50、王都への旅路2
久しぶりにぐっすりと眠れた。
眩しい朝日の洗礼を受けて、あたしは目を覚ます。
藁の詰まったベッドはお世辞にも寝心地が良いとは言えないけど、それでも気を張って眠らなくて良いのは本当に楽だ。
「ん、んん〜、ふぁ、あぁ〜、よく寝たなぁ」
伸びをして体の節々に溜まっていた疲れを解いて、起き上がると、ノロノロと身支度を始める。
顔を洗って、服を着て、一通りが終わったら1階に降りていく。
口うるさいと評判のお婆ちゃんが、朝ごはんの準備をしているのが見え、挨拶をすると、お婆ちゃんは朝から元気すぎる声量で声を掛けてきた。
「ぐっすりだったみたいだね! 朝ごはんはとっくに出来てるよ! 早く座りな!」
席に座って待っていると、お婆ちゃんが朝食を持ってきてくれる。
メニューはシンプルで2度焼きした黒パン、昨日の残りのスープ、山羊のミルク、そして少しの塩。
塩単品で? と思ったけど、スープに入れたり、パンにつけたりして食べるらしい。
素朴だけど、どこか懐かしさを感じるのはお婆ちゃんの人柄なのかもね。
あたしがゆっくりと食事をしていると、酒場の隅で朝から話し込んでいる村の青年たちの会話が嫌でも聞こえてきてしまった。
「昨夜、エーガさんのところがやられたらしいな。北の牧場だとよ」
「ワイズマン・エイプの群れだろ? あいつら、最近は俺たちを怖がらなくなってきたからな」
「目が真っ赤だって話だが……変な病気にでも罹ってるんじゃないだろうな?」
「もしそうなら、冒険者ギルドに依頼を出さないと不味いかもな……」
どうやら村の牧場が魔獣に襲われた話のようだ。
ワイズマン・エイプ。
レモーネの村でも何度か見かけたことがあるけど、人を襲うような魔獣では無かったはずだ。レモーネの村にいた時に何体かは倒したけど、あれはあたしが獲物を横取りしちゃったから襲ってきただけで、こっちから手を出さなければ襲ってこない。
でも、男たちの話からは、不気味で攻撃的な雰囲気が伝わってくる。
あたしも気をつけなきゃな。
最後の一口を飲み込んで、お婆ちゃんにお礼を言って宿を出ようとすると、お婆ちゃんが小さな包みを投げてくれた。
「持っておいき」
「何です?」
「お昼ご飯だよ! あんた、若いんだからもっと食べなきゃダメだよ!」
「幾らですか?」
「お代はいらないよ。その代わり、元気なまま王都に着くんだよ!」
「は、はい! ありがとうございます!」
ツンデレお婆ちゃん、可愛いね!
久しぶりに受け取った好意に頬を綻ばせて、あたしはルンルン気分で村を出る。
昨日の門番のおじさんがまだいて、こう忠告してくれた。
「嬢ちゃん、昨夜、森の猿どもが襲ってきたんだ。王都に行くまでにもう1度森に入る事になるからな、気を付けろよ」
「ありがと、おじさんも気をつけてね!」
軽く手を振って、再び南へと足を踏み出す。
しばらく歩いていくと、草原地帯は次第にその姿を変えていき、行く手にはこれまで通ってきた森とは毛色の違う、重厚感のある木々がどっしりと広がる森林地帯が見えてきた。
あれを抜ければ王都まではもう半分だって宿のお婆ちゃんに聞いたから、さっさと抜けたいね。
森に入る手前、あたしはアイテムボックスから相棒を取り出して、腰に挿す。
「うーん、暗くて重苦しい雰囲気だなぁ……木が高くてあんまり日が差し込まないからかな?」
森に入ると、ひんやりとした空気が肌を撫で付けてくる。
草原を走っていた一陣の風たちも、木々に遮られていて、代わりに湿り気を帯びた古い土と苔や腐葉土の匂いが鼻につく。
いや、それよりも、だ。
「……静かだね」
鳥の囀りや虫の鳴き声も聞こえない。
ただ、あたしが歩く音だけがやけに煩く聞こえてくる。
不自然な静寂の中で、あたしはねっとりとした空気と似たような幾つもの視線を感じていた。
誰か……いや、何かに見られてる?
気配な小さいけれど、やはり複数の何かが静かに動いていた。
魔獣、じゃないね。話題の猿かな?
――ガサッ。
頭上で僅かに枝が揺れる音がした。
その一瞬であたしは相棒に手を掛け、腰を落とす。
息をするのと同じように、体に染み付いている抜刀術の動作だ。
……どこにいる? あぁ、上は囮ね?
頭上の音は囮だ。本命はあたしを取り囲んでいる。
その数は15。
「思ったより多いかも」
あたしが抜刀の体勢のまま、猿たちの動きを待っていると、痺れを切らしたのか、猿たちが一斉に茂みや木の陰から飛び出してきた。
そのサイズは人間の子供くらいの大きさで、知能は大人くらいあると言われている。
森の賢人と称されている温厚なこの猿たちは魔獣にしては珍しく道具を扱うのだ。木や石で作った斧や槍を狩りに使うことで有名だ。
「うげっ……」
しかし、村の青年たちが言っていた通り、その姿は異常だった。
体毛は逆立ち、口からは涎が溢れて糸を引き、焦点の合わない瞳はどす黒い赤色に染まっている。
確かに、変な病気に感染している、って言われればそうかも知れない。
「ぐぎゃぎゃっ、ぎゅああああああああ!」
「ふっ!」
1匹の猿が奇声を上げながらあたしに石斧を振り下ろしてきたのを回避しながら抜刀。
切る、のではなくただ刃で撫でる。
それだけで猿の体は上下に綺麗に分かれた。
どしゃ、っと死体が乱雑に転がるのを見れば、怯んだり、逃げ出したりするだろう。
なんて思っていたのだが、他の猿たちは怯むどころか、さらに興奮したように雄叫びをあげて、まるで人間のような見事な連携で、前後左右から同時に襲いかかってきた。
「うぇ!? なんで?」
聞いた話と違うのは、やっぱり何か問題があるからなのか、今のあたしには分からない。
今分かるのは、こいつらは死なないと止まらない、ってことくらいだ。
「あーもう! 恨まないでよ!」
相棒を正面に構える。
統率された狂気に薄気味悪さを感じながらも、あたしは猿たちを切り捨てた。
1匹、また1匹と切り伏せるたびに、森の湿った空気に生臭い血の匂いが立ち込めていく。だけど、猿たちは仲間の死体を踏み越え、あるいは盾にして、あたしに向かってくる。
厄介な事に猿たちは数が増えていて、波状攻撃に晒されているのだ。
「こいつら、死の恐怖が欠落してる!? 病気っていうか……操られてる? 寄生虫とかかな?」
最短の軌道で相棒を振るい、猿を切り捨てる。
ふと、掌に伝わる感触に違和感を覚える。
相棒が熱を持っているように思えたのだ。
「何? 何かあるの?」
相棒を手にしてから初めての経験に戸惑ってしまう。
「勘違いかな?」
いや、違う。
掌に伝わってくるのは明確な熱だ。
「何なの!?」
猿を切り捨てる度に感じる明確な不快感は増していく。
「あぁ、もうっ! キリがない!」
良い加減ウンザリしてきた。
あたしは足を止めず、森の奥へと駆け出す。
木々の間を縫って、追いかけて来る猿たちの攻撃を回避するのだが、猿たちも諦めが悪い。
呪詛のような雄叫びが幾重にも重なって後ろから迫ってくる。
この執念深さは異常かもしれない。
木の上から文字通り降ってくる猿を叩き斬りながら、あたしはひたすら南に走った。
どれほど走ったことだろうか。
ようやく木々の密度が低くなって、視界に再び草原地帯の光が飛び込んできた。
そうして森の境界線を超えた瞬間、あれほど執拗に追いかけ回してきた猿たちの気配が、ピタリと消えたのだ。
「はぁ、はぁ……ここまで、くれば……もう、大丈夫……かな」
その場にへたり込み、激しく上下する肩を落ち着かせながら後ろを振り返ると、ビビった。
「っひ!」
森の暗がりの境界線に、どす黒い赤い瞳がびっしりと並んでいて、ジッとあたしを凝視していたからだ。
でも、追ってはこない。
まるで見えない壁がそこにあるように猿たちはそこに留まって、あたしをジッと見つめている。
「……こんなホラー展開は、2度とごめんだよ」
呟き、血を払って刀を納める。
カチリ、と鍔が鳴る音を聞いて、ようやく右手の熱が引いていく。
「そう言えば……何だったんだろ、あれ」
右手を見つめるけど、異常は何もない。
「まぁいいや」
辿り着いた草原は、今の森の空気が嘘だったかのように爽やかな風を運んで草を揺らし、火照った体を優しく撫で付けてくれた。
だけど、得体の知れない不安だけは消えず、ずっしりとまだ居座っている。
「王都に着いたら美味しいご飯食べたいなぁ……甘いものもあるといいなぁ……」
グルグルと渦巻いてモヤモヤする心を落ち着けるように自分に言い聞かせて、あたしは重くなった足を引きずるように王都に続く街道を歩き出す。
太陽はまだ高いけど、それが落とす影はどこまでも長く、不穏を帯びているようにも見えた。
ワイズマン・エイプさんによる襲撃でした。
体は子供! 頭脳はーーおっとそれ以上はいけない!
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