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156、モカ式多重空鞘抜刀術・一刀万雷

 結論から言うと、キングの関節を狙う作戦は上手くいかなかった。

 その理由は至ってシンプル。


「こなくそッ!」


 ここに来て、キングの速度が上がったからだ。

 やられた!

 あいつ、満身創痍のフリをして、体力を回復させてたんだ。

 だからあたしの攻撃をワザと受けたり、意図的に回避速度を緩めていた。

 そのせいで、キングは少しばかりの体力を回復できた。

 その回復力は微々たるものだろう。だが、この状況においては、それは値千金となる。

 十全とまではいかないが、キングはその膂力による攻撃と回避が行えるようになった。その結果は凄まじいものだ。

 それまで自分から仕掛けなかったキングがここに来て反撃に転じる。

 跳び出したあたしの攻撃に完璧に合わせる形でカウンターが叩き込まれた。

 反応が出来なかったわけじゃない。

 ただ、この戦いの中で、あたしの体力と集中力はギリギリを行ったり来たりしている。だから、少しでもその均衡が崩れれば、それは砂上の楼閣のように簡単に崩れ落ちてしまう。

 それまでより少し早い程度の攻撃。

 でも、その差が今のあたしには命取りだった。


「あッ、っぐ――がはッ!?」


 カウンターに反応したのは良いものの、それを回避することも、防ぐことも、軸をずらすことも出来ず、振り抜かれた左拳の芯が、あたしの身体を捉える。

 その衝撃は右腕を失った時と比べれば、大したことはない。

 骨が折れたり、筋肉が千切れたり、内臓がぐちゃぐちゃになって血反吐を吐いたり、そんなことはない。

 せいぜい数秒の間、気を失ったくらいだ。

 だけど、その数秒が命運を分けるのが戦いの場だ。


「グガァァアァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 このキングの咆哮をあたしは聞いていない。

 吹き飛ばされて、半壊した家と瓦礫の山に叩きつけられた瞬間の記憶もない。

 意識が浮上したのはその直後。

 あたしの視界にぼんやりと見えたのは迫りくるキングの姿と、その上。

 上空から墜ちてくる一条の黒い光だった。

 そう、ここだ。

 今この一瞬が千載一遇の好機!


「あたしごとやれェェェェッ!」


 翼を畳み、まるでライフル弾のような形で、ワイバーンがキングを貫かんと墜ちてくる。

 知覚外からの超高速突貫攻撃。

 その質量と速度は、キングを守る筋肉ごと肉体を貫き、回避も不可能だ。

 背中の『支配杭』を破壊するには明らかに過剰だけど、それでいい。

 あたしの叫びにキングが気付き、頭上に視線を動かすがもう遅い。

 迫る黒い弾丸が、キングの身を食い破るその瞬間。


「は?」


 その瞬間を、あたしは見逃さなかった。

 ワイバーンの爪が、牙が、命が、キングを絶命させるための力が、直撃の瞬間にずらされた。

 いや、あの速度なら気付いた時点で回避することは不可能だ。

 じゃあ何故か?

 腹立たしいことに、その理由は単純だ。


「……最初から、警戒してたってこと?」


 それしか考えられない。

 だとしたら、このクソ猿、初めからあたしたちの狙いを読んでたってことだ。

 ただ、ワイバーンの突貫攻撃が不発に終わったわけではない。

 直撃を避けたが、ワイバーンの纏っていた風がキングの身体をズタズタに引き裂いていた。

 かなりの深手を負っているのにも関わらず、キングに倒れる気配はない。

 そして、キングに避けられたことで地面に着弾したワイバーンは気を失い、横たわっている。しかも、最悪なことにその体はもうボロボロだ。翼や足、首があらぬ方向へ曲がっていて、呼吸も小さくなっていた。

 これはマズイ。

 本当にマズイ。

 ワイバーンの攻撃によって深手を負っているはずだが、キングは歯を剥き出しにしてまだ吠える。

 ここで追撃されたら、ワイバーンもあたしも死ぬ!

 キングに殴り飛ばされたダメージが地味に効いている。すぐに起き上がって逃げないといけないのに!

 キングが足を引きずるようにこっちへ近づいてくる。

 身体中から血を流しながらも、その闘気を隠そうともせず、ただ左手を大槌のように握りしめ、フラフラとあたしを目指す。


「……っく、そ」


 激痛に歯を食いしばって上体を起こす。


「剣は……」


 殴り飛ばされた時に手放してしまったのか、あたしの横にグラディウスが転がっている。

 起こした上体をそのままグラディウス側に倒して剣を拾い上げると、今度は剣を杖代わりにして無理やりに身体を起こして、立ち上がる。


「あッ、ぐ……ぅぅう……がぁッ!」


 足が震え、視界も歪む。

 全身が引き裂かれるように痛い。

 喉の奥がチリチリと渇き、激しい頭痛にも襲われる。


「グガァッ!」


 立ち上がったあたしを見て、ワイズマン・エイプキングは拳を地面に叩きつけた。

 何度も何度も、そうして自分を鼓舞しているかのように強く、自分の方が強いのだと示威するために激しく、叩きつける。

 片腕が無いからドラミング出来ず、そうするしかないのだろう。

 でも、その覚悟は受け取った。


「あんたもあたしも……もう、満身創痍」


 腰の剣帯から下げていたグラディウスの鞘はもう壊れてしまっているが、なんとか鞘としての原型は留めている。


「だから……これが最後だ……」


 あたしはグラディウスを鞘へと戻す。


「あんたの拳と、あたしの剣。どっちが強いか……決めましょう……」


 今のあたしに、モカ式空鞘抜刀術を使う体力はない。

 でも、モカ式空鞘抜刀術を使わないと、キングの分厚い筋肉を断ち切れない。

 ならば、使わなくてはならない。

 連撃は不可能。

 せいぜい一撃。

 だからこそ、その一撃に全てを乗せなくてはならない。

 じゃあ、どうするのか。

 その答えはもう出ている。

 連撃が出来ないのなら、その一撃を連撃に変えてしまえばいい。

 空鞘抜刀術に、空鞘破りっていう新しいバリエーションが増えたんだ。

 これは斬撃にも使える。


「行くよ、グラディウス。ちょっとだけ……我慢してね?」


 グラディウスの柄頭を一度だけ撫で、柄に手を掛ける。


「モカ式多(・)重(・)空鞘抜刀術……」


 鞘から抜かれたグラディウスに『抜刀術』と『居合術』の攻撃力上昇補正が掛かる。

 普段なら、振り抜いた直後に空鞘を生み出してその補正が切れる前に次の補正値を乗せることでネズミ算式に攻撃力が増えていく。

 では、その鞘を幾重にも重ねれば?

 空鞘を斬り破っても次の空鞘が納刀状態を維持してくれるはずだ。

 そうして、幾重にも重なった空鞘を斬り破り、それ以降の斬撃に、最大補正を乗せられれば?

 あたしが放てる一撃はそのまま、最大威力の空鞘抜刀術となるはずだ。


「一刀――」


 拳を振り上げ、命の限りを尽くした咆哮をあげながら迫るキングに、あたしはグラディウスを静かに大上段に構える。

 グラディウスが纏った空鞘の数は12。

 その全てが、振り降ろされる瞬間に切り捨てられ、思った通りにその補正が全て刀身へと注がれる。


「グガァァアァァァアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」


「――万雷」


 大きく振り被ってから振り抜かれたキングの拳と、あたしの剣がぶつかるその瞬間。

 刀身の軌跡をなぞるように大気をも切り裂いたその斬撃は、万の雷が同時に落ちたかのような爆音と衝撃を伴った絶対的な破壊の刃となり、迫りくるキングの拳も、腕も、その巨体も、『支配杭』も、全てを一刀の元に斬り伏せた。


「…………あたしの」


 真っ二つに分かれたキングの身体が、ようやく崩れ落ちる。


「……勝ち、だね」


 カラン、と音がした。

 自分の手からグラディウスが落ちた音だ。

 その刀身は大きくひび割れ、落とした衝撃でバラバラに割れてしまった。


「あぁ……ごめんね、グラディウス。少し、無理……させ、ちゃった……ね……」


 体から力が抜けていく。

 意識が遠のいて……目の前が……真っ暗、に……。

薄れていく意識の中で思う。

 あぁ……みんな、無事だと良いなぁ。

 ぐらりと体が傾いて、そのままあたしは意識を手放した。



 戦いが、終わった。

必殺技回!

これにてワイズマン・エイプキング戦は終了になります。

ここまで来るのに、かなり苦戦しました。

めちゃくちゃ難しかった。


そして、モカの最後に使った技ですが、実はモカ式空鞘抜刀術・空鞘破りの応用です。

それでも出来るかどうかは分からなかったので、かなり危険な賭けでもありました。

上手くいって良かったね……


次回から、リザルト回が続きます。

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