユリシュさんは分かりやすく口角を上げた。
「そっくりそのまま、君に返すよ」
あぁ、そうだろうとも、
あたしも同じように口角が上がっているんだもん。
悔しいけど、今のあたしじゃ勝てない。
でも、この戦いはとても楽しい。
1秒でも長く、ずっと戦っていたいとさえ思っている。
でも、終わりと言うのは必ず訪れてしまう。
あたしは相棒を納刀し、身体に染みついた動作で腰だめに構え、深く、深く、腰を落として、抜刀術の構えを取る。
「行きますッ!」
使える全てのスキルを用いて、全力で踏み込む。
「さぁ、おいで!」
ユリシュさんの声が聞こえた瞬間には、あたしは既に肉薄していて、抜刀していた。
獲ったッ!
「速いけど、それだけではダメだよ」
「っぐ!?」
人差し指と親指で、刀を摘まれて、止められた。
真剣白刃取りを、2本の指だけで成し遂げたのだ。
「……化け物」
「知っているとも」
あたしが手首を捻って相棒を切り上げるように動かして、2本の指から解き放つと、そのまま超至近距離で切り続けた。
さっきの魔法の弾の意趣返し。
あたしの剣が魔法の弾のように縦横無尽に走り、全方位から無数の斬撃をお見舞いする。
だけど。
「っぐ、これでもダメなの!?」
その悉くを、涼しい顔のまま手刀で全て弾いたユリシュさん。しかもムカつくのは後ろからの攻撃を見てすらいないことだ。
1度、体勢を整えないと。
そう思って、大きく後ろに跳躍した時。
「気をつけて。そこにはなにもないよ」
ユリシュさんの淡々とした呟きと、気の抜けた「ぱん」という音が風に乗って耳に届いた。
そして着地した瞬間、あたしの身体が突然、ガクンと崩れ落ちる。
「がーーはッ!?」
激しい呼吸困難と、肺が内側から破裂しそうな凄まじい気圧の急変動。
あたしはすぐにその場から離れようと、再び地を蹴った。
手を叩いただけ。
だけど、あたしはそれがどういうものか知っている。
メルツェナさんの生み出した人形たちを一瞬で消滅させた……あぁ、なるほど。
「なにもない、ね」
多分、手を叩くだけで対象を消滅させることが出来るんだ。
着地して、呼吸を整えながら立ちあがろうとするが、膝が言うことを聞かない。
自分では感じなかったけど、身体が悲鳴をあげているのだ。
「もう限界のようだね」
「……ま、だ」
「いいや、終わりだ」
「がーーはッ!?」
また!?
でも、今回は手を叩いてーーあぁ、くそッ! やられた! 叩かなくても使えるんだ!?
身体中が死を受け入れ始める直前に、空気が戻ってきた。
あたしはブラックアウト寸前の意識を何とか保って、空気を吸っては吐き、吸っては吐き、相棒を杖代わりにして、何とか倒れる事だけは避けられた。
「勝負はーー」
「あたしの負け」
まだ戦えると吠え立てて無様を晒すより、悔しいけれど自分で負けを認める。
それが出来るくらいには……あたしはーー
ぐらり、と身体が傾く。
あ……ダメかも……
ここで、あたしは意識を手放した。
王都冒険者ギルドの最上階。
そこはAランクオーバーの冒険者のみが入れる特別なラウンジがある。
とは言え、Aランクオーバーの冒険者たちは常に世界中で好き勝手にやっているので、幾つかの大きなギルドに必ずあるこのラウンジは常に閑古鳥が何十匹も鳴いている状態だ。
しかし、今日は珍しくそのラウンジには人の姿があった。
豪奢なソファーにゆったりと座り、紅茶を嗜むその姿は、先まで剣士の少女と模擬戦をしていたとは思えないほどだ。
ユリシュ=ダヴラは、モカとの模擬戦を終えると、怒り心頭のギルドマスターが怒鳴り込んでくる直前に転移魔法によってその場から逃げ……もとい、休憩のためにこのラウンジに来ていた。
彼女が上機嫌でテーブルの上に用意されたスコーンに手を伸ばそうとした時、金の装飾が施された重厚な扉が開き、1人の少女が入ってくる。
「おや、君がこの国に来るとは珍しいね」
緑がかった銀色の髪は腰まで届く長髪で、後頭部あたりで1つに纏められてポニーテールが驚いたように揺れ、透明感のある明るい青色の瞳からはすぐに驚きが消えて、訝しげなものに変わる。
「随分とご機嫌じゃないか、ユリシュ」
整った顔立ちには幼さが残っているのだが、見た目の割にクールで大人びて見えるため、かなりチグハグな印象を与えてしまう。
ユリシュには及ばないが、彼女もまた、不思議な印象を持つ人物であった。
スレンダーな体型で、本人は胸よりもお尻の方が魅力的だと言うのだが、客観的に言えば凹凸の無い子供体型である。
そんな彼女は、白のワイシャツに赤のクロスタイ、赤のジャケットに白のキュロット、黒い膝まであるブーツ。ぱっと見は乗馬服のように見える衣装に身を包み、その上から黒いフード付きのローブを羽織っていた。
「ん? そう見えるかい?」
「あぁ、誰が見てもそう言うさ」
少女がユリシュの向かいのソファーに腰を下ろすと、ユリシュが尋ねる。
「ストレート?」
「リナンのジャムを添えて、ね」
「好きだねぇ。そんなに新しい物好きだったのかい?」
「甘い物が嫌いな女の子はいないよ。それに、このジャムはグリザークの近くの村の特産品らしくてね。あそこのリナンじゃないとこの味は出ないんだ」
他愛無いやり取りをしながら、ユリシュが指を鳴らす。
すると、虚空から新しいティーカップとティーポット、新しいスコーン、そしてジャムの入った綺麗なガラスの器が現れる。
「ありがとう」
それらを受け取った少女は紅茶を入れ、ジャムをティースプーンいっぱいに掬って紅茶に落とす。
「それで? 君がご機嫌なのは、ちょっと話題になっている剣士の女の子が関係しているの?」
「おや、耳が早い。誰に聞いたのかな?」
「聞かなくても耳に入ってきたよ。あのユリシュ=ダヴラが、Cランクの少女を一方的に虐めている、ってね」
「それは心外だなぁ。あれは虐めたわけじゃなくて、ちょっとだけ試してあげただけだよ」
「それを、一般人はイジメって言うんだよ。それで? 上機嫌だってことは、お眼鏡に適ったのかい、その少女は」
「あぁ、もちろん。私の3つの試験を見事に……あぁ、いや、3つ目はギリギリでダメだったけど、それでもこの私が愉悦を覚えるくらいには、いい子だったよ」
今度こそ、少女の表情には誰が見ても分かるほどの驚愕が現れる。
「君がそう言うなんて、珍しい事もあるものだ。じゃあ、メルツェナちゃんが煩くなるんじゃないかい?」
「どうかな? ちょっと危機感を覚えてくれていれば良いんだけど……そう言えば君の所の弟子はどうしたんだい? 一緒じゃないみたいだけど」
「あぁ、バカ弟子なら別の依頼だ。今頃汗水流して師匠のために働いていると思うよ」
「ふふっ。君と弟子の関係が羨ましいよ」
「うちのバカ弟子は僕の事が大好きだからね」
「そうだったね。でも……」
ここでユリシュが1度、言葉を切り、紅茶に口付けて唇を濡らす。
「もしかしたらあの子は、君の望みを叶えてくれる存在になるかも知れないよ? 心の底から望む……悲願成就の時は、意外と近いかもね」
「僕の願いは、バカ弟子が何とかしてくれると約束しているからね。他の誰の手も借りないよ。何より、バカ弟子がそれを許さないと思うね」
「ふふ、本当に素敵な関係だね」
「そう思うなら、もっと弟子に向き合ってあげるんだね、ユリシュ」
「おっと、これは耳が痛い」
「君こそ、願いを叶えるために無茶はしないでね。君が動くと世界規模で尻拭いをしなくちゃいけないんだから。頼むよ、『偉大な魔法使い』ユリシュ=ダヴラ」
「分かっているとも、『拒絶の魔女』シノ・アルヴァ」
冷めた紅茶にもうひと匙、リナンのジャムが入れられた。
カチャカチャと鳴る食器の音が、ラウンジに響いた最後の音だった。
リナンのジャムは、レモーネの村の特産品として村長が売り出しました。
するとグリザークの街の商人であるユルゲンさんがそれを見つけ、独占契約を結んで売り出した所、空前の大ブームとなり、瞬く間に王都までその噂が届き、今では王宮や高ランクの女性冒険者たちの間で嗜まれるほどになりました。
おかげでレモーネの村の資金は潤沢になって、これから大きく発展していく事になります。
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