57、化け物
新キャラ登場ラッシュ!
あたしは今、王都ギルドの裏手にある修練場で居合の構えを取っている。
「……どうしてこうなった」
ポツリと呟き、相対する大きなトンガリ帽子がトレードマークのお姉さんを見た。
王都ギルド所属のAランク冒険者にして『人形師』の二つ名を持つ魔法使い、メルツェナさんは、妖艶な笑みを浮かべてただ薄く微笑んでいる。
どうしてこうなったのか。
それは、あたしが冒険者ギルドに入った時の事、今から少し前の事だ。
あたしが冒険者ギルドの重い扉を押し開けて中に入ると、ものすごい活気と喧騒が熱気と共に襲ってきた。
ギルド内は想像以上に広くて、各ランクごとに受付が分けられていたり、2階部分が吹き抜けになっていて、そこに大きなシャンデリアみたいな照明がぶら下がっている。
「おぉ、すごい……おっと、キョロキョロしてたら目立つよね」
あたしはすぐにCランク専用の受付を探して、そこに並ぶ。
その時、吹き抜けになっている上階のラウンジスペースから見下ろす彼女たちの視線に、あたしは気付く事が出来なかった。
「お次の方、どうぞ」
流石は王都の受付嬢だ。仕事が早いのなんの。
あたしはアイテムボックスからストレイドギルマスが書いてくれた紹介状を取り出して渡す。
「紹介状ですね。ギルドカードのご提示もお願いします」
言われた通り、あたしはカードを渡す。
「ふむふむ……グリザークの……な、なるほど……え!? しょ、少々お待ちください」
紹介状とカードを持ったまま、受付嬢さんは慌ててカウンターの奥に引っ込んで行った。
あ、あれ? 嫌な予感がしてきたぞ?
しかし、受付嬢さんはすぐに戻ってきた。
良かった、特に大きな問題にはならな――
「ギルドマスターがお会いになるそうです」
和かな笑顔に、あたしの頬は引き攣った。
あ、あれ? おかしいな? ギルマスに会う? なんで?
「グリザークのギルドマスターから連絡が来ていたそうで……その……」
言い難いことなのか、受付嬢さんの語尾は尻すぼんでいく。
「……問題しか起こさないので、手綱はちゃんと握っておけ、と」
今からグリザークに戻って、ギルマスをぶん殴っても良いかな?
って言うか、あたしがいつ問題を起こしたってのよ!?
最初に絡まれた事? あれはまだ冒険者になる前だったし……オーガのボスを倒した事かな? でも、あれはスタンピードが発生したからであって、あたしのせいじゃないよね? あと、何かあったっけ? いや、無いよね?
「恐れ入りますが、そこで少しお待ちいただけますか? ギルマスの手が空き次第、お呼び致しますので……」
そう言って受付嬢さんはあたしの後ろにある待合スペースを指した。
まぁ、大事になるくらいなら多少は我慢してあげよう。
何故ならあたしは大人の女だからね。
言われるがまま、待合スペースのソファに座ったけど、手持ち無沙汰なのは否めない。
暇になったあたしは、ちょっとだけギルドの中を見て周り、王都の地図や王国の地図を購入したり、王都に初めて来た人用のパンフレットなどを手に取って観光名所をチェックしたりしたのだが、それでもまだ呼ばれないから、興味本位で依頼ボードの見学を始めた。
「どれどれ? これは……Aランクオーバーへの指名依頼?」
Aランクオーバーと言えば、ストレイドギルマスにちょっとだけ教えてもらったけど、確か冒険者ランクの中で最も上のランク、だったよね?
ランクAより上のランクが無いから、便宜上そう呼んでいる、だったっけ?
そして、Aランクオーバーは世界に7人しかいなくて、その全員がたった1人で大国を相手取れるほどの化け物だと言われているとか。
ボードの依頼表には『拒絶の魔女、シノ・アルヴァ』殿とか、『聖女、アメストリリア』殿とか、Aランクオーバーの冒険者の名前が見て取れる。
「へぇ、どんな人たちなんだろ?」
「気になりますか?」
「――へぅ!?」
いきなり背後から掛けられた言葉に、心臓が飛び出そうになった。
あたしは思わず、アイテムボックスから相棒を取り出しながら大きく飛び退いて距離を取り、居合の構えを取る。
そこには不思議な容貌の人間が立っていた。
……人間、だよね?
男にも女にも見える不思議な容姿は線が細いからなのか、儚い印象が先立つけど、その本質は異質なものだ。
人間、じゃない?
限りなく白に近い桃色の長髪を後ろで一纏めにしたシニヨンが、小さな雪だるまみたいに見える。
その身に纏うゆったりとした純白のトーガは、縁に赤と金の意匠が施されていて、一目見ただけで最高級品だと分かる。
革のグラディエーターサンダルにも複雑な意匠とステッチが施されていて、こちらも最高級品だろう。
そして、そんな彼? 彼女? の背中には、身長よりも少し低い150センチほどの杖があった。
持ち手の部分には金の薔薇が彫られているその杖はその人の手にしっかりと収まるくらいに細いけど、落ち着いた木目と茶色で、先端に向かって稲妻のような形状になっている。
「……誰?」
煌めく桜色の双眸に見つめられている。
ギリっと相棒を握る手に力が入る。
全身から冷や汗が止まらない。
喉がカラカラで異様に渇く。
身体中の毛が全て逆立つ。
鳥肌が立ち続けている。
足がずっと震える。
視覚だけの情報では人畜無害そうな人物だが、他の感覚に頼ればそれが間違いだとすぐに分かる。
肌を焼くようなプレッシャー、圧倒的存在感、莫大すぎて可視化している陽炎のような魔力、そして何よりも異質なのは――
「そう警戒しなくてもいいですよ」
――その声だ。
男性の声であり女性の声でもある、妖艶であり無垢でもある、純粋であり邪悪でもある、憂いを帯びているが凛としてもいる。
相反する2つがあまりにも自然と混じり合っているような声音は、不協和音でありながら、完璧な調律を持った音としても聞こえる。
目の前の人物の、そのあまりにも自然で不自然な存在感が、本能的に恐怖を感じさせ、あたしの思考を最大級の警戒レベルへと引き上げていた。
――勝てない。
そう思ったのは、BLOで唯一敗北した【剣神】と対峙したとき以来だ。
「私はユリシュ=ダヴラ。Aランクオーバーの魔法使いです。どうぞよろしく」
ユリシュ=ダヴラと名乗った存在は、穏やかな笑みを浮かべて手を差し伸べてきた。
正直に言おう。
あたしは、1ミリも動けなかった。
「そう警戒しなくても良いですよ。別に取って食おうという訳では無いのですから」
クスクスと無邪気に笑うユリシュ……さん? くん? ちゃん? を見て、ようやくあたしはかなり強い意志を持って相棒から指を引き剥がして、アイテムボックスへと戻す。
「………何の用……ですか?」
「あれ、嫌われちゃったかな? 別に意地悪をするつもりでは無いよ。ただ、久しぶりに魔法使いじゃない子を見かけたから、ちょっと興味が出てね。今の装備からして……君、剣士かい?」
「……何か問題でも?」
「いやいや、無いとも。そうかそうか、剣士か。ニカナくんは喜ぶだろうね」
……ニカナ? 誰? と言うか、Aランクオーバーの魔法使いがあたしに何の様なの? まさか、本当にただの興味本位なわけ? たったそれだけの理由で、あたしを試したの?
背中を伝う冷や汗の感触がやけにはっきりと感じられて気持ち悪い。
「マ、マスター! いきなりラウンジから飛び降りないで下さいよ! 心臓に悪いじゃないですかーっ!」
あたしとユリシュさんが無言で見つめあっていると、そんな声を上げながら、1人の女性が駆け寄ってきた。
大きなトンガリ帽子を被った女性だ。
動きやすそうな……いや、そんなレベルじゃない。
明らかに痴女みたいな服装だ。大きく開いた胸元、お腹も背中もぱっくりと開いている上下一体となったチャイナドレスのような服装の上から分厚い生地のマントを羽織っている。
「おや、メルツェナ。ごめんね、ちょっと気になる子がいてね」
全力疾走で駆けつけたのか、メルツェナと呼ばれた魔法使いはぜぇぜぇと大きく肩で息をしながら、あたしをキッと睨みつけてきた。
「私はメルツェナ。Aランク冒険者にしてマスターの弟子よ」
「……モカ。Cランク冒険者、です」
「……こんなのが、ですか?」
「そうだね。今の彼女は君と同等か、ちょっと強いくらいかな」
「ご冗談を。こんな田舎臭い小娘が? 私と?」
「なんなら試してみるかい?」
「マスターがそこまで言うなら試してみましょう。まぁ、私の圧勝でしょうけど」
「そうか。じゃあ修行の成果を是非とも見せておくれ」
「はいマスター」
「じゃあ、裏の修練場へ行こうか、モカちゃん?」
あたしは、この流れるような展開について行けず、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
そして、あれよあれよと言う間に、何故かAランク冒険者のメルツェナさんとの模擬戦の舞台が整えられてしまい、あたしは今、王都ギルドの裏手にある修練場で相棒を手に居合の構えを取っている。
と言うわけだ。
そして、言い出しっぺのユリシュさんは、ちゃっかり特等席に座って、優雅に高そうなティーカップ片手に高みの見物と洒落込んでいる。
あぁ……本当に……
「……どうしてこうなった」
模擬戦が、始まる。
ついに登場しました、Aランクオーバーの1人、ユリシュ=ダヴラ。
男か女か、はたまた両性具有か!?
そもそも人間なのか!?
正解はいずれまた!
ちなみに、かなり思い入れのあるキャラだったりします。




