58、模擬戦(VSメルツェナ)
開始の合図は無い。
ただ、向き合った2人が構え、自分が最も動きやすいタイミング、間、呼吸、そういったものを見極めるのと共に、相手の出方を伺うような思考の攻防戦が始まったのは、修練場に広がる緊張感が最高潮になった瞬間だった。
「あら? 来ないの?」
メルツェナさんが妖艶な笑みを強める。
わざと両手を広げて、無防備を装う。だが、これは誘いの隙だ。わざわざ乗る必要もない。
「まさか、怖い? ビビってるの?」
ニヤニヤと笑うが、これも挑発だ。これも無視すれば良い。
あたしはあたしのリズムで戦えば良い。
人形師という二つ名から考えれば、魔法で人形かゴーレムを召喚して使役するタイプと見た。
つまり、召喚のために一瞬は無防備になるはず。
勝負はその一瞬だけあれば良い。
「……へぇ、やるじゃない」
その呟きが聞こえた瞬間、あたしの右手に力が入る。
「じゃあ、そろそろ行くわよ」
――ここだッ!
出し惜しみはしない。
初手からモカ式空鞘抜刀術で圧倒する!
「……ふふ」
メルツェナさんの小さな微笑みと共に、モカ式空鞘抜刀術が――発動しない。
それどころか、相棒が抜けない。
いや、違う。
「――身体が、動かない!?」
なんで!?
意味が分からない。魔法? それともスキル!? いつ?
「だから聞いたじゃない、来ないの? って」
メルツェナさんは白魚の様な指を空間を撫でるように動かす。
「ダメでしょう? 相手に準備する時間を与えるなんて」
準備の時間? 何を? これは行動不能とかのデバフじゃない?
その時だった。
メルツェナさんのたおやかな指にキラリと光るものが見えた。
何……何か、ある?
そう知覚した瞬間、ようやく行動不能のタネが割れた。
「糸!」
「せーかい♪」
あたしの体に巻き付く鋼の糸が行動を阻害し、相棒を鞘から解き放たず、居合の構えのまま硬直させていたのだ。
あの挑発は、この糸を撒くための時間だったってわけね。
しかもこれは攻撃魔法でも防御魔法でもデバフ魔法でも、それ以前に魔法では無く、ただの魔力で操られた糸だ。だから『破魔剣』や『退魔剣』が使えない。
完全に見誤っていた。
これがAランクの力か。
「どう? 動けないでしょ? その糸はあたしの魔力が込められた特別製。私以上の魔力量じゃないと解けないわ」
むむ、困ったな。無理に体を動かそうとすると糸が食い込んできて痛い。
特に両手足と武器に糸が集中していて、首や胴などのパーツには必要最低限しか糸は巡っていない。
「それじゃ、お終いにしましょう」
勝ちを疑わない愉悦の笑顔でメルツェナさんはマントの内側から、メイスのような杖を取り出し、ゆっくりと近づいて来る。
自分の勝ちを確信して、完全に油断している。
そのまま距離を取って、あたしを絡めとる糸に力を込めて、意識を刈り取るなりなんなりすれば良いのに、それをしなかった。
それがメルツェナさんの唯一の敗因だ。
とは言ったものの、この状況を打破するための方法を出来れば使いたくない。でも、このまま負けると言うのも面白くない。
あんまり使いたくは無いけど……仕方ないか。
あたしはチラッと、一瞬だけユリシュさんに視線を送ると、ユリシュさんは一瞬だけ確かに薄く微笑んだ。
ちゃんと伝わったかな?
特等席で2人のじゃれあいを見下ろし、紅茶の香りを楽しんでいたユリシュ=ダヴラは、熱の籠ったモカの視線を受けて誰にも分からないほど微かに頷き、微笑む。
(もちろん、良いとも)
モカから向けられた真意に、ユリシュはそう答えた。
(メルツェナの悪い癖に気付いたんだね)
鼻から抜ける爽やかな香りを楽しみながら、彼女は少しだけ前のめりになった。
あたしは戦いが始まってから、ずっと居合の姿勢で固まっているわけだけど、今回はこの体勢でちょうど良かった。
さて、あたしにはこの危機的状況を打破出来る手段がある。
悪いけど、こちとらBLOでは飽きるほどに色んな魔法やらアイテムやらスキルやらに捕まってきたのだ。
最速でも止めてしまえばただの的だとか言っていた奴もいた。もちろん、その発言の1秒後には首と胴体をお別れさせたけど。
話が逸れた。
あたしのキャラビルドは回避盾で、行動不能や捕縛されれば、それだけで負けてしまう。
そうなる前に相手を制圧するのが1番だけど、そうじゃ無い場合もある。
だからあたしは、そうじゃない場合に備えて幾つかの『モカ式』を生み出した。
拘束から抜け出すための『モカ式』の技術は、まぁ簡単に言えば拳法の応用だ。
これは完全に、スキルや魔法と言ったシステム的な話ではなく、生身のあたしが扱えるからゲームでも使えたという、正真正銘のプレイヤーとしてのスキル。
何をするのか。
理論だけを言えば、とても単純だ。
リラックスした静止状態のまま、緩やかに体を捻り、足先から下半身へ、下半身から上半身へと加速の力を巡らせる。そして、インパクトに向けて瞬間的に加速してそのエネルギーを拳に乗せて撃ち抜く……いわゆる寸勁というやつね。
あたしはこれを、加速点と破砕点を調整して、拳ではなく自分の体に乗せることに成功した。
さらに、そこに魔力という後付けブースターを取り付ける事によって、現実世界では到底出しえない最大出力の寸勁を放つ事にも成功した。
名付けて――
「モカ式自在拳闘術・拘束破砕勁」
あたしの囁くような声は、メルツェナさんに届いたのかな?
いや、届いていないよね。
だって、自分の糸が破られるなんて微塵も思っていなかったから、それが目の前で起きた事に驚きすぎて、言葉を失っているんだもん。
あたしを拘束していた極細の鋼糸がけたたましい音ともに千切れ、キラキラと光を反射させながら散る。
その一瞬を見逃さず、躊躇わず、あたしは鋭く踏み込んで抜刀。
「ちっ!」
だが、相棒の刃はメルツェナさんには届かない。
「あら危ない」
全然危なそうには聞こえない口調のメルツェナさんは杖で攻撃を受け止めていた。
だから使いたくなかったんだよね。
あたしがこのモカ式を使いたくなかった最大の理由は、出力の調整がまだ出来ないという点に尽きる。
これを使うとスタミナも魔力も、一瞬で全てを消費してしまい、その後の行動に大幅な制限が掛かってしまうのだ。
BLOでは回復アイテムやアクセサリーが潤沢だったからこそ出来た技法なんだよね。だから、今のあたしが使えば一気にスタミナも魔力も枯渇して、一気に動きが遅くなる。
だからこその一瞬の隙を狙ったつもりだったんだけど、腐っても相手はAランクの冒険者だね。
「すごいわね、どうやってあたしの拘束から抜け出したのかしら」
「降参してくれたら教えますよ」
出来るだけ会話をして魔力とスタミナの回復を――
「しないわ、よッ!」
メルツェナさんがあたしの相棒を弾き返しながら、指を動かす。
ちっ! 回復の隙も与えてくれないか。
「ちょ! まっ! 嘘でしょ!?」
あの糸、あれだけじゃなかったの!?
同じ手には乗らない、と言いたかったけど、今度の糸はとてつもなく性格が悪い。明らかに太いものと細いものに分かれていて、見えてしまうからこそ気を取られ、回避したと思ったら細い糸に足を取られたりする。
糸を切ろうと思って剣を振ろうとすれば、一瞬だけ腕に糸が絡まってタイミングをずらされる。
あまりにも性格が悪い戦い方だね!
「ほらほら、早くしないと、糸の檻が完成しちゃうわよ〜」
その瞬間、あたしの中にふと天啓が降りてきた。
あまりにも突拍子が無く、馬鹿げたアイデアだったが、なるほど確かに。
これは面白いかも知れない。
「あははっ! 悪いけど、この勝負、あたしの勝ちね!」
糸から逃れようと回避に徹していたあたしは、そう勝利宣言をして足を止めた。
こんな短いスパンで新しいモカ式が出ましたけど……
現在判明しているのは
モカ式空鞘抜刀術
モカ式自在拳闘術・魔法破壊掌
モカ式自在拳闘術・拘束破砕勁
の3つです。
あといくつあるんだろうか……
ちなみに、BLO内では剣道の有段者や現代の剣術の師範、古流剣術の師範など、いわゆる達人たちがいますが、プレイヤーのスキルが高いだけでは勝てませんでした。
まぁ、型通りの綺麗な剣術じゃあ、空飛ぶドラゴンとは戦えないってことですね。
次回、決着!




