35、第2次ダンジョンアタック
ダンジョン前に集った12人は、異様なまでの緊張感と重苦しい不安の中にあっても、その凄烈さを失っていない。
『灰銀猟団』は全員がミスリル銀の防具と取り回しのしやすい短杖を携え、『不死鳥』は朱色のマントを纏っている。
ギルマスは変わらず、中国の拳法着のような服装に、いかつい銀の装飾のローブを羽織っているが、その拳にはメリケンサックのような武具を装着していた。
そんな12人の厳粛な雰囲気とは掛け離れた、場違いなほどの自然体で佇む少女が1人。
もちろんあたしだ。
というか、あまりにも空気が重すぎて、1番最後に来たあたしが責められているような感じがする。実際にはそうじゃなくてみんな緊張しているだけなんだろうけど。
でもあたしはこんな緊張感に体を強張らせる事無いし、不安に心を鈍らせる事も無く、ただひたすらにいつも通りでいた。
そりゃ、ランキング戦に参加して、もしかしたら今回は負けるかも……って万が一の可能性と重責に落ち潰されそうになってたし、ストリーマーのイベントや大会に出て優勝が掛かっている時に出番が回ってくることもしょっちゅうあったんだから、今更緊張なんかは……まぁ、ちょっとはするけど?
それでも、あたしはあたしに求められた仕事をするだけよね。
なんて考えているあたしを残りの12人がジロジロと見つめている。
まぁ、そりゃそうだよね。
だってあたしだって同じ立場なら、防具も付けず、細い剣らしきもの1本で挑もうとしている少女がいたら不思議でしょうがないからね。
全員が前回の敗北を経験して、装備の強化を図ってきたと言うのに、あたしだけは防具無し。舐めていると思われても仕方ないけど、その場にいる誰もがそれを口にしない。
そう言えば、ちゃんと鑑定してもらってないから、この子の名前、まだ分からないままなんだ。
強者であれば、強者の匂いと言うのは自ずと分かるものだ。
故に、集った12人はあたしから感じる得体の知れない雰囲気を感じ取り、何も言わないのだろう。
サクサク終わらせて、早いうちにエルダードワーフ見つけて鑑定してもらわないとなぁ。
これから始まるダンジョンアタックの事などは特に気にしないで、エルダードワーフってどこにいるんだろ? と呑気な事を考えていると、ギルマスが周囲を見渡して、遂に宣言した。
「よし! 全員、準備は良いな! 行くぞッ! 土魔法使い! 入り口を開けろッ!」
ダンジョンの入り口を閉ざしていた土壁がボロボロと崩れ落ち、魔境への入り口が露わとなる。
「今回、雑魚を蹴散らしながら、オーガキングを討伐するッ! 挟撃には充分注意しろ! 分散せず、固まって対処する! 分かったな!」
応ッ! と冒険者たちの鋭い返事に1度だけ頷き、ギルマスは大きく拳を振り上げた。
「全員、出撃ッ!」
こうして第2次ダンジョンアタックが始まった。
前回のアタックで判明した事だが、内部構造は以前のダンジョンとは異なっていた。
そのため以前のマップは使い物にならず、探索班がマッピングした未完成の地図を使うしか無いのだが、それもあまり意味を成さない。
「前回のアタック時に判明したマップから行けば、恐らくは中央の太くて広い通路を進んでいけば最奥部に辿り着けるんだと思う」
『不死鳥』のリーダーの言葉に、他のメンバーも同意する。中でも『灰銀猟団』の斥候担当の魔法使いは、その言葉に補足を付け足してくれる。
「いくらダンジョン内部を増改築しても、元からある通路はそのままのはずだ。であれば、前の地図と今の地図を照らし合わせればダンジョンマスターのいる最奥部は分かるんじゃねぇか?」
その言葉に、ギルマスも納得して、大きく頷く。
彼らは今、自作したセーフエリアで焚き火を囲んだ小休憩を取っている。
密室で焚き火? と不安に思っていたけど、どうやら風の魔法で換気が出来ているらしい。
行き止まりの通路を土魔法を使って広げ、入り口を同じく土魔法で封じただけだが、それだけでも肩の力が抜ける場所があると言うのは体だけでなく、心にも余裕を持たせてくれる。
「ここまでの敵は上位種よりも脅威種の方が多かったな」
「あぁ。恐らく、ほとんどの種が脅威種で占められたんだろうな。通路が狭いおかげで何とか戦えてはいるが、広間に出たりすりゃあ、戦闘時間は長引くだろうな」
「そこは心配するな。その状況になればこいつの出番だ」
ギルマスがあたしを一瞥してそう話し、割り振られた自分の役割をあたしはもう1度口にする。
「うん、あたしが自由に動ける場所なら、全部あたしに任せて。みんなは撃ち漏らしに対処してくれるだけでいいので……」
「にしても、剣士なんてのは大したことないと思っていたが、お嬢さんの実力を見れば、その見方も変わってきてしまうな」
1人がそう言えば、他の人も同じように賛同してくる。
どうやらこの高ランクパーティーは剣士に対する偏見を考え直してくれる位には寛容な人たちのようだ。
「あ、ありがとう、ございます?」
「なんで疑問形なんだよ」
ちょっとした笑いがあり、少しだけパーティーの緊張感が薄れる。緊張感が無くなると困るが、緊張し過ぎも良くない。
「そろそろ行くか、ギルマス?」
「あぁ、そうしよう。道順は今まで通りに斥候が担当してくれ。接敵してもいつも通りだ。ここからは連戦だと思え。魔力回復薬も大量に持ってきている。出し惜しみはするなよ」
ギルマスの言葉に、全員が力強く頷いた。
それからは接敵の回数も増えていき、ハイオーガたちの強さも上がっていく。
ほとんどが武器、防具持ちになっていき、耐久力も筋力も高い難敵となっていた。
しかしそこはやはりベテラン高ランク冒険者たちと言うべきか。
慎重に、しかし確実に敵を倒していき、十数度の戦闘で、あたしが活躍したのはたったの1度だけである。
こんなに安定したダンジョンアタックなんて、いつぶりだろ? BLOでイベントダンジョンに潜った時以来かな? あの時は大変だったなぁ……確か何とかオウンゴールとかいう異業種クランとかち合って、なし崩し的に合同踏破しちゃったんだよねーーあいた!?
懐かしい思い出に、ふふ、と静かな笑みを浮かべていると、いきなり止まったギルマスの背中にぶつかった。
「どうしたんですか? 敵?」
「いや、最奥部への扉だ」
ひょこっとギルマス越しに前を覗き込むと、そこは大きな広間となっている。
これまでの通路や広間とは違い、石造りの長方形型の広い部屋だ。
異様なのは、堅牢そうな大扉とそれを照らす灯火。
そして何より、閉じられているはずの扉から感じる、異様なまでの力の波動である。
あの奥にいる、と誰もが思った。
それほどまでに漏れ出る空気がピリついているのだ。
「ギルマス……」
「あぁ、この奥だ。お前ら、準備は出来ているな?」
ギルマスの重く、鋭い言葉に全員が力強く頷く。
全員が緊張や恐怖、不安などの入り混じった硬い表情をしている中、あたしは何の気無しに口を開いた。
「ねぇ、ギルマス。この戦いが終わったらさ、ギルマスの奢りでご飯連れてってよ」
あたしの言葉に、全員がポカンとする。
「……は?」
「あたし「銀の羽衣亭」の貴族しか食べられないコースの料理が食べてみたい」
ようやくあたしの言っている意味が理解出来たのか、他のメンバーも口を揃えてご褒美をねだり出した。
「あ、じゃあ俺は「明けの明星亭」の肉が喰いたいっす!」
「だったら「魅惑の妖精」に……」
「はぁ? だったら俺も「魅惑の妖精」がいい! ギルマスの力でフリーナちゃんの予約をもぎ取ってください!」
「無理無理、フリーナちゃんは面食いって話だ。お前なんか相手にされねぇよ。俺だったらユリーナちゃんにするね! あのでっかい胸に溺れてぇんだ」
男どもの下品な会話に、あたしはジトっとした目を向けるが、クスッと笑みが溢れる。
みんなが楽しげに話す様子は、これから激闘に身を投じるとは思えないけれど、これで少しは緊張も解れたはずだ。
「しょうがねぇ! 飯でも酒でも女でも、俺が奢ってやる!」
ギルマスは呆れたように笑い、全員の顔を順番に眺めていく。
疲れているだろう、恐怖を感じているだろう、不安に思っているだろう。
だが、その瞳には諦めは見えない。
「はん、1言でここまで緊張感を無くすとは、思ったよりも慣れてやがるなぁ?」
ギルマスは獰猛に笑い、最後にあたしを見つめながらそう言うと、すぐに大扉へとその視線を移す。
「勝つぞ、お前ら!」
今日1番のやる気を維持したまま、あたしたちは大扉を押し開けた。
特に何事もなく、最奥部まで辿り着いたモカたち。
次回、ボスと対峙します!
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