47、旅立ち
それから2日の間、グラディウスの試し切りを兼ねた魔獣の討伐と野営に精を出したんだけど、気付けばもう出発の前日である。
何か大事な事を忘れているような……と、朝早くに冒険者ギルドに立ち寄って魔獣の買取と代金の受け取りを済ませると、受付嬢さんから伝言を預かっていると言われた。
「そうだ……すっかり忘れてたよ、アレクお爺さんの事!」
伝言はアレクお爺さんからで、その内容は
「後でワシの家に来いって言ったのに、何で来ない! この伝言を聞いたらすぐに来い!」
というものだった。
あたしは大慌てで街を駆け、アレク爺さんの家に直行する。家の前に着いて息を整えると、申し訳なさそうに家に入った。
「ア、アレクお爺さーん? モカでーす、ごめんくださーい」
「なんじゃ、オルゲンの所には顔を出したのに、ウチには顔を出さん薄情もの」
不貞腐れたおじいちゃんがそこにいた。拗ねたようなジト目であたしを睨みつけ、口元をへの字に曲げているのだ。
うわぁ……怒ってる、って訳ではなさそ? どっちか言うと自分だけ仲間外れにされて拗ねてるのかな?
「そんな事言わないでくださいよー、アレクお爺さんには最後に挨拶にこようと思っていたんですから! ね? 機嫌直してくださいよ」
必殺、モカスマイル〜っ! えへっ。
大輪のような笑みをアレク爺さんに向けたあたし。
当然のことながら、あたしはあたしが1番可愛く見える角度や口角の上げ方を熟知している。
ちなみにモカは知らないが、この技のせいで、昔に所属していたプロゲームチーム内で図らずともサークルクラッシュみたいな事が起きてしまったとか何とか。
「それで? 今までどこで何をしておったんじゃ?」
そう聞かれて、旅の準備や新しい装備について色々と説明をしたんだけど、その途中でどうして自分が呼ばれたのかが気になり、尋ねてみる。
「そう言えば、どうしてあたしを呼んだんですか?」
「ん? お前に渡そうと思っていた物があってな……ついてこい」
アレク爺さんはそう言ってゆっくりと立ち上がって、家の奥に向かう。
そう言えば、家の奥に行くのは初めてだな。
なんて思いながらその後を追うと、どうやら家の裏手に向かうらしい。
裏口を抜けて、荒れ果てた庭の隅にある小さな小屋の前で、アレク爺さんは立ち止まって、小屋の扉の鍵を開けた。
「これじゃ」
小屋に入ったすぐ目の前にある木箱、その中には小さな銀色のジュエリーボックスのような物があり、アレク爺さんはそれを手にとってあたしに渡してくれた。
「……これは?」
開けて中を見ると、ガラスで出来た4つの小ぶりな風鈴が納められている。
持ち手には赤、青、黄、緑のリボンが巻かれていて、それぞれに用途があるのが見て取れるのだが、これがどういうアイテムなのかは分からない。
「これはダンジョンや遺跡の探索に使う魔法の道具でな……」
赤が隠し扉の発見、青が鍵解除、黄が罠解除、緑が使用者に一定時間、暗視状態を付与する、という物だそうだ。
高難度のダンジョンや遺跡になれば罠や隠し扉なども多く、中には意地汚いものやえげつないもの、厄介なものもあるのだとか。
「これはワシが現役の時に使っていた物なんじゃが、小屋の整理をしとる時に見つけてな。今のワシには必要の無いもんじゃから、お前さんにやろうと思っての」
「え、でも……こんなすごいもの、貰えませんよ……」
あたしの知る人達は、餞別にと色々な物を快く譲ってくれるのだが、ここまで貰いっぱなしでは申し訳なさの方が勝ってしまう。
こんなに色んな物を貰っても、あたし返せないよ。
そんな心の声が顔に出ていたのか、アレク爺さんはカッカッカ、と大笑して杖をトントンと叩く。
「お前さん、自分に貰った物に対するお返しが出来ん、と思っているようじゃが、それは違う」
ちっちっ、と指を振るアレクお爺さんは茶目っけたっぷりに笑って見せた。
「ワシらは既にお前さんから色んなものを貰っておる。ワシには忘れておった天剣の夢を思い出させてくれた、オルゲンの野郎は剣を打つ楽しさを思い出させてやった、他にも色んな人がお前さんからたくさんのものを受け取っておる」
とっくのとうに枯れたはずの夢に、再び火をつけてくれたのは誰もないお前なのだと、そう言っている。
「じゃからこれは、楽しい思いをさせてもらったお返しなんじゃよ。お前さんには貰いっぱなしなんじゃから、少しはこっちも返さんとな」
その言葉だけで、もう泣きそうだ。
この世界に来て、何も無かった自分に色んなものを与えてくれた人たちは大勢いる。
レモーネから始まって、あの村の人たち、ユルゲンさんやギルマス。不本意だけどそこに他の冒険者共を入れたって良い。
そして、アレクお爺さんとオルゲンさんの2人。
何にも返せるものが無いと思っていたのは、どうやら自分だけだったらしい。
同時に、自分が色んな人に何かを与えられる存在だったのだと、心が温かくなる。
どうしよう……あたし、想像以上に嬉しいんだ……胸が、ぽかぽかする。
瞳に大粒の涙を溜めて、鼻水を啜り、必死に泣かないようにしていたあたしの姿に、アレク爺さんはまた大笑する。
「それに、これは先行投資じゃ! お前さん、天剣を手に入れたら、ワシに見せに来てくれるんじゃろ? そのための投資じゃよ、投資」
「うぅ〜、ぐずっ……絶対に天剣、見せに来ますから! それまで長生きして下さいね!」
「ふぉっふぉっふぉ、当たり前じゃ。迎えに来た死神なんぞ、返り討ちにしてくれるわい」
晴れやかに笑うアレク爺さんを見て、アレクお爺さんなら死神にでも勝てるよね、と一緒に笑い合う。
穏やかな午後の陽光も、同じように笑っているような気がした。
静かに朝焼けが大地を染めあげていく、いつもと変わらない夜明け。
いつもは賑やかな喧騒が絶えない街は、今はまだ静かで、静謐な雰囲気に包まれている。
未だ眠りについている街の南門では、1人の衛兵が旅立つ1人の少女のために開門作業をしていた。
「何もこんな早朝に出発しなくても良いんじゃないか?」
「大勢に見送られると恥ずかしいし……ずるずると出発を遅らせちゃうんで」
あたしは凛々しく笑う。
「それでも、見送りたいって奴らもいただろうに……」
「いえ、ちゃんとみんなに挨拶しましたし、何より……」
1度だけ、街に振り返った。
「あたしには叶えたい夢があるんで!」
「そうか。まぁ、いつでも帰ってこいよ」
「はい、ありがとうございます!」
外套を羽織り、地図を胸ポケットにしまい、あたしは旅立つ。
これからの旅は1人だが、その旅路は色んな人に支えてもらっている。
決して1人ではないのだ。
「それじゃ、行ってきますっ!」
目指すは王都・ユリディンギル。
そこにいるエルダードワーフを探し、天剣の情報を集める。
それが終われば南に向かい、太古の遺跡に挑戦だ。
まだまだ先の長そうな旅の始まりである。
終わりっぽい空気ですが、まだ続きますよ!
ちょっと駆け足かも知れませんが、モカが旅立ちます。
見送りには誰も来ませんが、これはモカが口を酸っぱくして言っていたのと、もし見送りに来たら絶対にここに戻ってこないからね! とギルマスを脅したからです。
次回、第1章『冒険者登録編』最終話です!
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