43、餞別
「そ、それ……くれるんですか?」
思わずそう口から漏れてしまう。だが、アレク爺さんは顎髭を撫で付けてふん、と鼻を鳴らした。
「馬鹿もん、誰が渡すか。良いか、冒険者っつーのはな、自分で未知を切り開いて行くもんじゃ! 他の誰かから欲しいもんの情報を手に入れるのは三流以下。お前さんは、自分が目指す物の在処を他人から教えてもらうのか?」
そう言われてハッとした。
確かに! アレクお爺さんの言うとおりだ! あたしは、あたしの力だけで天剣を見つけたい! 手にしたい! そこに他の誰かの力は……まぁ、ちょっとは借りるかも知れないけど、それでもあたし1人の力で手に入れたい!
「いいえ! あたしはあたし1人の力でそこに至って見せます!」
「ふぉっふぉっふぉ、その意気じゃ。だからこそ、そんなやる気ある若者に、ちょっとだけサービスをしてやるんじゃ」
アレク爺さんは手帳をパラパラと捲って、目当てのページを見つけると、懐かしそうに目を細めて、モカに言い聞かせる。
「天剣の情報は想像以上に少ない。じゃがな、それは後世に伝わっていないだけで、太古の遺跡やダンジョンに残る壁画には天剣らしき武器の存在が見て取れるんじゃ。まずは王都を目指すんじゃろ? そうしたら、そのまま南へ行け。国境を超えて、龍鳴山を目指すんじゃ。そこにある太古の遺跡の最奥に、天剣授受の壁画があったはずじゃ」
分かったか? と優しく話すアレク爺さんは、手帳に挟んでいた4つ折りの紙切れをあたしに差し出してきた。
「これは昔の地図じゃが、ワシが行った遺跡やダンジョンの中で、天剣についての情報があった所に印を付けてある。お前さんにやる。上手く活用しとくれ」
ゴクリ、と喉を鳴らし、差し出された地図を受け取る。
「ありがとう、ございます。大切にしますね!」
キラキラと輝く笑顔に、アレク爺さんは満足そうに頷く。
「アレク爺が餞別を渡すんなら、俺も今渡しておくか!」
そう言ってオルゲンさんは店の奥に引っ込むと、しばらくして、黒い布の塊を持って来た。
「俺からの餞別だ!」
カウンターにどかりと置かれ、広げられたそれは、籠手と外套であった。
「これは……良いんですか?」
「おぅ、この2つはどっちも魔法が付与された特別製でな!」
オルゲンさんの説明では、どちらもブラックワイバーンの素材を使って作られた1級品であり、籠手の方には衝撃耐性と腕力強化が、外套は耐暑、耐寒、耐水、耐火、自動修復の効果が付与がされている。
「えぇ、そんなすごいの受け取れませんよ!?」
餞別で貰うにはあまりに高価すぎる。
「いや、受け取ってくれ。ほんの少しの間とは言え、楽しい思いをさせてもらったし、お前みたいな剣士が活躍してくれれば、それだけまた俺たちドワーフが剣を打てる日が来るだろうからな!」
先行投資だよ! と楽しげにオルゲンさんはガハハと大口を開けて笑う。
「ほれ、今付けてみろ!」
言われるがままにあたしは籠手を手に取り装備してみると、ブカブカだった籠手が腕を通した瞬間にモカの腕に吸い付くようにリサイズされ、ジャストフィットした。
「うわ!? すごい! 自動的にサイズが変わるんですか!?」
「あぁ、そういやその効果も付与されてたな、忘れてた! でもこれなら戦闘中に邪魔にならないし、外れたり、気になったりしないだろ?」
「そうですね! すごいです! でも、これ籠手、って言うか……ロンググローブに近いんですね」
漆黒の籠手は肘まで届くくらいの長さで、表面にワイバーンの鱗模様が浮き出ているのが特徴的だ。
各指部分にはドラゴンの爪のような装飾の施されたフィンガーガード、手首部分には金のブレスレットのような意匠が見受けられる。
印象としてはスマートな長手袋というモカの感想が近いが、その防御力はお墨付きだ。
そして、その籠手でもう1つの外套を手に取り、羽織る。
黒というよりは光の加減で紺色にも見える色合いが不思議と温かみを感じさせる気がした。
ブラックワイバーンの皮を素材にしていると言っていたが、思っている以上に滑らかで軽い。
外套とは言っているが、インバネスコートやトレンチコートのようなものではなく、フード付きのローブ型の方が正しい。
サイズは男性用なのか、モカが羽織ればブカブカで、ズルズルと裾を引きずってしまう。しかし、フードを目深に被れば、かなり雰囲気のある佇まいであった。
「なんか……某映画の暗黒卿みたいだね……」
これで赤い光の剣があればまさにそう見えるだろう。
「でも、うん! これいいね! 気に入った!」
「だが、まぁ……ちょっとブカブカ過ぎるな。ちょっとサイズは調整しておいてやる。なぁに、母ちゃんに頼めば1日で詰めてくれるさ!」
オルゲンさんが奥さんを呼んで、いつかのように採寸されて、裾の長さや袖の長さ、それから縁のステッチの色をワンポイントで変える事も出来ると言われて、モカは奥さんと一緒にこの色がいいかも? いいや、あっちの色もいい! これなんかどうですか? うん? 今の流行はこっちだよ? とあーだこーだと盛り上がった。
「じゃあ、明日またおいで。それまでにはしっかりと仕上げておいてあげるよ」
と奥さんが外套を手に奥の作業部屋へと戻っていった。
「それから、嬢ちゃんにはアドバイスというか……まぁ、忠告か? どっちでもいいが、一応言っておくが」
とオルゲンさんが頬を掻きながら言葉を選んで話し始める。
「嬢ちゃんはあんまり気にしていないみたいだが……あー、なんだ? その、純粋な剣士の冒険者ってのは、数が圧倒的に少ない」
そんなオルゲンさんの言葉にアレク爺さんもうんうん、と頷いて同調した。
「そうじゃな、1つの街に1人いるかどうか、って所かのぉ? 国の騎士団やお貴族様の私兵も、そのほとんどが魔法使いなんじゃ」
「まぁ、それでも式典用というか、見栄や格式ってのが必要なもんで、なんとか剣士って職業が存続している、って感じだな。だから、そんな中で嬢ちゃんみたいな純粋な剣士……しかも若くて可愛らしくて強いとくりゃあ、絶対に変なトラブルに巻き込まれちまう」
いやぁ、そうストレートに言われると照れますなぁ、とテレテレしていると、オルゲンさんは呆れたような顔をした。
「変なのに絡まれないように気をつけろよ? あと、基本的にはお貴族様たちには関わらない方がいいぜ? あいつらは基本的に金か力で物事を解決するきらいがあるからな……」
おぉ、ここに来て初めてまともで的確なアドバイスだね。
考えてみれば、この世界に来てから、レモーネや村の人たちも、ギルマスや他の冒険者も、そう言ったこの世界での常識というか忠告のようなものをしてくれた人がいなかった。
まぁ、それはあたしが異世界からの転生者である、という事実を知らないから仕方ない事なんだけど、こういった忠告はシンプルに嬉しいし、有り難い。
「分かりました、ありがとうございます! そういう事言って貰えたの初めてなので、なんか……嬉しいです!」
にぱっと笑って素直に頭を下げたあたしに、2人は毒気を抜かれたような苦笑で答える。
「お前さん、なんか見ていると心配……いや、危なっかしいんじゃよな」
「あぁ、全くだぜ。ただでさえ剣士の立場が弱いご時世なんだから、ちゃんと自衛する手段は持っておけよ?」
ギルマスもアレクお爺さんもオルゲンさんも、ちゃんとあたしのこと見てくれてるんだなぁ……それって、すっごく嬉しいな。
溢れてくる嬉しさのままにあたしは「はいっ!」と元気に頷いた。
そういえば、モカはこの世界に来てから、1度も自分が転生者である事を話していません。
まだ、この世界で出会った人たちを無条件で信用、信頼出来ていないのが原因ですね。




