36、ゴ・ギド
扉の向こう側は人工的な部屋だった。
いや、部屋というよりも広大な宮殿、といった方が正しいかも。
石畳の地面には精巧な彫刻の柱が何本も立ち並んでいて、サッカー場以上の広さの部屋は、見上げるほどに天井が高い。
まさに荘厳の一言に尽きる。
そんな空間の中、等間隔に並ぶ松明が導く先にはそれはあった。
あたしたちからは50メートルは離れているだろう先に、生物の死骸を有効利用して作られた死の玉座だ。
そして、そこに座るのは正しくこのダンジョンの支配者たる1体のオーガ。
通常種、上位種、脅威種とは異なる体躯。
3メートルに届くか言うほどの巨体は分厚い黒色の皮膚と強大な筋肉、そして全身に纏う鎧はきっと、このダンジョンで殺された冒険者たちの装備を潰して作られた物なのだろう。
頭部に生える4本の角は、どのオーガにも及ばないほどに立派だが歪で、悪魔のような印象を受ける。
そんなオーガは、あたしたちが近づくまで一言も喋らず、ただ可笑しなものを見るような好奇の視線を向け続けていた。
「ようやく来たか、人間ども……」
横暴な態度で玉座にいるオーガの声が嫌と言うほどに宮殿に響く。
人間以下の知能しかないと言われていたオーガだが、キングともなれば話すことが出来るらしい。
「我が帝国の様子はどうだった?」
思っていたよりもバリトンボイスだぁ、というあたしの感想はこの際置いておくとして、他の12人をチラッと盗み見た感想は全く違うものだ。
「こ、こいつは……やべぇぞ……」
「ギルマス、ありゃ、なんだ?」
「キング種……では無い、と思う……いや、まさか、有り得るのか?」
ギルマスが目の前のオーガから目を離すこと出来ずに、ゴクリと喉を鳴らす。確かに近づくにつれて威圧感というか、重圧というか、とにかく強い圧迫感をヒシヒシとぶつけられているような気がする。
あんまり軽口を叩けるような空気でも無いし、この世界に来てから初めて感じる冷や汗が流れる感触が嫌と言うほど鮮明で気持ち悪い。
「キングは通常のオーガと変わらない大きさだが、稀にキング種が更なる進化を遂げる場合がある。オーガを従える者、力ある支配者……オーガ・エンペラー」
ギルマスの言葉に、玉座のオーガがいきなり笑い始める。
「はーっはっはぁッ! 如何にも! 俺はこのダンジョン、オーガ帝国の支配者にしてオーガを導く者、皇帝ゴ・ギドである!」
玉座でふんぞり帰っていたオーガ、もといゴ・ギドは楽しそうに笑い、あたしたちを順番に指差して、人数を数え出した。
「……ふぅむ、13人か。些か少ない気がするが……まぁいい。さて人間ども。我が同胞を殺して回る醜悪な蛮族よ、今度は俺たちがお前らを蹂躙する番だ!」
ゴ・ギドがゆっくりと玉座から立ち上がって、側にある身の丈もある巨大な戦斧を軽々と手に取り、担ぐ。
「おいギルマス! ここにはあいつ以外のオーガがいねぇ! やるなら今だ、先制攻撃で全力の魔法をぶつける!」
『不死鳥』とリーダーの言葉に、あたし以外全員が頷き、一斉に自身が使える最強の魔法を詠唱し始める。
「ギルマス、モカ嬢、4分だ! 4分だけ足止めを頼む!」
基本的に魔法使いたちは無詠唱魔法を使うのだが、魔法のランクが上がれば上がるほど、無詠唱での行使が難しくなってくるそうだ。特に各属性の最上級魔法などは詠唱に3分以上の時間を要するらしい。
そんな中、大魔法の詠唱を始める者が6名、3名がその大魔法の補助詠唱に入り、残る2人は魔法で大盾を作り出して詠唱中の仲間を守るために位置取る。
「分かった! 詠唱が完成したら合図しろ! モカ、合わせろ!」
「ギルマスこそ、足を引っ張らないでね!」
そんな2つのパーティーの挟む形であたしとギルマスが遊撃を担当する。
あたしは相棒の柄に手を掛けていつでも抜刀出来る態勢を、ギルマスは霊魂憑依魔法によって自身の身体に自身が倒した魔獣の力を宿して低く構えた。
「はっ! 誰に言ってやがる! 行くぞッ!」
「じゃ、ファーストアタックは貰うね!」
あたしの手から自然と流れる魔力によって、鞘からは青い光がキラキラと漏れ、抜刀の瞬間を今か今かと待ち侘びているようにも見える。
「よし、行こう」
不適な笑みを浮かべたまま、どっしりと歩いてくるゴ・ギドに向かって、淡い青光が尾を引き、一条の流星と化したあたしが肉薄する。
「――ッ、ふッ!」
今あたしが出せる最高速度で抜刀された刀身が青光と銀の煌めきを従え、ゴ・ギドの首に迫った。
この場にて、その速度に反応出来る人間はいないはずだ。
瞬きの間に死が確定するほどの速度だったが、そもそも敵は人間ではなくオーガ。
それも、かなりの強さを誇るエンペラー種であり、その実力は未知数でもある。敵に対する情報が皆無であればこそ、先手必勝にて一撃必殺を見舞う。
「へぇ、当然のように止めるじゃん」
だけどあたしの刀はゴ・ギドの戦斧で防がれていた。しかも戦斧からは赤い光が漏れている。
「ほぅ、聖刃か。俺の魔刃と力比べでもするか?」
ギリギリ、と刃同士が擦れ、火花が散った。
ゴ・ギドの言う魔刃は多分、あたしの刀にある聖刃と同じものだろう。おそらく効果も同じだと思う。
「力比べならあっちに任せるよ!」
空中で身を捩りながら、戦斧を弾き返して後方へと跳躍すると、ギルマスが拳を溜めながらゴ・ギドへと肉薄していた。
「歯を食いしばれ、豚野郎ッ!」
両足に豹の紋様を、右拳には犀の紋様を宿し、必殺の一撃を繰り出す。
「砕けろ! 秘撃『破鋼重撃』」
「ぬぅんッ!」
鋼鉄の壁すら打ち貫くほどの力を、ゴ・ギドは同じように右拳を放つ。拳がぶつかりあった瞬間、凄まじい威力が衝撃波となって拡散する。
「っく、今のを防ぐのか!」
ギルマスはそのままゴ・ギドに纏わりつくようにステップを踏んで猛攻を放ち続けた。
ギルマスの身長は2メートルに少し届かないくらいだが、今はその身長差が有利になっている。
ゴ・ギドの振るう戦斧や拳を回避するのはギルマスにとっては容易く、機動力の要となる足への攻撃がしやすいのは好都合みたいだ。
そんなゴ・ギドとのインファイトの中に、あたしも食い込むように参戦する。
「破ッ!」
ギルマスの邪魔にならないように彼の影として振る舞い、補い、隙を潰すように立ち回る。
この戦い方は久しぶりかも。
確か、BLOにチーム戦が追加された時と、ゲームは違うけどナックル・オブ・デストラクションとかいうVR格闘ゲームの時以来かな? あの時と違うのは、味方がこんなおじさんじゃなかったくらいかな。
あたしたちの即席チームワークでは、流石に激しい連携やスイッチなんかも出来はしない。
さらに言えば、ゴ・ギドの強靭な肉体からは考えられないほどの俊敏さでその全てをいなしている。
しかも、致命傷になるであろう攻撃だけを、だ。微々たる攻撃には目もくれず、的確に急所を狙った攻撃だけを防がれるのだ。
こいつ……まだ本気じゃない? 慢心? ううん、楽しんでるよね。
ギルマスの技の死角から、ゴ・ギドの足の健を狙う。その瞬間、ヒヤリとした嫌な視線を感じる。
……笑った? なんで? 何か、ある!?
目が合い、口元が歪むのを見て、あたしは直感を信じる事にした。
既に振り抜きつつある相棒に魔力を一気に注ぎ込み、その重量を上げて無理やり攻撃をキャンセルしながら、魔力の込められた拳を振り抜こうとしているギルマスに蹴りを放って、ゴ・ギドへの攻撃をキャンセルさせながら距離を取らせる。
「何しやがるッ!」
無様に転がりながらもすぐに体勢を立て直したギルマスは青筋を浮かべて怒鳴ったが、あたしは一瞥もせずにゴ・ギドを睨みつけるままだ。
「ほぅ、気付いたのか?」
「女の勘は鋭いのよ……その鎧、なんかスキルが付与されてる?」
「ふはは、そうだ。俺の帝国に踏み込んだ人間どもの装備を潰して作らせた鎧だ。配下のメイジ共がこの鎧に最高の力を与えた。増幅反射と言ってな」
そのスキル名に思わず舌打ちをしてしまう。
めんどくさ! この世界にもあるのかぁ……初見の時は真正面から行って武器壊されたのよね。
初心者の頃の苦い思い出が湧き上がってくる。
このスキルを使ってきたのは『破魔剣』スキルを手に入れた直後に戦ったボスキャラのスケルトン・デスナイトだった。
骨のくせに鎧を着込んでタワーシールドと大剣並にでかいナイトソードを使う大型モンスターだった。
「ギルマス、あいつの鎧は受けた攻撃を倍にして反射するスキルが付与されてる!」
「どう対処する!?」
「鎧の耐久力を超える一撃か、反射の閾値を超える連撃を与える必要がある!」
あたしの言葉に、ギルマスは獰猛な笑みを浮かべる。
あまり鎧に関しては悩んでいないようなのだが、なんで? と首を傾げた瞬間に、背後から声が掛かった。
「ギルマス、モカ嬢! 下がってくれ!」
今の今まで忘れていた他のメンバーたちだ。どうやら詠唱が終わったらしい。
「頼んだぞ!」
一息であたしたちは跳躍してメンバーの元へと戻ると、詠唱を完成させた魔法使いたちがそれぞれの杖をゴ・ギドへと向けた。
ゴ・ギドさん登場です。
ちなみにCVのイメージは銀河万丈さんです。




