53、王都・ユリディンギル
地平線に沈みゆく太陽を背に、あたしは目の前の圧倒的な光景に思わず息を飲んでいた。
「すごい……綺麗……」
オレンジ色ともクリーム色とも、あるいは燃えるような赤とも言えるような、そんな色合いの夕暮れに照らされた王都は、白亜の城壁をその色に染め、穢れを知らない乙女のような佇まいで、そこにある。
それまでに見てきた大きな街とは比べ物にならないほどの規模の城壁と、その奥にチラリと見える城は、ここがまさに国の中央であると言うのを実感させてくれた。
堅固な城壁を見上げると首が痛くなりそうだけど、この光景は是非とも心に焼き付けたい。スクショ機能が無くなっている事がこんなにも悔やまれるなんてね。
閉門間近の北門は駆け込みで慌ただしくなっているようで、城門前には行商人の馬車や仕事終わりの冒険者たちが列を成している。
それに対し、門番たちは淡々と仕事をこなしていて、その対比がどこか可笑しくも見える。
どうやら、大まかに業種別で列が分かれているらしい。
時折、行商人の列から怒号が聞こえてくるけど、どうやらかなり厳しく荷物のチェックを受けるようだ。
空港の保安検査みたいだね。
どうやら持ち込み禁止の物があったようで、商人は馬車ごと衛兵に連れて行かれていた。
「おっといけない。あたしも並ばなきゃ」
列の最後尾で、『冒険者はこちら』と書かれた看板を掲げている衛兵の元へ行って列に並ぶ。
すると、その衛兵は一瞬だけ驚いたような表情をした。
やっぱり女性の冒険者は珍しいのかな?
「お嬢ちゃん、冒険者なのかい?」
前にいた青年に声を掛けられた。
「はい、まだ登録してから少ししか経っていませんけど……」
「そうか。王都には依頼で?」
「いえ、旅の途中で寄っただけです」
「旅……と言うことは修行の旅か?」
「えぇ、まぁ……」
あたしが訝しんでいると、青年は「おっと、そうだ」と、快活な笑みを浮かべて、自己紹介を始めてくれた。
しっかりとした、真面目そうな男性のようで、ナンパ目的じゃなくて、ちゃんと冒険者として尊重してくれているのが態度から伝わってくる。
「俺はCランクパーティー『黒金の雷雨』でリーダーをしているグレイグ。王都を拠点とする冒険者だ。お嬢ちゃんは?」
「あたしはモカ。Cランクです」
そう自己紹介すると、グレイグと、彼の前に並んでいた仲間たちが驚いて振り返ってきた。
「何だと!? Cランク!?」
「おいおい、こんな可愛いお嬢ちゃんが?」
「どこのギルドで登録したんですかね?」
どうやら4人組のパーティーらしく、全員が同じ色のマントと軽装備で統一されている。
「あ、すまない。おい、あんまり詰め寄るなよ、怖がらせちゃうだろ? 特にザフィーラ。お前はいつも仏頂面だから余計にダメだぞ」
グレイグが制したのは短髪で三白眼の筋肉質の男、ザフィーラさんだ。彼はパーティー内で1番背が高くてガタイも良いから、圧迫感がすごい。
「わ、悪い……ごめんな、お嬢ちゃん。俺はザフィーラだ。よろしくな」
「あ、はい、よろしくお願いします」
叱られて、しゅんと眉が下がったザフィーラさんは、何というか、大型犬のように見えてしまってちょっと可笑しい。
「連れが悪いな。俺はラルフ。お嬢ちゃんはどこから来たんだ?」
ラルフさんは、言うならばチャラ男みたいな雰囲気だ。おちゃらけたと言うか、どこかホストっぽさがあるような気がする。
「グリザークの街です。そこで冒険者になりました」
「グリザークだって!? コルベス王国最北端の都市じゃないか!? 聞いたかよ、デュラン」
「うん、聞いたよ。それにしても、あそこのギルマスは『鉄拳』のストレイドさんでしょ? 良く登録して貰えたね」
大人しそうな、気の弱そうな雰囲気の青年、デュランさんは驚いて目を見開き、パチクリと何度も瞬きをしている。
それにしてもあのギルマス、結構な有名人だったのか……まぁ、ギルドマスターだし、知っている人もそれなりにいるんだろうね。
「まぁ、色々とあって……」
この流れ、口が裂けても、絡んできた馬鹿どもを返り討ちにしたなんて言えないよ……いや、逆に冗談っぽい感じで言えば大丈夫かな?
なんて悩んでいると、グレイグさんが信じられないものを見るような表情で絶句しているのに気付いた。
「最北端の都市から……1人で来たのか? え、冗談だろ? あそこからこの王都まで、馬車でもかなりの距離だぞ?」
まぁ、そうなるよね……いや、あたしとしては、長距離を旅した大変さより、逆ケンタウロスと遭遇したとか、ホラーな猿に襲われたとか、鼻がもげるくらい臭い野党に絡まれたほうが大変だったんだけど。
あたしは愛想笑いで誤魔化しながら、心の中でこの世界の治安の悪さ……いや、もしかしたらあたしの運の無さを恨んだ。
ん? 待てよ? あたしの幸運のステータスはそれなり高いと思うんだけど、もしかしてまだ足りない!?
「まぁ、運が良かったんですよ、きっと。それに、街を出る時に、色んな人に色々と教わったり、口うるさく注意されましたから、大丈夫ですよ」
「いいや、運だけで君のような女の子が旅出来る距離じゃない……はずなんだが、あの『鉄拳』が認めたってことは、お嬢ちゃん、相当な手練れなんだな」
ザフィーラさんが岩のような腕を組んで、感心したように頷いている。その視線があたしの腰にあるグラディウスへと向けられた。
うん、やっぱりCランクともなると、人を見る目がちゃんとしているんだ。
彼らはあたしの装備がただの飾りじゃ無いことにしっかりと気付きながらも、苦言を呈するでも、嫌味を言うでもなく、ただ、同じ冒険者として受け入れてくれている気がする。
とは言え、護身用だと思っている可能性の方が高そうだ。別にこっちから問題を増やすようなことをする必要もないから、相棒はまだアイテムボックスの中にいてもらおう。
「しかし、王都は今ちょっとだけピリついていてな。余計な問題は起こさない方がいい。ちょっとした事でも大きな問題になることも最近は多いからな」
グレイグさんの先輩らしい忠告はしっかりと守ってみせようじゃない。
「分かりましたけど、何かあったんですか?」
「まぁ、ギルドに行けば分かることだけど、西の山に頭が2つある蛇の魔獣、アンフィスバエナが出没したんだ。そのせいで西の山に関する依頼が全て滞っていてね」
アンフィスバエナ。
双頭蛇。
BLOでは中ボス枠とイベントレイドボスとして登場したモンスターだ。
「そうだったんですか……ありがとうございます」
そんなやりとりをしていると、グレイグさんたちの番が回ってきた。
「それじゃあ、モカちゃん。もしギルドで会ったら、もっと色んな話を聞かせてくれ」
「そうそう。あ、俺らはいつも『銀の瞳の猫亭』に泊まってるから、相談事でもなんでも、いつでも頼ってくれよ」
ワイワイとしながら、グレイグさんたちは門の中へと入っていく。そしてすぐにあたしの番になる。
「はい、次の方」
鋭い目付きに射抜かれ、あたしは少しドキドキしながらカードを差し出す。
「ほぅ、その年でランクCか。すごいなお嬢……ちゃ、ん?」
衛兵は受け取ったあたしのカードを見て、水晶のような魔道具にかざすと、その動きがピタリと止まった。
「……はぇ? 剣士? しかも、オーガ・エンペラーをソロで討伐!?」
声が大きいですよ、衛兵さん。そんなに大きな声で個人情報をペラペラと喋るのはマナー違反では? それに……
「おい、聞いたか? あの女の子、この時代に剣士だってよ……」
「しかも、オーガ・エンペラーをソロで討伐? んなことが剣士に出来るはずがねぇよ」
「あーあ、カードの偽造は重罪だぜ? 可哀想にな……」
はぁ……こういう馬鹿たちに目を付けられるのが1番嫌だったのに。
「おいお嬢ちゃん。ギルドカードの偽造は重罪だぞ?」
衛兵の言葉に、あたしは溜息で返す。
「偽造なら、その魔道具に反応しないはずじゃないんですか? あたしは、前の街でそう聞きましたけど?」
「ん? あ、そう言えばそうだな……え、じゃあ、本当なのか?」
あたしが平然と答えると、衛兵さんは隣の同僚を呼び寄せ、信じられないものを見るような顔で画面を指差した。
「おい、見てみろ。Cランクのソロで、職業が『剣士』だとよ……この水晶に反応するって事は本物のカードってことだよな?」
「なんだって? ……マジかよ。今どき、魔法の適性がなくて剣を振ってるのは、食い詰めた素浪人か、よっぽどの変わり者くらいだろ」
2人の視線が、あたしの腰に下げられたグラディウスへと注がれる。
その目は、感心というよりは、絶滅危惧種でも見るような哀れみと困惑が混じったものだった。
「……まぁいい。カードに偽装の魔力反応はないから大丈夫だろ。だがお嬢ちゃん、王都の魔物は地方とは格が違う。魔法使いのバックアップなしで剣を振り回すのは、自殺志願者と同じだぞ。死にたくなかったら、早めに杖に持ち替えるんだな」
鼻で笑うような忠告と共に、通行許可証を渡される。
「前向きに検討しておきまーす」
あたしは心底余計なお世話だと言わんばかりの顔と声で挨拶をして、城門の巨大なトンネルへと足を踏み入れた。
ひんやりとした石造りの通路を抜ける。
「……わ、わぁ」
再び、感嘆が漏れた。
門を潜った瞬間に押し寄せてきたのは、夕闇を切り裂くような光の洪水。
街道沿いには等間隔に配置された魔導具の街灯が、柔らかな琥珀色の光を投げかけている。
昼の喧騒が嘘のように、夜の王都は幻想的な雰囲気を纏っていて、石畳の両側に並ぶ商店や酒場からは、賑やかな笑い声と、暴力的なまでに食欲をそそる匂いが漂ってくる。
お腹が鳴った。
肉の焼ける匂い、芳醇なスープの香り、甘くて幸せなフルーツの香り。
だが、まずは宿だ。
そう言えばおすすめの宿とか聞くの忘れてたな……まぁいいや。ちょっと聞き込みすれば見つかるでしょ。
あたしは気合いを入れ直すと、ふかふかのベッドとお風呂と美味しいご飯が食べられる宿を求めて、光り輝く王都の喧騒の中へと一歩を踏み出した。
良い人そうなグレイグさんと知り合ったモカ。
ちなみにグレイグさんは婚約者がいるので、モカには一切興味がありません。
ザフィーラさんは恋愛に興味ないし、ラルフはこんなガキに興味はねぇなって感じで、デュランは単純にすごい子だなぁ、としか思っていません。
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