16、交易都市グリザーク、到着
交易都市・グリザークの街に辿り着いたのはお昼頃だった。
このグリザークはコルベス王国の最北端に位置する大都市で、アルセイユ信仰国とボーガンタニア通商連合国家の2国に面する要所でもある。
地図を見せてもらったけど、この2国間は長大な山脈によって隔てられていて、物資の流通はグリザークを経由して行われるらしい。
そのおかげでこの交易都市は王国の中でもかなり栄えていて、規模もかなり大きい。
「ありがと、ユルゲンさん。ここら辺で降ろしてくれていいよ」
グリザークは一言で言えば、城塞都市のような見た目をしている。
ユルゲンさんが言うには、大昔にアルセイユ信仰国の前身国と戦争をしていたかららしい。
まぁ、使えるものはそのまま使うって言うのはいつの時代も、どの世界も同じなんだね。
「いやいや、こちらこそ。魔獣や野盗が出なかったとは言え、護衛を引き受けてくれて助かったよ」
街に入るための場所は全部で3ヶ所あって、信仰国、通商連合国側に1つずつと、今からあたしたちが入ろうとしている王国側に1つだ。
面白いのは、交易が盛んな街だからなのか、商人用とそうじゃない人用にさらに入り口が分けられている所だね。
「本当にここで良いのかい? 最後まで一緒にいてもらっても良いんだよ?」
「大丈夫だよ、ユルゲンさん。それにあたしの目的はここで冒険者になることだからね」
思えば、この2日くらいでユルゲンさんとの距離もだいぶ縮まったと思う。初めは敬語……と言うか丁寧に話していたけど、ユルゲンさんの方からいつも通りで良いって言ってくれたからそれに甘えちゃった。
「それにほら、あたし、身分証が無いからユルゲンさんと一緒に入っても面倒だと思うよ」
「そうかい? じゃあここで一旦はお別れだね……」
寂しそうに呟くユルゲンさんの眉がしょんぼりと下がっている。なんか感情が隠せない人だとは思っていたけど、ここまであからさまに寂しそうにされると、少し嬉しくもあり、申し訳なくもある。
「しばらくはこの街に滞在するつもりなんで、顔出しますよ」
「本当かい!? 何か必要なものがあれば、絶対に用意してあげるから、いつでも尋ねておいでね! 約束だよ!」
「うん、その時はよろしくね!」
あたし荷馬車から飛び降りて、ここまで頑張ってくれた2頭を撫でにいく。
「ディディー、ボンズ、2人ともありがとうね。帰ったらちゃんと休むんだよ?」
2頭をこれでもかってくらい撫で回すと、2頭は嬉しそうにいなないて、あたしに顔を寄せてくる。
「ユルゲンさんのこと、よろしくね?」
そう言うと、2頭はふんと鼻を鳴らした。まるで「任せとけ」って言っているみたいだった。
「それじゃあモカちゃん、気をつけてね」
「ユルゲンさんもね!」
そして、商人用の入り口へと向かっていくユルゲンさんを見送って、あたしは一般用の入り口へと向かった。
入り口には門番が2人立っていて、入る人、出ていく人、それぞれのチェックを行っている。
あたしは街に入る人の列に並んで順番を待っていたけど、昼の時間帯だからか、入る列は少なくて、すぐにあたしの番になった。
「はい、次」
呼ばれて、門番の元に向かう。
「身分証を」
門番は動きやすそうな軍服を着た、40代くらいのがっちりしたおじさんだった。当然、剣や槍などは持っていなくて、代わりに2本の短杖が腰から下げられている。
「持ってません」
「落としたのか?」
「いえ、初めから持ってないです」
こんなことで嘘をついても良いことは無いよね。それに嘘発見機とか使われても面倒だし。
「……どういう意味だ?」
「? ……そのままの意味ですけど?」
「ギルドカードや市民証を持っていないのか?」
「はい、持ってないです」
あれ、これマズイかな? 確かに日本でも身分証の確認は必須な項目だし、確認出来なきゃお酒やタバコは売れないし、役所で必要な書類を出してもらえないもんね。
「そうか……」
「街に入れないですか?」
「ん、いや、そんな事は無いぞ? 一応確認だが、悪事を働いたり、他の国や街で指名手配をされていたりするか?」
なんじゃその質問は……あ、いや? 必要なのかな? 口頭のやり取りなら幾らでも嘘つけるけど。
「いえ、善良な一般市民です」
「じゃあ、ちょっと待っててくれ」
そう言って、門番のおっさんは門の脇にある扉に入っていて、すぐに戻ってきた。その手にはボーリングの玉くらいの大きさの透き通った水晶があって、それを私の目の前に置いた。
「この水晶に両手を置いてくれ」
「置くだけでいいの?」
「そうだ。お前の魔力に反応して審査をしてくれるからな」
なるほど、便利な魔法道具ってわけだ。
「分かりました」
後ろめたい事も無いので、さっさと終わらせよう。そう思って水晶に手を置くと、水晶がじんわりと光り始める。
「おぉ、光った」
「……青だな。よし、それじゃあ書類を作るから一緒に来てくれ。おい、代わってくれ」
おっさんは近くにいたもう1人の門番に声を掛けて仕事を交代すると、あたしを手招いた。
「こっちだ」
そして連れて行かれたのは、さっきおっさんが入っていった門の脇の扉の中。
どうやら門番たちの休憩所兼受付なんだろうね。入ったすぐの受付はそれなりに綺麗だけど、後ろに見える休憩所はかなり乱雑で散らかっていた。
「座ってくれ。お前、字は書けるか?」
……あれ? そう言えば、あたしこの世界に来てから一度も字を見たり書いたりした事ない? でも、コルベス王国語のスキルはあるから大丈夫だよね?
「えー、多分? 大丈夫だと思います」
「よし、じゃあこれに記入してくれ」
そう言って差し出されたのは仮身分証なる羊皮紙だった。
項目は多岐に渡るがシンプルで、氏名、年齢、出身、職業、目的、この街での家族、知り合いなどの有無、事件や事故歴、緊急連絡先など。
と言ってもあたしが記入出来る部分は少なくて、3分の1くらいなんだよね。
「あの、書けない部分はどうすれば?」
「ん? あぁ、別に全部埋めなくてもいい。これはあくまで新しい身分証が出来るまでに必要なものだ。冒険者ギルドや商人ギルド、街の身分証を作るまでの繋ぎさ」
「なるほど。じゃあ書けました」
「ん、見せてみろ……ん? お前、冒険者になりに来たのか?」
「はい、色々とやりたい事があるので……」
「そうか。まぁ登録できる年齢だから大丈夫だろう。あとは……うん、問題ないな。それじゃあ入場税として銀貨1枚が必要だが持ってるか?」
「はい、あります。どうぞ」
アイテムボックスから銀貨を取り出して、おっさんに手渡す。
「うん、確かに貰ったぞ。それじゃ手続きはこれで終わりだ。この羊皮紙を冒険者ギルドで登録する時に一緒に出せば良いからな」
「ありがとうございました。あ、ついでに聞きたいんですけど、冒険者ギルドの場所とオススメの宿屋を教えてください」
「お安いご用さ。冒険者ギルドは大通りを進んだ先にある大きな噴水から見える赤レンガの建物だ。分かりやすいからすぐに見つかるぞ。それから宿だったな。予算にもよるが、オススメは『妖精の瞬き亭』だ。女性冒険者御用達で、安全面も衛生面もばっちり、飯も美味い。良ければ行ってみてくれ」
おぉ、意外と良い情報が聞けたよ。ありがたいね。
まずはギルドに顔を出してみようかな。
「ありがとうございます、行ってみます」
そして門番のおっさんに見送られて、ようやくあたしはグリザークの街に入った。
何事もなく目的地に到着しました。
次回、絡まれます。




