51、王都への旅路3
森でワイズマン・エイプに襲われてから数日が経つ。
あたしは長い草原地帯をゆっくりと歩いていた。
ぼんやりとしているようで、頭の中ではどうしてもあの森での出来事がフラッシュバックしている。
あの襲撃は心臓に悪かったのは認めよう。夢に見るくらいには怖かったよ、マジで。
でも、長閑な草原を歩いていると、徐々にあの熱を忘れることが出来た。
出来たんだけど……
「何? これ……」
草原を貫く街道に、大きな木が横たわっている。
辺りにこんな立派な木が生えている様子もない。余りにも奇妙な光景が目の前に広がっているんだから、首を傾げるのは当然だと思う。
「……何、あれ?」
それだけなら、まぁ何とか飲み込めたと思う。
でも横たわる大木の手前に、くたびれてボロボロになり始めている馬車が、脱輪したのかシャフトが折れたのか分からないけど、街道の脇に停まっていて、ガタイの良い男たちがたむろしていた。
あたしが足を止めて、その不自然すぎる光景に目を向けていると、こっちをチラチラと見る男たちと目が合う。
見通しの良い1本道で? 明らかに魔法で切ったのが分かるくらい綺麗な切り口の大木が横たわっていて? 馬もいないオンボロ馬車が転がっていて? あからさまにこっちを値踏みするような下品な視線を送る男たちがいて? しかも、周囲に気配も隠さずチラチラと見える伏兵もいる?
バカのストレートフラッシュかな?
「はぁ……」
思わず溜息が出てしまう。
旅を初めてから、あたしの感覚は嫌と言うほどこの世界に馴染んできた。
ゲーム内ではそういうイベントはたまにあったけど、現実世界ではほとんど体験してこなかった。まぁ、あんまり外に出ていなかったのも大きいけど。
きっと、ほとんどの人が妄想したことあると思う。
絡まれたチンピラを秒で倒して颯爽と去る、って妄想をね。
で、まさに今、そのバカみたいな妄想を現実のものにしなくちゃいけないみたいね。
あたしをチラチラと盗み見る男たちから感じるのは、困り果てた旅人や行商人のような悲壮感じゃない。
腐った生ゴミのような、不快感しか滲み出ていない下劣な欲望の臭いだ。
そう、つまりあいつらは盗賊なのだ。
「……はぁ。これまでが治安が良すぎたのかもなぁ」
溜息が止まらない。
王都を目前にして最後の最後にコレだよ。
王都の傍なんだから治安は良いんじゃないの? 何やってんのよ、この国の王様は。それとも何? この世界の治安って、あたしの考えを軽々と超えてくるものなの?
「無視すると、あとあと厄介そうだよね」
見なかったことにして草原を迂回したっていい。でも、そうすればあいつらは絶対に追いかけてくるよね。
それはそれでめんどくさいな……あぁ、もう! なんでこんな事で悩まないといけないのよ! ムカつくな!
もういいや、とあたしは覚悟を決めて歩き出した。
「おっと、お嬢ちゃん。1人旅かい?」
倒木に近づいていくと親分らしき、赤ら顔で前歯の欠けた男が、ニチャニチャと笑みを浮かべて近寄ってきた。
「悪いけど急いでるんで……」
「そんなつれないこと言うなよ。俺たち、困ってんだ」
そいつの目線はあたしの顔から始まって、胸、腰、そして脚へと、気色悪い粘り気を持って這い回る。
それは、あたしを人間じゃなくて、商品や玩具としか思っていないような、最低な視線だった。
「いやなに、見ての通り、馬車が壊れちまってな。王都まで行きてぇんだが、この木もどかさなきゃなんねぇ。悪いが手伝ってくれねぇか?」
「聞こえなかったの? 急いでるから」
「別にお嬢ちゃん1人でこれを動かせなんて言ってねぇんだ。な? ちょっと手伝ってくれよ」
「……あたしに木をどかせって?」
「いやいや、木をどかすだけが手伝いじゃねぇよ。お嬢ちゃんならもっと良い『身体の使い方』があるだろ?」
男がニチャニチャと下品に笑うと、背後にいた男たちも下卑た声を上げて笑い合った。
「へへ、そうだぜ。その若くてピチピチした身体で、俺たちの機嫌を良くしてくれりゃあ力も湧いてくるってもんだ!」
「そりゃ違いねぇ! 俺たちの大木は一筋縄じゃいかねぇかも知れないけどなぁ!」
ぶわっはっはっ! とバカ笑いする男……いや、もうこいつら完全に盗賊でしょ。間違いないって。
なんか、吐き気とか気色悪さとか、そう言うのを通り越して逆に感心してしまう。
まさかここまでテンプレ通りの盗賊がいるって事がすごいと思う。
「はぁ……」
もう何度目かと溜息と共に肩を落として、腰の剣に手をやる。
相棒ではない。
オルゲンさんにプレゼントしてもらったグラディウスだ。
こんなゴミに振るうのが勿体無いからね。
「おい見ろよ、こいつ剣なんか使ってやがるぜ!」
親分の言葉に、野党たちはゲラゲラと腹を抱えて笑う。つくづく人を不愉快にするのが得意な奴らだ。
グリップを握るその指がカタカタと震えている。でもそれはーー
「なんだぁ? 怖くて声が出ねぇか? 手が震えてるぜ? そんなに怖がるなよ、乱暴はしねぇ。まぁ、たっぷりと可愛がってはやるけどな!」
「震えてる? バカ言わないで。これは怖くて震えてるんじゃない」
ーーあまりにも苛立つ不快感のせいだ。
「あんたらがあまりにもバカだから、笑いを堪えられなかったのよ」
あたしの言葉に、盗賊たちの表情が一変する。
ただのガキに舐められたのが気に食わないようだ。
「あんたら、自分が今、誰を相手にしているのか、理解してる?」
「はぁ!? 威勢良い事を言うねぇ、お嬢ちゃん! おい、てめえら! やっちまえ! 傷付けんじゃねぇぞ。こいつは徹底的に俺が犯し尽くした後に、てめぇらにくれてやる!」
親分の合図を受けて、男たちが動く。
街道の左右、馬車の影、草原の中、それぞれから野党たちは飛び出してきた。その数はだいたい30人ほど。
ボロボロの剣や錆びた斧、手入れもされていない粗末な武器や鎧……と言うようなステレオタイプの野党の装備などでは無く、それぞれが仕込みやすく取り回しの良い短杖を構えて、ジリジリと詰め寄ってくる。
数の暴力で相手の心を折り、無理矢理従わせるのが、こいつらのやり方なんだろうけど、誰に喧嘩を売ったのか、しっかりの心の奥底にまで刻み込んでやる。
「ちょうど良いや、色々と鬱憤が溜まってたからね」
お前たちは、最速最短で、真っ直ぐ一直線に、ぶった斬る!
「ストレス発散に付き合ってよ」
グラディウスを引き抜く。
うん、重心もバランスも、やっぱりしっくりくる。流石はオルゲンさんだ。
抜刀しただけで、あたしの周囲の空気が凍てつくような重圧を帯びる。
それに怯えた者や、本能的にマズイと戸惑った者もいたけど、大半の野党は頭が悪いのだろう。それだけでは止まらない。
あたしを無傷で捕らえなきゃいけないから、あたしが怪我するような魔法は使ってこないだろう。
だから、ほとんどの野党たちが身体強化の魔法を使って襲いかかってきたり、魔法で剣や斧を作り出して襲いかかってきているけど、あたしにとっては泥の中を這う亀のような遅く、隙だらけの的にしか見えなかった。
「じゃ、行くよ」
呆れ混じりの溜息を戦闘開始の狼煙にして、あたしは自分に向かって振り下ろされる魔力で出来た剣を難なく回避し、グラディウスを一閃ーーしなかった。
まぁ、当然の事ながら盗賊もいます。
この世界の盗賊は専業と副業があります。
専業の盗賊は盗賊団や盗賊ギルドのような組織に参加して活動しますが、副業の盗賊は冬を越せない農民が商人を襲って金や食料を奪ったりします。
前者は簡単に殺しをしますが、後者は農作物を作る大変さやお金を稼ぐ大変さを知っているので極力殺しはせず、穏便に済ませる事が多いです。




