37、モカ VS ゴ・ギド
「ギルマス、モカ嬢! 下がってくれ!」
今の今まで忘れていた他のメンバーたちだ。どうやら詠唱が終わったらしい。
「頼んだぞ!」
一息であたしとギルマスが跳躍してメンバーの元へと戻ると、詠唱を完成させた魔法使いたちがそれぞれの杖をゴ・ギドへと向けた。
「百雷のの降撃!」
「呪滅の劫火!」
「奈落の焼却炎!」
「冥府王の大石碑!」
「引き裂く大地!」
「抉り取る濁流!」
戦術級とも称される極大魔法が放たれる。
降り注ぐ100の雷の中で灼熱が踊り、炎の雨が降り注ぎ、圧倒的な質量を誇る石の柱が落とされ、割れた大地から溶岩が噴き出し、それらを纏めて飲み込む怒涛の大波の渦がゴ・ギドを襲う。
本来であれば、大軍勢を相手に使われる広範囲殲滅魔法なのだが、3人の魔法補助により、拡散するはずの力を力技で纏めて、無理やり対人用魔法にしている。
その威力はこの宮殿のような部屋の地面を溶かし、抉り、巨大なクレーターを作るほど。
それを見て、誰もが勝負は付いた、と思ったのは当然だろう。
何せ、あたしでさえ一瞬は、やったか? と思ってしまったほどだ。しかしすぐにその考えを振り払う。
その理由は単純で、変な音が聞こえたからだ。
ビィィィィン、と1本の弦を弾いたような重低音は、魔法の着弾と共に響いていた。
恐らく、ゴ・ギドが何かしたのだろうが、あの鎧の反射スキルであろうと、あれほどまで威力を受け止めることは出来ないはずだ。
「馬鹿な……あり得ない……」
誰が呟いたのかは分からない。
だが、誰もが同じ事を思っている。
目の前の光景が信じられず、驚愕と絶望が入り混じったような表情で、無傷のゴ・ギドを見つめていた。
「はっはぁッ! 流石の鎧も、今の魔法の連打には耐えられなかったか!」
ゴ・ギド自体は無傷だ。
だが、彼の鎧はボロボロと炭化して崩れていく。
「人間にしてはやるな。だが、この俺に魔法は通用しない」
同じく無傷の戦斧を担ぎ直し、ゴ・ギドは宣言する。
「オーガエンペラーとしてのスキルだ。俺の肉体は魔法を吸収する。ま、吸収するだけだがな」
それは彼ら魔法使いにとって、正しく悪夢だ。
魔法が通用しない敵がいるのは知っているし、その対応も知っている。
基本的には足止めをしつつ搦手を使う。
例えば周囲を土魔法で囲んで内部を火魔法で燃やす。敵が生物であれば生きるためには空気が必要だし、温度が上がれば火傷だってする。
或いは毒薬を投げたり、或いは土魔法で地面を割ってその隙間に落として圧死させたり、などだ。
だが、そのどれもが目の前のオーガエンペラーに通用するとは思えない。
あたしとギルマスの戦闘に反応しうる素早さと、通常の魔物以上の知能を持つ魔物なのだ。
「ど、どうするギルマス!? これは予想外だ! 魔法無効化を持つオーガなんて聞いた事ねぇ! 俺たちだけじゃ対処しきれない!」
「そうだ! 撤退した方が良い!」
魔法使いたちが口を揃えてそう言い出すが、ギルマスは違う。
苦悶に満ちた表情でゴ・ギドを睨みつけ、どの判断が最善なのか、どうすればこの状況を打破できるのかを考え続ける。
「ギルマス! 手遅れになる前に、他の支部に応援を頼むべきだ!」
「っぐ、ぅぅぅッ! 撤退だ!」
あまりの怒りに噛み締めた唇から血を流し、握り締めすぎて真っ白になった拳を出入り口に向けた。
「俺が殿を務める! お前らは――」
ヒュン、とゴ・ギドの体がブレたように見えた次の瞬間、反射的に魔法の大盾を構えた5人の魔法使いたちが宙を舞う。
「なッ!?」
「逃すと思うか? お前たちは、逃げ惑う俺の同胞を、逃した事があるのか? いいや、逃がさない。執拗に追い詰めて、殺して来ただろ? だから俺もそうする」
鎧がないから動きが速いのか、初めから手加減をされていたのか、ギルマスにはもう分からない。薙ぎ払われた魔法使いたちが地面に落ち、ピクリとも動かないのを見て、ギルマスが吼える。
「クソがぁああああああッ!」
怒りに身を任せた直線的な攻撃など、ゴ・ギドにとっては何の障害にもならない。
オーガの巨躯に似合わないほど軽い動きだけでギルマスの拳を避けると、そのまま脇腹を蹴り上げる。
血反吐を吐きながら、宙に浮かんだギルマスに、ゴ・ギドが戦斧を振るう瞬間、あたしが何とか間に入った。
運動系のスキルとステータスの力を借りたあたしは4半秒でゴ・ギドに肉薄し、振り下ろされる戦斧を相棒で受け止める。
「やらせると思う?」
「お前は後回し、だッ!」
巨躯から生み出される膂力は、あたしの小柄な体躯ではとてもではないが対処しきれない。
「ギルマス、また蹴ってごめん!」
勢いに逆らわずに戦斧の一撃を受けながしながら、またギルマスを蹴ってどかすと、その蹴撃の勢いを使って、ゴ・ギドと距離を取る。だが、それが悪手であったと気付いた時には遅かった。
倒れた仲間の回復のために駆け寄ってきた他のメンバーたちは、ゴ・ギドの猛攻の餌食となる。
それでも高ランク冒険者たちだ。残った6人は盾役と攻撃役に上手く分かれて立ち回ったが、それでも力が違いすぎた。
凄まじい力にまず2人の盾役が弾き飛ばされ、壁に叩きつけられると、動揺した攻撃役がまるで木の葉のように散らされる。
時間にして僅か十数秒の出来事だ。
たったそれだけで『灰銀猟団』と『不死鳥』の両パーティーが戦闘不能状態となってしまったのである。
「ギルマス、あいつらお願い!」
「お、おい! モカ! 止めろッ!」
それだけ言って、獰猛な笑みを浮かべてあたしが飛び出す。
あぁ、この世界に来てから、命懸けの戦いをしたのは、ただの1度もない。いや、あったっけ? 1番初めの猪魔獣は……ある意味命懸けだったね、そういえば。あの時はスキルも装備も最弱だった。
瞬動や天躯、立体機動のスキルの力を借り、お馴染みである縦横無尽の攻撃を繰り出す。
ゴ・ギドがその速度に順応出来るとは思えないが、それでも要所要所の攻撃を的確に防がれている現状において、足りないのは攻撃力だけ。
でも今はレベルも、ステータスも、スキルもあの時よりは上がってる。何より、今は最高の相棒がいる! ま、全盛期のあたしほどじゃないけど、それでも、この程度の相手なら、今のあたしで充分ね!
「凄まじい速度だが、火力不足だな!」
あたしの速度に反応し始めたゴ・ギドはモカが急所を的確に狙う事も看破したのか、次にあたしが狙う場所へ戦斧を振り上げる。
武器同士のぶつかり合う鈍い音が響いたが、すぐにゴ・ギドの戦斧が押し負け、足元が陥没するほどの圧に襲われた。
「っぐ!? この重さは!?」
すぐに魔力を刀身に流して重さを変えて振り抜く。
その重量に押し負けたゴ・ギドが膝を着いた瞬間には重量を羽のように軽くし、既に跳躍し、背後から斬りつける。
「っぎ、ダァッ!」
それまで感じなかった重さのある一撃に、初めてゴ・ギドの顔が痛みに歪んだ。だけどそれは一瞬の事で、すぐに戦斧が振るわれる。
凄まじい速度だけど、反応できるほどには遅い。
「あたしを殺したいなら、あたしよりも早くなきゃダメだよ」
戦斧による薙ぎ払いを難なく回避して、一息の間に距離を取る。
その間にゴ・ギドが立ち上がって体勢を整えると、既に背中の傷が回復している。オーガ種特有の回復速度のようだ。
「俺は魔法なら吸収出来るが、その剣には魔法が込められていないな?」
「そうだね。魔力は流しているけど、魔法は使ってないの」
「ほぅ……ただの剣技で、この俺に迫るか」
ゴ・ギドが獰猛な笑みを浮かべて戦斧を構えるが、正直どうでもいい。
今、なんつった?
このあたしに向かって、あの醜悪なバカ鬼は、なんて言った?
世界最強の剣士であるあたしが、お前みたいな雑魚に迫る?
笑っちゃうね、こりゃ。
「あは……あはは、あはははは!」
ひとしきり笑った後、あたしは笑みを消した。
「迫る? 馬鹿を言わないで」
きっと今のあたしはあの時の、あたしに初めての敗北を齎したあの男と同じ顔をしている。
あまりにも期待外れ、もっと楽しめると思っていた、果てしなくつまらねぇ……そう言った感情を全て内包したような冷え冷えとした落胆の顔を、している。
「あたしはとっくにあんたなんか追い越してるの。あんたなんか周回遅れよ、周回遅れ」
相棒を肩に担ぎ、あたしはふん、と鼻を鳴らす。
「お前みたいなやつがあたしを量るな、雑魚が」
モカさん、ブチギレ。
そりゃ、自分よりも弱いと思っていた下等生物が、自分と同等の戦いをすれば、そう思うのも当然だと思いますけど、ゴ・ギドさんは一言余計でしたね。




