41、強くなれ
「あたし、この街を出て、旅に出ます!」
今日1番の絶叫が冒険者ギルドに響き渡った。
あまりの声量に受付嬢や他の冒険者が慌てて飛び込んできたくらいだ。その声量が如何に凄まじかったのかが分かるだろう。
「すまん、あまりに突拍子も無い発言に、驚いた……」
果実水で口を潤したストレイドは咳払いをして、改めてモカを見る。
「この街を出る、と言ったな? 理由を聞こう。何故だ?」
「あれ? 前にも言いませんでした? あたし、天剣を探しているんです」
「それは聞いた。だが……あれ、本気だったのか?」
モカは知らないが、冒険者と言うのは基本的に登録した街を拠点として活動する。
遠方への護衛依頼などもあるのだが、基本的には自分の拠点へと戻ってこないといけない。
中には修行の旅と称して諸国漫遊して見聞を広めたり、レベルを上げたりするのだが、それでも最終的には自身が登録した拠点へと戻って来なくてはならない。
ただし、例外もある。
Aランクオーバーと呼ばれる1部の冒険者たちだ。
彼らは冒険者ギルドが誇る最大戦力であり、災害的な事件が発生した場合に自由に動くことができるように、Aランクオーバーに昇格した際に登録拠点が削除され、自由に動けるようになるのである。
「本気も本気、あたしの生きる理由ですよ!」
「そ、そうか……え? 出ていくのか!? ま、まま、待ってくれ! お前に出て行かれたらギルドはどうなる!? 最近はお前目当てに冒険者になる奴も増えたし、お前のおかげでギルドの売上は過去最高だし、お前が毎日狩ってくる魔獣のおかげで街も潤ってるんだ! 今お前に出て行かれると俺が困るッ!」
いや、知らんがな。
あたしは胡乱げな表情でギルマスをジトっと睨みつける。
「た、頼むぅ〜っ! 行かないでくれぇ! い、1年! そうだ! あと1年はいてくれ!」
ギルマスは涙目になりながらズイッと身を乗り出してあたしに縋りつこうとするが、ひょいっとモカは身を翻してソファーから飛び退いて、華麗に着地する。
「それ、1年後にも同じ事を言いますよね? あたし知ってます」
「うぐ!?」
「別に、あたしは天剣を探すために勝手に出て行っても良かったんですけど、一応はお世話になったし、義理は通そうかと思って挨拶に来ただけなんで……」
「ま、待て! だったらギルマス権限でお前の冒険者資格を剥奪するぞ!?」
パニックになったギルマスはとにかくあたしを引き止めたい一心でそう言い放つが、あたしにはそんな引き止めは意味がない。
「え? 別に良いですよ? 別に天剣を手に入れるのに冒険者じゃなきゃいけないわけでもないでしょ? そんなにこだわりなんてないし、素材の買取だって、一般の人でも出来るんだから……それに、ギルマスがそんな事したら、あたし街中に言い触らしますよ? 職権濫用で一方的に資格剥奪された、って」
初めからギルマスに勝ち目などあるはずが無いんだよ。
何故かって?
あたしが負ける事なんて無いからよ。
「っく、ううぅぅぅ……分かった、俺の負けだ。分かった! ただし、拠点はこの街にしておくぞ!? お前は修行の旅に出るって事にしておく! 好き勝手、どこでも行ってもいい! だが、最後は必ずここに帰ってこい、良いな!?」
「………えぇ」
口元をへの字に曲げ、あたしは不貞腐れたように不満の声を上げる。
「じゃなきゃ俺の評価に影響するんだよ! 頼む! 頼むからそう言うことにしてくれ!」
年頃の少女に泣きながら懇願する巨体のおっさんという図は、あまりにも情けないものであった。
「分かりましたよ……それで良いです。一応、ギルマスにはお世話になったので、それで恩返しになるなら、それで良いですよ」
そこまでされて、ようやくあたしは折れる。
「……助かる。ほんっっっとうに助かる! じゃあ、俺の名前で紹介状を書いておく。ギルドに見せれば何とかしてくれるはずだ。それから、必ず冒険者ギルドがある街ではギルドに顔を出して、幾つか依頼をこなしてやってくれ。多分、高ランクの依頼はどこも滞っているはずだ」
「えぇ、面倒臭い……」
「はん、天剣を目指すなら強くならなきゃいけないんだろ? だったら依頼がてらレベルを上げるのも悪くはねぇだろ?」
なるほど、言われてみればその通りだ。
「確かに……ギルマスの言う通りだ」
「良し、決まりだ! で? いつ頃発つ予定だ?」
「あと何回か魔獣を狩って、剣の調整してもらって、必要な物を買って……」
後は、この街でお世話になった人たちに挨拶もしたい。となれば5日くらいは必要だろうか。
「5日後、だな。分かった。それまでに色々と準備しておくから、出発する時に声を掛けてくれ」
「分かりました。じゃ、失礼します」
「おぅ。あ、そうだ。お前に渡す物があったんだ」
ギルマスは徐に立ち上がって自分の執務机の引き出しから丸まった羊皮紙を取り出す。
「ほれ」
「何ですか、これ?」
「『灰銀猟団』と『不死鳥』の連中からだ。この前のダンジョンアタックの時のお宝があったろ? お前は興味ないとか言って分配を拒否してたけど、あいつらも目立った活躍も出来なかったのにこんなに貰えないって言ってな。8割をお前さんに、って話だ。金は商業ギルドに預けてあるから受け取ってくれ。この羊皮紙を渡せば交換してくれるはずだ」
差し出された羊皮紙に視線を落としたあたしは静かに首を横に振る。
「あたしのせいで4人も死んじゃったんです、貰う資格はないですよ」
「いいや、お前には資格がある。お前がいなきゃどうなっていたか分からないし、あいつらもいつ死ぬか分からない仕事をしてんだ、覚悟は決まってたはずだ」
でも……、とあたしは躊躇してしまう。
「じゃあ、このお金は、家族とか、そういう人たちに渡してくださいよ。あたしが受け取るよりずっと良いでしょ?」
「と、お前が言うと思ってな。俺もそうしようとしたんだが、あいつらの遺族も同じ意見なんだとよ」
「……でも」
と煮え切らないあたしに、ギルマスは優しく諭すように語る。
「はぁ……ならこう考えろ。この金を受け取って、戒めにしろ。何かあったら思い出せ。それであいつらの死を想え、無駄にするな」
「………」
長い逡巡の果て、あたしは小さく頷いた。
その姿が、自分の娘の小さい頃にそっくりで、ストレイドは無意識にぽんぽん、とモカの頭を優しく撫で付ける。
「モカ、強くなれよ」
「………うん」
モカの気分が晴れるまで、ストレイドは彼女の頭を優しく撫で続けた。
彼の前にいるのは凄腕の冒険者でも、一刀の内に魔獣を斬り伏せる剣士でも無く、ただ1人の繊細な女の子であった。
ストレイドからすれば、自分のギルドに所属する冒険者たちはみんな手の掛かる子供みたいなものです。
さらに言えば、女性冒険者も珍しいため、余計に心配しちゃいます。




