56、いざ、王都の冒険者ギルドへ
翌朝。
起きた時にベッドにパンクズが散乱している状況を見て、昨日の件を思い出した。
後片付けをグレイグさんたちに押し付けてしまったような気がするけど、あとで謝りに行かないとね。
それに、食堂に降りるのもかなり気まずい。
「こればっかりはあたしが悪いから仕方ないね。ちゃんと謝らないと……」
恐る恐る部屋を出て、階下に降りる。
トントンと階段を降りる足取りは重く、初見ダンジョンに挑戦しているような気分だ。
食堂に入ると、まだ朝早いせいなのか、お客さんの姿はまばらだった。
しかし、お目当ての……というより顔を合わせづらい人たちは、入ってすぐのテーブル席を陣取り、会話をしていた。
「お、おはようございます……」
もちろん『黒金の雷雨』の面々である。
グレイグさんはテーブルに突っ伏して魂が抜けたように動かず、デュランさんは無言で紅茶をすすり、ザフィーラさんはいつも通りだろう仏頂面でパラパラと書類を眺め、ラルフさんは朝食を楽しんでいた。
あたしが小さくなりながら挨拶をしたことで、彼らは顔を上げてあたしを見る。
その表情や視線には怒っているような気配は感じない。と言うよりも、呆れというか諦めというか、そういう感じが見て取れる。
「お、おお……モカちゃん、おはよう。……うん、元気そうだね?」
「昨日は、その、やらかした後片付けを全部押し付ける形になってしまって……本当にすみませんでした!」
深々と頭を下げて、謝罪の意思を示す。
こればっかりはあたしが悪いからね。
「あぁ、まぁ……あんまりに気にするな、と言いたいんだがな」
グレイグさんが疲れた顔をしている。そこまで大変な事になっちゃったのかな?
「ちょっと問題が大きくなりそうだ」
どう言うことだろ? あたし、そんなにヤバい事しちゃった? も、もしかして、この宿、出禁になっちゃう!? 慰謝料とか賠償金とか、そういう系!?
「な、なんで……ですか?」
「いや、実はな。あの後、客たちが騒ぎ始めてな……」
どうやらあの後、一部始終を見ていたお客さんたちは、スカッとした気分になって、面白おかしく話を広めてしまったのだとか。
いつもなら噂が広がる速度は遅いし、大して広がりもしないのだが、タイミングが悪かった。
「王都が少しピリピリしてるって言っただろ? そのせいでガス抜きが出来そうなものが広がるのが早くなっているんだ」
か弱い女の子が、酔って絡んできた男たちを返り討ちにした。
この一文は語るに易く、言うに易く、さらに余計な尾ひれが付け加えられ、スカッと胸が空くような噂として一夜にして広がってしまったというわけだ。
「な、な、なん、なんてこった……」
あたしは頭を抱えて、その場に蹲って呻く。
どうしてこうなったのよ! あぁ、昨日のあたしをぶん殴りたい!
「まぁ、広まっちまったもんはしょうがねぇよ、モカちゃん。とりあえず朝飯食いなよ。あ、お姉さん、この子に朝飯持って来てあげて!」
心底面白そうにしているラルフさんに席を勧められ、あたしはトボトボと席に着く。
「悪いが火消しはもう無理だ。早朝にギルマスからお小言が届いたから、多分、王都にいる冒険者たちは全員知ってるかもな」
グレイグさんが死んだ顔をしてたのはそのせいだったか。
でも、思ってたより酷いことになってるな……これ、すぐに王都から出た方がいいかな? オルゲンさんに教えてもらったエルダードワーフ見つけたら、龍鳴山を目指した方が丸いか?
「しかし、昨夜の件はベッティたちが一方的に悪いのも事実だ。バカな噂に踊らされて、相手の実力も見抜けないから、万年Dランクなのだ」
ザフィーラさんは静かにそう言った。
それには同感だ。あたしは降りかかってきた火の粉を払っただけだもん。
「それにあの後、転がっていたベッティの取り巻きにはキツく言い聞かせておいたから、大丈夫だ」
「ありがとうございます、ザフィーラさん」
「いい、気にするな」
みんな良い人たちだなぁ。
あたしは気まずい謝罪を無事にクリアしたことで、ホッと胸を撫で下ろす。
安心したらお腹空いてきた……ご飯、まだかな!?
「お待たせしました、モーニングセットでございます」
お姉さんが持ってきてくれた朝食はちょっと豪華なワンプレートだ。
焼き立てで香ばしい黒パン、エッグスラット、サラダ、カリカリベーコンが大きなお皿に盛り付けられている。
別皿にフレッシュフルーツと香り高い紅茶も付いてきた。
こっちにもエッグスラットがあったんだ。
ありそうで無かった料理だったから、初めて食べた時は驚いたなぁ。
「いただきまーす!」
美味しそうな朝食に手を伸ばす。
焼き立てのパンはもちろん美味しい。それをエッグスラットに付けて食べるとさらに美味しい。口直しの野菜を食べて、塩が効いたベーコンを食べる。ちょっとしょっぱいかな? って感じるけど、エッグスラットを食べれば丁度良い。
これはすごい……食の永久機関かも知れない!
朝なのに手が止まらない。
少しくどくなったかな? ってタイミングで紅茶を飲んで口をリセットする。
苦味や渋みは少なく香りが高い紅茶は、この朝食にピッタリだね。
しかも、鼻から抜ける香りがすごい華やかだ。ハーブティーでは無さそうだけど、そういう茶葉なのかな? 後で聞いてみよ。
あたしが黙々ともぐもぐしていると、ラルフさんがジッとあたしを見つめながら、スッと目を細めて話しかけてきた。
「なぁモカちゃん。ちょっと気になってるんだけどさ」
「もぐもぐ、ふぁい? あんれすか?」
「君は剣士なんだろう?」
「もぐもぐ、ごくん……はい、そうですけど?」
「その割に武器を持っていないようだけど……」
「あぁ、武器は収納魔法でしまってあるんで」
「魔法が使えるのか?」
「え? あぁ、はい。使えますよ?」
「じゃあなんで魔法使いにならないんだ?」
あたしはナプキンで口元を綺麗に拭いて、ラルフさんに向き直る。
「鳥って飛びますよね?」
「ん? あぁ……」
「魚って泳ぎますよね?」
「そりゃ、まぁ……」
「そう言う事です」
「待て待て、なんだ? どう言うことだ?」
話を聞いていたグレイグさんが割って入ってくる。
「つまり、あたしにとってはそれが普通なんです。逆にあたしはなんで魔法使いがこんなに偉そうにしているのか、って事の方が疑問です」
その言葉に、全員がポカンとした表情をした。
「……はは、視点が違えば、価値観も違うな」
引き攣った笑みを浮かべたラルフさんに、グレイグさんは首を横に振った。
「きっと、俺たちには一生理解出来ないぞ……」
それはその通りだと思う。多分、あたしも魔法使いたちの事を理解出来ないと思うから。それでも、別に見下したり、馬鹿にしたりはしないもんね。
「悪かったな、モカちゃん。別に貶そうとか馬鹿にしようと思ったわけじゃないんだ。ただ、まぁ……ちょっと心配でな」
「大丈夫ですよ! こう見えて、あたし強いんで!」
にっこりと笑えば、みんなが穏やかに笑い返してくれる。
考えてみれば、BLOの時もこの世界に来てからも、チームというものを組んだことが無かった。
もちろん、イベントやチーム戦とか必要に応じて、臨時でチームを組んだ事はあったけど、パーティーを組んだりクランに入ったりなんて事はなかったなぁ。
でも、目の前の人たちを見るとチームも悪くない、って思えちゃうから不思議だね。
「そうか。そんな強いモカちゃんは、今日の予定は決まっているのか?」
「ギルドに顔を出そうと思ってました。グリザークのギルマスには絶対に顔を出せって言われているので」
「そうか。注目されると思うが、無視していれば良い。絡まれたら俺たちの名前を出して良いからな」
「ありがとうございます! それじゃ、そろそろ準備して行ってきます。ごちそうさまでした!」
「おぅ、気をつけて行けよ〜」
これ以上ここにいると、もっと甘えちゃいそうだから、さっさとやる事をやるとしますか。
あたしは席を立って、部屋に戻る。
それからいつもの服に着替えて、姿見で最後の確認をした。
「うん、大丈夫だね!」
最後に姿見に向かって笑顔を向けて、いつも通りに可愛い事を確認して、部屋を出た。
「それじゃ、行ってきます!」
受付のおじさんに鍵を預け、あたしは宿の重厚な扉を押し開けて、朝日煌めく王都の街並みへと飛び出す。
「おっと、忘れてた」
あたしの顔を知っている人がどれだけいるかは分からないけど、用心に越したことはない。
フードを目深に被り、静かに人混みに紛れて大通りを進んでいく。
辺りを伺ってみると、王都の朝は夜以上に活気に満ちていて、その中にいるあたしも元気になったみたいだ。
そんな中、ガチャガチャと鎧を鳴らす人たちや、大小長短様々な杖を持った人たちが吸い込まれるように入っていく建物が見えてくる。
その場所こそ、この王都・ユリディンギルの冒険者ギルドだ。
「お、おぉ……でっっっかぁ……」
立ち止まり、ギルドを見上げる。
どこかで見た事のあるような見た目なのは、きっと使われている資材が赤レンガだからだろう。ただ、横に広いのではなく縦にデカいのだ。
「10階建て……お城の次にデカいじゃん」
その圧倒的な存在感に、あたしはゴクリと息を呑んだ。
「よし、行こう」
あたしは覚悟を決める。
今度こそ、何にも問題が起きませんように!
心の中で神様に祈る。
改めてフードを被り直して、あたしは巨大なギルドの鉄扉を押し開けた。
王都の冒険者ギルドの見た目は、お察しの通り、赤レンガ倉庫です。
一度だけ言ったことがあるのですが、ライトアップされている光景は海外にいるみたいで幻想的でした。




