31、白炎剣・リオレティア
通い慣れた道を通ってアレク爺さんの家に来たあたし、ノックもせずに勝手に中に入った。
最初の内はきちんとマナーを守って、ノックしてアレク爺さんが出てくるのを待っていたけど、本人から「ワシの所に来るの、お前さんぐらいしかいないから勝手に入ってこい。いちいち出迎えるのめんどい」と言われてからは勝手に入るようになったってわけ。
「アレク爺さーん! いますかー?」
自分の家のようにダイニングに入っていき、奥の部屋に呼びかけると
「おるぞー」
と返事が返ってきて、アレク爺さんが姿を見せる。
「なんじゃ、なんか用か?」
「えっと、オルゲンさんって分かります? ドワーフの」
「おぅ、知っとるぞ。昔から武器の手入れを頼んでおったからの」
やはり2人は昔からの知り合いだったか。
ま、そうだよね。他の店じゃあ剣士の装備が嫌がられるんだから、オルゲンさんのとこに行くしかないもんね。
「オルゲンさんが呼んでこい、って言うので一緒に来てもらっていいですか?」
「……なんじゃ? 何かあったのか?」
「えっと……何というか……」
言葉を濁すと、アレク爺さんが怪訝な顔で睨みつけてきた。
ジトっとした視線を向けられても、タハハと苦笑いをするしかない。
「いい、話してみろ」
「えーっと、あたしの使っていた剣がダメになっちゃったので、新しい剣を探しているんです。それで、オルゲンさんに相談したら、アレクお爺さんを連れてこいって言うから……」
素直にそう話すと、アレク爺さんは蓄えられた顎髭を撫で付けながら、杖をトントンとリズミカルに地面に打ち付ける。
これはアレク爺さんが熟考している時の癖だ。そして、突くリズムが早くなり、最後に一回だけ強めに床を突くと、熟考が終わった合図でだ。
「潮時、なのかもしれんのぉ……」
一言そう呟くと、アレク爺さんは「ちょっと待っとれ」と言って奥の部屋に戻っていき、すぐに戻ってきた。
「よし、行くぞ」
「良いんですか?」
「何がじゃ?」
「いや、だって……オルゲンさん、持ってる剣よこせとか言い出しますよ?」
何故オルゲンがアレク爺さんを呼ぼうとしているのかは、何となく分かる。前に貰った防具の事もある。
防具をまだ持っているって事は、武器も持ってるって事だもんね。
現役を引退したとは言え、愛着のある相棒を手放す人では無いことくらい、短い付き合いだけど分かっている。
「分かっとるわい、そんなこと。じゃが、まぁ……ワシもそろそろ、本当に引退する時が来たっつーことじゃな」
カッカッと大笑するアレク爺さんだったが、それでも隠せないほどの寂寥感が瞳に見え、あたしは何とも言えない寂しさに襲われる。
かつて天剣を目指し、最強になることを夢見た剣士が、遂にその剣を置くと言っているんだ。寂しく無い訳ない。切ないし、悲しいし、何よりも悔しい。
「あたし、天剣を手に入れたら、アレクお爺さんに見せに来ますね」
至極真面目な顔でアレク爺さんの目をジッと見つめた。決意に燃え、意志の強い瞳にアレク爺さんがきょとん、とした顔になる。
アレクお爺さんのこんな顔、初めて見たかも。
「お前さん……いや、何にも言うまいよ。それに……」
アレク爺さんがそこで言葉を切り、顎髭を撫で付ける。
「それに?」
「お前さんなら、本当にどうにかしちまいそうじゃからな……気長に待っとるぞ」
「あはっ! 任せて下さいよ! あたし、強いので!」
年相応の笑顔が咲き、アレク爺さんは呆れたように笑うのであった。
「ほれ、行くぞ。オルゲンを待たせるとすぐに怒り出すからのぉ……ほんと、器が小せえドワーフじゃよ」
アレク爺さんのボヤきを聞きながら外に出て、2人仲良く街を歩く。
きっと、道行く人々はおじいちゃんと孫の日課の散歩かしらねぇ、と思っているかも知れないが、2人の会話を聞けばその考えが間違いだと気付くだろう。
「――確かに非実体系の敵を相手にするのは骨が折れたのぉ」
「あたしたちの場合、剣に能力を付与するしか無いから、そう言う時は魔法って便利だなぁ、って思いますよね」
「そうじゃな。まぁ、死霊系の敵の中には魔法も効かん奴らもおるから気をつけるんじゃぞ」
「どんな敵だったんですか?」
「ん? あー、確か……アルバイオン王国の浮遊島にある古代遺跡におったエンシェント・ゴーストロードとかいう奴じゃな」
「どうやって倒したんですか?」
「簡単じゃよ。実体がないなら、実体にさせりゃあいい」
どゆこと!? と首を傾げるけど、それを考えるのも重要な事じゃよ、と答えは教えてもらえなかった。
そうこうしていると、いつの間にかオルゲンさんの店に到着する。
「オルゲンさーん、連れてきましたよー」
「遅いッ! いつまで待たすんだ!」
腕を組んで椅子に座り、貧乏揺すりをしながらイライラとした表情を隠そうともせずに怒鳴ってくるオルゲンさん。
「ほらな、言ったじゃろ? 器の小せえドワーフじゃ」
「うるせぇ! 今すぐ女神様にお迎えに来てもらっても良いんだぞ!?」
「ここにあるナマクラで出来るとは思えんけどのぉ!」
な、なんかバチバチに始まっちゃったよ。
ポカンと2人の言い合いを見ながら、止めるべきかどうするべきかと悩んでいると、奥からオルゲンさんの奥さんの怒号が聞こえてきた。
「あんた達ッ! 毎回毎回五月蝿いんだよ! 前に約束した事、もう忘れたのかいッ!」
その言葉にビクゥ! と体を震わせた2人は一瞬でシュン……と大人しくなる。どうやら2人とも奥さんには頭が上がらないようだ。
「えっと……お、お2人は仲良いんですね!」
変な空気感に耐えきれず、あたしはとりあえず何か言わなきゃ! とした結果、喧嘩するほど何とやらを地でいく2人にそう言った。
「良くないわい!」
「良くねぇよ!」
おぉ、返事まで息ぴったり!
あたしがくすくす笑っていると、どうやらそれが仕切り直しの合図になったのか、カウンターを挟んでオルゲンさん、アレク爺さんとあたしに分かれていた。
「じゃあ、本題に入るぞ」
オルゲンさんが咳払いを1つ、そう宣言すると早速アレク爺さんが口を開く。
「お前さんの考えは分かる。この嬢ちゃんに剣を譲れ、ってことじゃな?」
「ん? あぁ、まぁ、そうだ。アレク爺、あんたが引退するときに売ってくれた剣や防具、あれ、全部じゃなかったろ? あんたの相棒……あの剣を、こいつに譲ってはくれねぇか?」
オルゲンさんは至極真面目な顔と声で、アレク爺さんを見つめる。そこには先ほどまでのふざけた様子は無く、1人の鍛治師がいた。
「………そう考えた理由は何じゃ?」
対するアレク爺さんも同じで、お茶目な老人ではなく、1人の剣士としての顔でオルゲンさんの言葉に答える。
そんな様子をドキドキしながら見ていたあたしは、どうやってこの会話に加わればいいのかを悩んでいた。
「待っとれ」
そう言い残してオルゲンさんは店の奥に引っ込むと、すぐに戻ってくる。その手にはあたしが使っていた片手直剣があって、それをカウンターに置いた。
「これは? ……そうか、これが」
アレク爺さんはマジマジと剣を見てから手に取る。刀身をじっくりと観察すると、徐に立ち上がって剣を振った。
「なるほどのぉ……これなら確かにここの剣じゃあ足りんわな……」
「あぁ、剣を打たなくなって何十年も経つ。腕が衰えたとは思っちゃあいねぇが、鈍っているのは確かだ。それに大した素材もねぇんじゃ、こいつに最高の剣を打ってやる事が出来んっ!」
オルゲンさんが悔しそうに顔を歪めてカウンターを叩く。乾いた音が店に響くが、それよりもその辛そうな言葉に、あたしは口元を歪める。
そんな事ないですよ! と言いたかったが、それを言ってしまえば、オルゲンさんがもっと傷付くというのも理解出来てしまうから何も言えない。
「言いたい事は分かった。じゃがのぉ……ワシがまだ持っているのは、ワシと共に旅をしてきた唯一無二の相棒じゃ。いくら金を積まれても譲る気は無い」
「どうしてだ! こいつには剣が必要なんだ! 分かるだろ!?」
「……あ、そうじゃ、お前には言っとらんかったか?」
頭上に「?」を浮かべたオルゲンが首を傾げると、アレク爺さんは虚空に手を伸ばし、収納魔法で一振りの剣を取り出して、カウンターに置いた。
大きなクロスガードがついたシンプルな柄のブロードソードだ。
クロスガード部分にはビー玉ほどの赤い石が3つも嵌め込まれており、刀身には軽量化のための溝が彫られているが、普通の溝ではなく、幾何学的な紋様となっている。
「これがワシの相棒、白炎剣・リオレティアじゃ」
右隣の家のおばちゃん「アレクお爺さんとお孫さん、仲良しねぇ〜」
向かいの家のおばちゃん「最近、妙にウキウキしてたから何事かと思ってたけど、お孫さんが来ているからだったのねぇ」
左隣の家のおばちゃん「そう言えばこの前、お花屋さんで幾つかお花を買ってるの見ましたよ」
アレク爺さん担当のギルドの受付嬢「あたしの時はそんな事しなかったのに……」




