60、模擬戦(VSユリシュ)
「どうだい? 世界最強に挑んでみたいとは思わないかい?」
まるでラスボスのように両手を広げ、モナリザもかくやと言わんばかりに薄く微笑むユリシュさんの言い放ったその誘い文句は、あたしに効き過ぎた。
ゲキ刺さりだ。
挑んでみたいか? 当たり前でしょ。
あたしの目標は剣神に勝つこと。だからどんなに高い壁だろうと挑まないという選択肢は存在しない。
あたしは無言のまま、ユリシュさんからポーションを受け取る。
胡散臭い気がするけど、まさか毒を仕込んでいるなんてこともないだろう。
コルクを取って、中身を一気にあおる。
おぉ、すごい……本当に回復した。
「あぁ、良かった。受け取ってくれたね」
「こんな機会、滅多に無さそうだし……」
「滅多に、ではなく、絶対に、だよ。こう見えても、私はAランクオーバーの中で最も強くてね。ありがたいことに世界最強と呼ばれているんだ。しかし、どれほど出力を抑えたとしても絶対に勝ってしまうから、模擬戦や試合をやる意味がないんだよ」
「…………」
「例えば、ミジンコと人間の戦いにおいて、人間を生まれたての赤子にしたところで、ミジンコに勝ち目はないだろう?」
カチンときた。
それはつまり、あたしがミジンコだってことでしょ?
いくら強いと言っても生物である以上は急所や死角、付け入る隙は絶対にある。まぁ、一筋縄ではいかないだろうけどね。
そもそもさっき、あたしがメルツェナさんと戦えたのは、メルツェナさんがあたしを格下だと侮り、油断し、さらにこれまで戦ってきた相手とは毛色が違い過ぎたから、と言うのが大きい。
でも、ユリシュさんに限っては、そんなものとは無縁だろう。だからこそ、その鼻を明かしてやりたい。
「……追い詰めた鼠に、齧られないと良いですね」
「面白い言い回しをするね。でもこれでスイッチは入ったようだ。じゃあ、始ようか」
そう言って、ユリシュさんはあたしから離れて、修練場の真ん中に立つ。
「どちちかが倒れるまで、なんてナンセンスな事はしないよ。君の勝利条件はただ1つ」
桜色の双眸が、一瞬だけ感情を見せる。
「私を、1歩でも動かしてみなさい」
「……望むところよ」
揺らめく双眸に見えたのは――愉悦だった。
正直言おう。
ユリシュさんと向き合ったあたしは、全く勝ち筋が見えなかった。
初めて会った時に勝てないと理解してしまったのがダメだったようで、多分、これからだいぶ先まで引きずってしまうだろう。
だとしても、やる事は変わらないし、勝利条件が無茶な内容じゃなくて助かった。それでも死に物狂いでなりふり構わずに戦って、何とかもぎ取れるくらい、だろうけど。
「開始の合図は必要かい?」
相棒を腰だめに構え、モカ式空鞘抜刀術のモーションを取ったあたしは
「いいえ、必要――ないッ!」
そう答えると同時に、強く、鋭く、そして最速で踏み込む。
さっきは相手に準備する隙を与えてしまったから、今回は相手に動く隙を与えない!
相棒の重力可変の力を十全に使いながら、一瞬でユリシュさんに肉薄し、鞘から刀を抜く音すらも置き去りにした抜刀をしようとした瞬間。
それは、あまりにも馬鹿げた勘のようなもの。
第6感、本能、言い方は何でもいい。
とにかくそう言ったものが、あたしの背筋を駆け抜けた。
信じるかどうかはともかく、身体から熱が引いていく感覚には覚えがある。
「――ッ!?」
頭の中に最大級の警報が鳴り響いている。
マズイ、抜刀のモーションが止まらない!
何だ? 何かされる? いや、された後か!?
チリッ、と全身の感覚器が沸騰するような錯覚の中、あたしは抜刀のモーションはそのままに、その軌道を強引に変えて自身の頭上へと刃を振り抜いた。
「お見事」
何かを切り裂く感触が手に伝わってくるのと同時に、自分がいる場所の左右がグシャっと陥没する。
その跡はあたしが切り裂いた何かが地面を押しつぶしたようにしか見えない。
「初見で重力魔法を切り伏せるとは……ふふ、面白い」
相棒の重さを限りなく軽くし、あたしは急いでユリシュさんから距離を取った。
「……地面が陥没するほどの重力魔法」
恐ろしいのはその威力なんかじゃない。
「何の予兆も無かった」
一切の予備動作も無く、必殺が降ってくるのだ。
音や風の揺らぎ、重力と言うなら光の屈折や僅かな温度変化があってもおかしくない。それなのに、それらを一切感じさせないどころか、完全に思考の埒外からいきなり攻撃される。
初見で防げたのは、単に運が良かっただけだ。
しかも、この重力が現象ではなく物質であった事も大きい。
だから相棒で斬る事が出来たけど、『破魔剣』を使っていなかったから、重力魔法を破壊する事は出来なかったのだろう。
陥没した地面を一瞥して、そう強引に納得する。
「見えないものへの対処は見せてもらった。次は見えるものへの対処を見せてもらおうかな」
「何を」
瞬きをした。
たったそれだけのこと。
ぱちくり、と瞼を閉じて、瞼を開く。
おかしなことに、その前後で目の前の光景が馬鹿げたものに変わっていた。
「するつも――なッ!?」
視界を埋め尽くすほどの、魔力の弾。
それらが、まるで始めからそこに存在していたのだと言わんばかりに出現していて、万華鏡のようにキラキラと光っている。
「さて、どうする?」
魔法の弾が、あたしに殺到した。
その光景を側から見ている観客たちの目には、きっと動く絵画のように見えた事だろう。
色とりどりの光が残光を引きながら縦横無尽にキャンバスを蹂躙する。
その中央には聖なる青の光が、こちらも同じように残光を引くが、縦横無尽に光の尾を残す魔法の弾とは違い、扇形であったり、円盤状であったり、あるいはメビウスの輪のように繋がっていたりと、残光は常に形を変えていく。
あまりにも現実離れした光景に観客たちは歓声も忘れ、間抜けに口を開き、しかし忘れないように目に焼き付けようとしていた。
それに対し、その渦中にいるあたしには全く逆の光景が見える。
ユリシュが使ったのは魔法の中でも初歩中の初歩、子供が始めに覚える1番弱い魔法。
全ての魔法使いはこれで魔力の操作や制御を学び、充分に慣れれば次のステップである基本攻撃魔法を習得すると、使わなくなる魔法。
すなわち、自身の魔力を弾に変え、撃ち出す魔法である。
「だけど!」
基礎中の基礎、子供の練習用魔法だとしても、これほどまで馬鹿げた物量で使われれば、それはもう大魔法と何ら変わりはない。
「捌けないわけじゃない!」
あたしは迫り来る全ての弾を斬ることだけを考えればいいのだから、対人戦よりはいくらかマシだ。
脳が焼き切れるのではないかと思えるほどの集中力を発揮しながら、自分に殺到する魔力の弾を順番に対処していく。
上下左右前後、死角が出来ないように回転をしながら全方位へ注意を向け、その全てを迎撃した。
時間は10秒にも満たない。
でも、人生で1番長い10秒間だったと断言する。
「ッつぁ、ぜ、はぁー、ぜはぁぜはぁ……」
全神経を迎撃に向けた事で呼吸するのを忘れていたみたいだ。
肺が生を求めてがむしゃらに空気を取り込み、酸素が脳に届いてチカチカと視界がクリアになる。
「すごいね。まさか1発も当たらないとは」
その場から1歩も動かず、ただ自然体のまま立つユリシュさんは、あたしに休憩する時間すら与えてくれない。
「最後は簡単だよ」
ユリシュさんが言葉を紡ぐ。
「持てる力の全てで、私に挑んできなさい」
バトルシーンが難しい。
そんなことを以前にも言いましたが、どうしてバトル展開になっていくんだ?
俺はもっとモカのほのぼも冒険者ライフを描きたいのに……
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