59、模擬戦、決着
あたしが足を止めた事、勝ちを確信した事、その他諸々の要因が複合した結果、メルツェナさんの顔から笑顔が消えた。
代わりに、こめかみに青筋が浮き出ている。
「言うに事欠いて、勝ち、ですって……」
「そ、あたしの勝ち」
「じゃあ、もう容赦しない……私の檻の中で眠りなさいッ!」
来た!
あたしが足を止めた理由は簡単。
もう一度、メルツェナさんに捕まるため。
だから頭上に出来た鋼糸の玉を見上げる。
「避けない、ですって!?」
あたしは棒立ちのまま、群がる糸に自分から飛び込んだ。
相手に準備する時間を与え、しかもタネに気付けなかったから、対処が出来なかった。でも今は? 相手はあたしの勝利宣言に怒っているし、今はもうタネを知っている。しかも、糸を操るなんて高度で繊細な技は、どこか一箇所でも想定外な動きをすれば、簡単に崩れてしまうのが常だ。
ご丁寧に次に使うつもりの糸の檻とかいう技まで教えてくれちゃうんだもん。
あたしを捉えるための檻ならば、その全てが堅固に絡まり、重なりあっているのだろう。
だったら、全ての糸が集中する一箇所に飛び込んで!
「掴むッ!」
深く踏み込んで上に跳躍し、ガシッと糸の束を掴み取る。
そのままスキルの『天躯』を使って空を駆け、背負い投げの要領で糸束を引っ張りあげた。
「な、なんですって!?」
「どっせーいっっ!」
変幻自在に動く糸は確かに脅威だけど、それは逆に弱点にも成り得てしまう。
つまり、全ての糸は必ずメルツェナさんの指に繋がっている。
「まさに、攻略の糸口はアリアドネ! ってね! 糸だけに!」
あたしは糸束を背負ったまま自由落下を始めると、糸が波打って、あたしの後を追うように放物線を描きながら振れ幅を大きくしていく。
それがメルツェナさんの元に届く頃には、どうなっているか?
この異世界があたしのいた世界と同じ物理法則であるならば、答えは単純だ。
「うきゃああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
まるで世界一の暴れ馬に乗っているかの如く、自分の糸に振り回されているメルツェナさん。
あたしが地面に着地すると、それに続いて糸束も落ちてくる。
その最後尾にはメルツェナさんがいて、本気の泣き顔でちょうど糸束の上に落下した。糸束がクッションがわりになったのか、特に怪我はしていないみたいだ。
「ひぐぅ……ふぐ、えぐっ……」
泣きじゃくりながら、生まれたての子鹿のような足取りで糸束の中から転がり出てきたメルツェナさんは、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔であたしを睨みつける。
「ぜっっっっっったいに、許さないッ!」
「嘘でしょ……まだやれるわけ?」
正直勘弁して欲しい。
回避に専念して回復したスタミナと魔力は、今の一発でまた枯渇しちゃった。
なけなしのスタミナで糸を掴んで空を駆け、糸で手が切れないように魔力制御スキルを使って、これまたなけなしの魔力で魔力の手袋を作ったのだ。
両方とも完全回復するにはもうちょっとだけ時間が欲しい。
だというのにメルツェナさんは、血走った瞳をあたしに固定して、杖を掲げている。
何が始まるんです?
3回目の攻防だ。
なんてやり取りを脳内でするくらいにはまだ余裕がある。
「良くも私に恥を欠かせたな! 良くも! 良くも私にあんなはしたない声を出させたな!」
ブワッとマントが膨れ上がる。
それは怒りによって増幅した魔力がマントをはためかせているに過ぎない。だが見間違いでなければ、マントの裏地の黒色が、波紋のように揺れているように見える。
「………っげ」
見間違いじゃなかった。
波立つマントの裏地から、木のマネキンが出てきた。しかも、その光景はテレビから出てくる超有名な幽霊とそっくり。
唯一違うのは、その数だ。
たった数秒の間で、30体ものマネキンがマントの裏地から産み落とされ、感情のない無機質な顔の全てが、あたしを見つめていた。
「行きなさい! 我が愛しき人形たち! あの小娘を殺――」
覚悟を決めて相棒を握り直した瞬間。
――ぱん。
と気の抜けたような音が1つ。
その音と共に、メルツェナさんが生み出した30体のマネキンが一瞬で、音もなく一斉に消える。
あたしがその音の主を見ると、純白のトーガを翻しながら、特等席から修練場へとゆっくりと降りてくる存在と目が合った。
桜色の双眸からは感情が読めない。
喜んでいるようにも、悲しんでいるようにも、落胆しているようにも、怒っているようにも見えてしまうからだ。
「勝手に勝負を止めて悪いね、モカちゃん」
「……いえ」
「でも、あそこで止めなかったら、死んでいたかも知れないからね」
どっちが? とは流石に聞けない。
スタミナも魔力もない状態で、30体もの物量で囲まれたら、流石にキツかっただろうしね。それでも負ける未来は見えなかった。やりようによってはあたしが……って、やめやめ。もしもの話に意味はないんだから。
「さて、メルツェナ。申し開きはあるかい?」
「…………あり、ません」
長い沈黙の末、メルツェナは下を向いてそう答えた。
「私は言ったね? 修行の成果を見せておくれ、と」
「……はい」
「あれが修行の成果かい?」
「……いえ」
「そうか。ならば、君には罰を与えなくてはならないね」
「……は、はい」
「と言いたいところだけど、私も君の人形を消してしまったからね。それを以て罰としよう」
「寛大なお心に感謝致します、マスター」
先程までの激昂したメルツェナさんはどこへやら、若干血の気の引いたような彼女は、あたしに向き直って、渋々と言った具合に頭を下げた。
「悪かったわね。ちょっと頭に血が上っていたみたいだわ」
「いえ、こちらこそ、煽るような事を言ってすみませんでした」
「ふん、Cランクのくせに先輩を煽るなんて100年早いのよ、小娘」
「この次に戦う事があれば、容赦しないので」
「その時はあたしも最初から全力で行かせてもらうわ」
「はい、楽しみにしてます」
なんか、きちんと話してみると良い人だな、メルツェナさん。面倒見の良いお姉さんみたいな雰囲気がぷんぷんするぞ。
レモーネの持つ年下お姉ちゃん感とは真逆の、頼れるバリキャリお姉さんって感じだ。
「さて、モカちゃん。私が勝手に介入して、模擬戦を終わらせてしまったから、1つお詫びをしたいのだけれど……どうかな?」
ユリシュさんの差し出した手には、いつの間にか紫色の液体が入った小瓶がある。回復薬か何かかな?
「これは特級ポーションだよ。飲めば体力も魔力も、全てが完全に回復する」
「良いんですか?」
「良いとも。それに、これはおまけだ。君にはこっちの方が良いと思ってね」
そう言うと、ユリシュさんは大きく手を広げた。
「どうだい? 世界最強に挑んでみたいとは思わないかい?」
その誘い文句は、あたしに効き過ぎた。
メルツェナさんとの模擬戦は一旦ここまで。
本当は1話にまとめるつもりだったんですけど、楽しくなってもう1話増やしちゃいました。
そして次回、世界最強と手合わせです!
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