32、元剣神は、はしゃがない
今回はちょっと長いです。
分けようかとも思ったのですが、ここはどうしても1話に納めたかった。
「これがワシの相棒、白炎剣・リオレティアじゃ」
収納魔法で取り出した剣をカウンターの上にそっと置いたアレク爺さん。
「何回も調整してやったな……」
懐かしそうに剣を見つめるオルゲンさんに、アレク爺さんは肩を竦めながら気まずそうに言う。
「お前に言ってなかったが……こいつ、ワシ以外に装備出来ないんじゃよ」
その爆弾発言に、開いた口が塞がらないオルゲンさんは、口をパクパクとさせながら、言葉を探している。
「な、な、なん……いや、待て! 研ぎや調整で俺に渡したろ!」
「そりゃ、渡しただけじゃ、装備はしとらんじゃろ?」
「はぁ? どう言うことだ!」
アレク爺さんは恥ずかしそうにあたしを一瞥し、観念したのかのように溜息混じりにポツポツと語り出した。
「昔、実体の無い敵を倒す時にな……非実体系の敵を倒すには敵に実体を与えれば良いと考えてな……」
ん? どっかで聞いた事が……と首を傾げる。
「エンシェント・ゴーストロードをこの剣に憑依させてやったら、呪われてしまっての……それからずっと、この剣に憑き続けておってな……ワシの事、気に入ったみたいなんじゃ。だから、ワシ以外が装備したらそいつを呪い殺すといって憚らんのじゃよ……いやぁ、モテる男は辛いのぉ」
カッカッ、と気まずそうに笑うアレク爺さん。
「あ、あの、何とか王国の浮遊島で戦ったっていう、幽霊の敵ですか!?」
どこかで聞いたも何も、ここに来るまでの道すがらに聞いた話の答え合わせだったのか……なんてこったい。
「な、な、なんじゃそりゃーっ! おい! そんなふざけた事あるか! じゃあどうすんだよ! こいつにやる剣は!?」
遂にオルゲンさんは頭を抱えてしまった。それを見ていたあたしは、不思議そうな顔で、カウンターの上の剣を見つめる。
「……この剣、魔法剣ですか?」
「そうじゃよ。嵌めてある宝珠には炎の魔法が込められておって、その力を引き出すんじゃ」
「この刀身の紋様は?」
刀身を指差して尋ねると、アクレ爺さんは顎髭を撫で付ける。
「魔力を流すと、その溝にそって魔法回路が形成されるんじゃ。その状態で合言葉を言えば込められた魔法が扱える」
そう言った剣はBLOには存在しなかった。
魔法剣と呼ばれる武器はあったが、あれは鍛治に魔法を使い、魔力の籠った材料を使って作る剣だったはず。
魔力を流せば魔力の刀身が展開され、それを斬撃として放つ。
属性は素材にした材料に依存するが、その属性を後付する事など出来なかった。しかも、宝珠に込めた魔法が使えるなんて機能なんて初めて見た。
「すごいですね……初めて見ました」
ほぇ〜、と素直に関心していると、アレク爺さんはゴホンとわざとらしい咳払いをする。
「おい、オルゲン。勝手に落胆しておるとこ悪いんじゃが……武器ならもう1つだけあるんじゃ」
「何だと!? それを先に言え!」
「うるせぇ、お前が勝手に頭抱えたんじゃろ!」
そう言って、アレク爺さんはカウンターに置いた愛剣を収納して、代わりに一振りの得物を取り出した。
「こ……これはッ!?」
それを見た瞬間、あたしの心臓が止まりそうになった。
「こいつは、嬢ちゃんの使っていた直剣とは違って、作りも違えば癖も違う。ワシからすりゃあ使い勝手も良くない。どう扱って良いのかも分からんから持て余しておったのじゃが……」
取り出したのは、日本刀。
鞘は光沢を強く硬く感じる蝋色塗で、目立った装飾の無い打刀拵。
しかしその見た目にどこか違和感を覚えてしまうのは、日本刀でありながら鍔が無い事だろう。
鞘から地続きのように柄があり、柄も鞘と同じような色合いの柄巻きが施されている。
唯一の装飾と言えば、柄頭から垂れる真っ赤な飾り紐だけ。
止まりそうになっていた心臓が、暴れ狂うように高鳴り始めた。
目をキラキラと輝かせ、頬を紅潮させ、自然と笑みが溢れてくる。
それほどまでに嬉しいんだよ!
「こりゃあ………剣か?」
「そうじゃ。遠い東の島国でしか作られていない剣らしいんじゃが……」
オルゲンさんが眉間に皺を寄せ、初めて見る武器に戸惑っていた。アレク爺さんもオルゲンさんの反応は妥当だと思っているのか、すぐに肯定した。
「だがなぁ、こんな細くて大丈夫なのか? この嬢ちゃんに扱えるかどうか……なぁ、嬢ちゃん? こんなの――」
と怪訝そうな顔でオルゲンさんは尋ねたが、すぐにその異様な興奮をその身に激らせているあたしを見て、さらに眉を顰める。
「ア、ア、アレクお爺さん! こ、ここ、これ、これ! 抜いて見ても良いですか? 良いですよね!? ありがとうございますっ!」
テンションが上がりすぎて口調がおかしくなっているのは許してほしい。だからあたしはアレク爺さんの答えも待たずに刀を手に取り、じっくりねっとりと眺めてから、ゆっくりと抜く。
刃長は約80センチ。
反りは約2・7センチと打刀にしては若干長く、細身の鎬造り。
小切先の優美な姿は惚れ惚れとするとほどに完璧なシルエットだ。
そして特筆すべきはその刀身。
まるで鏡のように綺麗な肌には、独特な刃文が見て取れる。
細かく複雑な小乱れの中に足が混ざり、所々に金筋が現れていて、より一層格式高い雰囲気を醸し出していた。
実際に使わなくても分かる。
これは名刀だ。
それもかなりのクラスの。
もしここが日本だったら博物館に飾られるほどの一振りだ。
「す……すっっっっ、ごい……はぁ……」
BLOを始めてから日本刀に興味を持ったあたしはかなり勉強をしたつもりだ。
配信者と言うこともあって、刀鍛冶の元へ赴いて自分だけの日本刀を作ってもらったし、何ならその過程に密着取材をして、動画として配信した。
だから剣の選定眼はそれなりにあると自負しているけど、それでも目の前の一振りが異様な物だという以上の事は分からない。
見れば見るほど不思議な刀であった。
「これ……私に託して下さい」
刀身から目を離さず、アレク爺さんにそう言う。
その声には今までのテンションが高い浮かれた様子は無く、ただ1人の剣士として……何よりも、かつての剣の頂きたる【剣神】としてのプライドがある。
この刀を振るってみたい。
自分の持てる力の全て捧げて、共に戦いを駆け抜けたい。
この刀は、きっと、ずっと、どこまででも着いてきてくれる。
根拠は無いけど、そう確信させてくれるほどの輝きを、この刀は持っていた。
「それは……まぁ、構わんが……良いのかの? お前さんが今まで使っていた片手直剣とは毛色が違うんじゃぞ? お前さんにそれが使いこなせるかどうか……」
アレク爺さんが不安そうな、心配そうな顔であたしを覗き込むが、すぐにそれが杞憂だと知る。
「大丈夫。ううん、そうじゃない。実はあたし、西洋の剣よりも、片刃の日本刀のほうが扱いは得意なんです」
名残惜しそうに刀身を眺めていたあたしは、鞘を手に取り、ゆっくりと優雅に、そして何年も同じ動作をしていたかのように自然と、納刀して、振り返る。
「これでも昔は剣神として無敗を誇った世界最強の剣士だったんですよ?」
そして、店の真ん中――剣を振っても問題ないスペース――まで移動すると、腰だめに刀を構えた。
それは、BLO内で何年も続けてきた日本刀の攻撃モーション。
「――ッ!」
抜刀からの切り上げ、そのまま頭上で刀を返し、振り下ろす。
剣神としての所作は全て体が覚えている。
刀を振り上げて、振り下ろす。たったそれだけのシンプルな動作に、剣士の全てが集約されている。
その瞬間だけは、あたしは剣神に戻ったような気がしていた。
そう。
あたしは、これだ。
あたしがあたしであるためには、この子が必要だ。
強く、そう感じる。
振り下ろした刀をあまりに自然に納刀すると、パチパチと乾いた拍手が聞こえた。
「すげぇな、嬢ちゃん! ただ振り下ろしただけの動きだったが、思わず見惚れちまったぜ!」
「あぁ、正しく。洗練された動き、剣士として目指すべき全てが内包されておったな。お前さん、本当に何者じゃ?」
2人の賞賛がこそばゆくて、へへ、と照れた笑いが溢れてしまう。
「アレク爺」
「分かっておる。それはお前さんに託そう。お前さんなら、その剣を十全に扱えるじゃろうて」
2人からのお墨付きをもらったあたしは飛び上がりたいほどに歓喜した。だけど、何とかそれを意思の力だけで押さえつける。
だって剣神は、大はしゃぎしないもん!
しかしニマニマとした笑みだけは抑えきれずに漏れていた。
「それで、どうだ? 振ってみた感触は。重さ、重心、どこかに違和感はあったか?」
オルゲンさんはニヤッと快活な笑みを浮かべて、あたしの新しい相棒に視線をやる。
「うーん、重心がちょっと前にありますね……振れないわけではないけど、ちょっと違和感かな」
「なら、その調整を俺にやらせてくれ。ただ、恐らくその剣には聖刃回路が組み込まれているから、あんまり無茶な事は出来ん。まぁ、長さや重心の調整くらいなら大丈夫だと思うが……」
その言葉を聞いていると、聞き慣れない単語が出てきて、思わず聞き返してしまった。
「聖刃回路?」
「なんじゃ、お前さん、剣士のくせにそんな事も知らんのか?」
アレク爺さんが呆れたように笑い、その聖刃回路なるものを説明してくれた。
「聖刃回路ってのはのぉ、剣を握り魔力を通すと、剣自体に魔力がコーティングされるんじゃ。これがあれば切れ味は上がり、落ちることは無いし、血や油で滑ることもない。昔の剣なら当たり前に組み込まれておる回路なんじゃ」
「見たところ、その剣はかなり前に生まれたものだ。他にも何らかの回路や能力があると思うんだが……そう言った鑑定は専用の道具が必要でな」
そう言った道具はエルダードワーフというドワーフたちの上位種族が持っているらしく、ただのドワーフであるオルゲンは持っていないのだとか。
「へぇ、そうなんですね……じゃあ、お願いします」
「任せろ。で? どんな感じにする?」
「そうですね、重心は――」
刀の調整に必要な情報を伝えたあたしは、調整は今日中に終わらせるから、明日の今頃に取りに来て欲しいという言葉をメモ欄に書き留めると、アレク爺さんと一緒に店を後にした。
アレク爺さんを家まで送って行ったあたしは、まだドキドキしている心を落ち着かせようと早めに宿に帰り、美味しいご飯と暖かいお風呂を堪能し、早めにベッドに潜り込む。
でも、あまりにもドキドキしている心臓はすぐには寝かせてくれず、眠りについたのは日付が変わってからさらに数時間経った、深夜3時頃だった。
ようやく登場しました!
モカの新しい相棒にして、モカが最も得意とする得物。
この日本刀の名前はまだ出ませんが、そのモチーフは国宝にして天下五剣の1つ「童子切安綱」です。
本当はもっと早く出したかったんですけど、なかなかタイミングが合いませんでした。
あと、ここを逃すと多分もっと後に登場しそうだったので。




