39、終結
カチン、と小気味の良い納刀音が静寂に響き、ようやく戦いの音が全て消えた。
それを合図に、それまで息を潜めて戦いを見守っていたストレイドが震える息を吐き出して、新鮮な空気を吸い込み、モカの元に詰め寄った。
「や、やった、んだよな?」
「えぇ」
凄烈な佇まいは、それまで見ていた快活な少女とは掛け離れた、異様なまでの神々しさすら感じる。
まるで、あの瞬間にだけモカという依代に神が宿ったかのようだったと、ストレイドは感じていた。
「お前……何者、なんだ? 俺たちですら勝てないと思ったオーガエンペラーを倒すなんて……しかも、無傷で!」
恐怖なんて生温い。
畏怖、畏敬、そう言った、得体の知れない物に向ける感情がストレイドを支配し、思わず声が裏返る。
「……聞いてなかった? あたしはただのモカよ?」
いつの間にか、彼女が纏っていた凄烈さは消え失せていて、ストレイドも良く知るモカに戻っていた。
「そう言えば、あの人たち、大丈夫ですか?」
「ん? あぁ……4人だ。『灰銀猟団』のリーダーと斥候、『不死鳥』の盾2人。他は気を失っているだけだ……」
「そう……」
何が、とはストレイドは言わない。
そう言う事だ。
だが、あの強敵を相手に全滅しなかったことの方が奇跡だ。
ストレイドは魔法の収納鞄から回復薬を取り出して、気を失っている冒険者たちに飲ませながら、彼らの意識が戻るまで看病を始める。
「ギルマス、あたしちょっとこのフロアを見回ってきますね」
あたしも手伝った方が良いのかもしれないけど、アレを倒した後だし、警戒は続けた方がいいよね。まだダンジョン内だし、他のオーガたちが戻ってくるかも知れないしね。
「おぅ、頼んだ。ここへの入り口はあの1箇所だけのはずだから大丈夫だと思うが、気を抜くなよ!」
「分かってますよ!」
相棒の柄頭に手を置き、フロア内を見て回った。
あまりに広いこの宮殿のような広間はオーガの手に寄って手を加えられたのか、要所要所に人骨と思しきオブジェがある。
「この前のアタックで帰れなかった人、かな?」
立ち止まり、手を合わせて冥福を祈る。
こんな場所に置いていくのは忍びないが、もはやダンジョンの一部と化しているのか、回収が出来ないのだ。
そうこうしていると、ログ一覧に新着マークがあるのに気付く。
「あ、レベル上がったんだ」
確認すれば、あのゴ・ギドを倒した事でレベルが4も上がって19になっていた。
ステータスポイントはいつも通りにスタミナと俊敏に振り、スキルは先の戦いで物足りないと思っていた運動系スキルや新しく魔法を習得し、保険で10ポイントだけ残しておく。
こうしておけば、有益そうなスキルが手に入った時も大丈夫だと思う。
「にしても、まだ19か……947まではまだまだ遠いなぁ……」
手を置く相棒に目を向ける。
「この子は凄かったね……聖刃と重量可変、かぁ。モカ式空鞘抜刀術の時はぶっつけ本番で重量可変を使ってみたけど、まだまだステータスが足りないのかもね」
モカ式空鞘抜刀術の使用において、あたしは相棒の重さを変えて、抜刀から斬る瞬間までは羽のように軽くして速度を上げ、斬りつける瞬間だけ重量を上げて一撃の威力を高め、斬り終わるとまた軽くして、というのを繰り返して、出来るだけ最速を目指した。
その結果がアレだったわけだけど、まだまだ完成形には遠いのだ。
「こればっかりは、じっくりとレベル上げていかないとね……」
フロアを見て回り、最後にゴ・ギドがいた玉座を見る。
悪趣味この上ない造形だが、ダンジョン最奥部のボスの部屋ということを踏まえれば、なるほどこの造形はボスに相応しいのだろう。
「ん? 箱なんてあったっけ?」
玉座の裏側に、いつの間にか宝箱が出現していた。
「これは……ボスを倒したご褒美ってこと?」
罠の可能性も考えず、モカは勝手に宝箱を開ける。
幸運な事に罠などは仕掛けてられておらず、中には宝石や金のインゴット、宝飾の短剣などが入っていた。
と言っても、あたしに取っては特に目ぼしいものは無く、宝箱を抱えてギルマスの元へと戻った。
その頃には冒険者たちが目を覚ましており、仲間の死に涙を流し、オーガエンペラーの討伐に顔を綻ばせ、それを成し遂げたのがあたしだと知ると、驚きながらも深々と頭を下げる。
「とりあえず、死体はお前たちに運んでもらう。モカ、お前はオーガエンペラーの死体を持って帰ってくれ。道中は俺が敵を蹴散らすから、殿は任せた」
回復薬のおかげで全快とまではいかないが、ある程度まで回復した冒険者たちは仲間の死体を背負い、先導するギルマスに続く。
あたしはゴ・ギドの死体と戦斧をアイテムボックスへと収納すると、その後を追いかけた。
主なきダンジョンの最奥に残された玉座は、いずれそこに座すであろう新たな主人を待ち続ける。
この空虚な宮殿はそれまで静寂に包まれ、松明の炎だけがただゆらゆらと揺れるだけであった。
あたしたちが地上に戻ると、待っていた冒険者たちの歓声に出迎えられる。
そのままギルマスにより、最奥部にいたオーガエンペラーの討伐とダンジョンスタンピードの終結が宣言された。
冒険者たちはさらに歓声を上げたが、帰還した高ランクパーティーが背負っているのが、死亡した仲間だと言うのに気付けば、すぐにその歓声は消え去り、悲痛な面持ちで彼らに声を掛けていった。
満身創痍では無かったが、激闘を繰り広げたであろう彼らを取り囲むようにして街まで戻り、冒険者ギルドに到着すると、もう1度、オーガエンペラーの討伐とスタンピード終結の宣言をする。
もちろん、ギルド内はお祭り騒ぎとなったが、やはり同じように犠牲者がいる事を知れば、誰もが口を噤んでしまう。
だが、そんな中でリーダーを失った『灰銀猟団』の副リーダーが口を開いた。
「確かに俺たちは4人も失った。だが、うちのリーダーも、『不死鳥』の連中だって、こんなしけた顔で出迎えられても困るだろうよ! だから、今はどんちゃん騒いでくれ! それで、女神様の元に旅立った俺たちの仲間を誇ってやろう!」
その言葉に他の猟団メンバーも、『不死鳥』のメンバーも文句は言わなかった。
死ぬ時は死ぬ、それが冒険者なのだとこの場にいる誰もが知っている。だからこそ、その時は笑って送り出してやるのが礼儀であると、誰もが思っていた。
「よし、じゃあお前ら! 今日はギルドの奢りだ! 好きなだけ食って飲んで、騒げッ!」
ギルマスのそんな言葉に、冒険者ギルドは大いに湧いたのである。
そして、その盛り上がりは、あたしがアイテムボックスから取り出したオーガエンペラーの死体のおかげで最高潮に達し、お祭り騒ぎとなった。
色んな冒険者たちにもみくちゃにされ、生き残ったメンバーからの証言と、ストレイドの証言により、その強さが吹聴されながら広まった。
最終的にはオーガエンペラーを指先1つで八つ裂きにして丸焼きにして食った猛獣だと騒がれ、あたしに対してそんな発言をした馬鹿な男どもをギルド裏の修練場に連行してはボコボコにしてやった。
積み上げられた男どもは、それでも十分に楽しそうな顔をしていたのが不思議ではあるのだが。
「あんまり虐めてやるな……」
声がした方に振り向けば、ギルマスが木のジョッキを手に呆れたように立っていた。
「こいつらが失礼な事を言うのが悪いんです!」
「まぁ、ほどほどにな……それより、お前には礼を言いたい」
ギルマスが至極真面目な顔で頭を下げる。
「お前がいなければ、俺たちはあの場で全員死んでいた。お前がいなければスタンピードを止めることが出来なかった。だから、本当にありがとう。お前のおかげで助かった」
目の前のつむじを見つめて、あたしは表情を曇らせる。
「頭を上げてください、ギルマス。あたしがもっと早く本気になっていれば無駄な犠牲も無かったんです。ちょっと油断してました。調子に乗ってました。だから、これからはもっと気を引き締めます。あたし、もう自重しません! もっと強くなって、早く世界最強の剣士になりますから!」
「……ほどほどにしてくれ、って言っても無駄だろうな。ま、それはもう諦めてるから、少しはその手伝いをしてやる。先の功績とギルドへの貢献により、お前の冒険者ランクをCに昇格させてやる! 後で受付にギルドカードを提出してランクアップしてもらえ! あと、報酬の受け取りも忘れるなよ!」
それじゃあな、とギルマスはぶっきらぼうに去っていった。
それを聞いていた他の冒険者たちがもう何度目になるのか分からない歓声を上げて、あたしはまた揉みくちゃにされるのであった。
「ちょ! おい誰だ今あたしのお尻触った奴! ぶっ殺してやるッ!」
その後、修練場には3つの死屍累々となった男どもの山が出来上がっていたのは言うまでもない。
ちょっと駆け足気味ですが、モカのランクが一気にCまで上がりました。
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