152、助けにきたのは助けた子
私の放った溶岩の津波が西の草原を焼き尽くしていく。
だと言うのに、魔獣の数は思ったよりも減っていない。
その理由は単純明快なのよね……
「インポスター系のやつらでも厄介なのに、ここにきてラスボスのお出ましってわけ……しかも一番会いたくないやつって……最悪ね」
私の魔法によって被害を受けたのは、私たちに近い――つまり、最前線で戦っていた魔獣たちだ。
それ以外の魔獣たちは、青色の障壁によって守られていたのだ。
狙っていたインポスター系の魔獣のさらに後ろには、1体の魔獣がいた。
「度々目撃情報はあったけど、本当にいたとはね……」
その姿は異様で、異形で、悍ましい。
ケンタウロスというモンスターは知ってるかしら? 下半身が馬で上半身が人間のやつよ。それの反対を想像してみなさい。
上半身が馬で、下半身が人間。
焦茶色の体毛が全身を覆っていて、異様に耳が長くて、腕がない。
上半身の馬には目も鼻も耳も口が無い。
胴体というか首というか、とにかくその辺りに縦に裂けた大きな人間の口があるだけ。
嫌悪感を抱くようにわざと造られたとしか思えないようなその見た目に、私はただただ溜息を吐く。
「史上最悪の魔獣。悪夢にして厄災の獣。魔神の狂気によって生み出された3体の人工精霊獣の1体。人類の灯を奪うもの……ペルファイズ」
それは何をするわけでもなく、ただじっとそこに立っているだけだった。
吠えるでも、呻くでも、動き出すわけでも、攻撃をするわけでもない。
ただこちらを見つめて、微動だにしない。
「こんなとこで出会うなんて、すごい確率ね」
以前、マスターに教えてもらったことがある。
この世界には絶対に手を出してはいけない魔獣が3体いる、と。
人類の灯を奪うもの、ペルファイズ。
人類の歩を奪うもの、メデルカイザ。
人類の理を奪うもの、ディルデルタ。
もし出会ったらすぐに逃げろ、運が良ければ死なずに済むぞ、と。
ただ、世界中を彷徨うように動いているから、出会う確率は恐ろしく低いとかなんとか。
「あのマスターですら戦いたくないって言うほどの魔獣が……はぁ、やっぱり、あの小娘ってば疫病神の化身かなんかなのかしら?」
たまらずそうぼやいてみるけど、それで何が変わるわけでもない。
それに、ペルファイズは全く動かないし、どうやら戦う気もないみたいね。
「ありがたいと言えばありがたいんだけど……あいつを無視して魔獣の大群と戦うなんて自殺行為もいいとこね」
何よりも、火属性の魔法が完全に封じられてしまったのが痛い。
あの魔獣――ペルファイズは、火属性に類する全ての魔法を無効にして吸収できる。それだけじゃない。
「マスターが言うには、他の魔法も効かないわけじゃないけど、ほとんど吸収されて回復されちゃうらしいし……どうしようかしら?」
戦局は少しばかり停滞を始めている。
私の魔法で敵の前線は壊滅。こちらも、自分の人形たちに被害を出さないように下がらせていたから、ぽっかりと空白地帯が生まれていた。
とはいえ、敵の魔獣の数は思ったよりも減っていない。
「いや、減ってないっていうか、減った分だけ増えてる感じかしら? はぁどれだけ蓄えてたのよ……」
さっきの魔法で一気に殲滅できていたら楽だったのに……って、考えてもしょうがないか。
「ペルファイズは無視して……地道に倒していきますか。それに、さっきの白い光も気になるし、さっさと向こうに――」
その時だった。
「なッ!?」
確かに聞こえた。
耳をつんざくような咆哮と、腹に響くような重低音。
それが何を意味するのかまでは分からないけど、それが王都の中から聞こえてきたのが問題だ。
圧倒的な威圧感がここまで届いてくるなんて異常よ!
さらに問題なのは、その咆哮がこの魔獣の軍勢にとって、最も効果があったことね。
この咆哮によって、ワイズマン・エイプを始めとする魔獣たちは呼応するように雄叫びを上げて、戦意高揚の兆しを見せる。
「本当に何なのよ! 王都で何が起きてんのよ!?」
確かギルドのブリーフィングの時に、王都の地下に魔獣がいるとか何とか言ってたけど……まさかこんなやばい奴がいるなんて思わないわよ!
「あの小娘……大丈夫かしら?」
半狂乱にも似た様子の魔獣の群れが動き出すのと、私がそう呟いたのは、ほぼ同時だった。
統制を失ったかのようにバラバラに動き出した魔獣たちは、それまでのように広範囲に広がって前線を押し上げるのではなく、まるで鏃のように固まって一点を突破しようとしている。
だが、どんな行動を取ろうとも、私と私の人形たちは抜けないわよ?
「人形たち! 密集陣形! 一匹も通しちゃダメよ!」
私の号令によって人形たちが集結し、半分の人形が魔法の武器を魔法の盾へと変え、陣形を組む。
その後ろに槍兵が、その後ろには魔法兵、さらにその後ろに弓兵が。
こうして陣形を組み、魔獣たちを待ち構えようとしていると、更なる問題が舞い込んできた。
「今度は何よ!?」
冒険者としての勘というか、空気の変わり方というか、とにかくそういう変化が私の肌をチリチリと撫でつけてくる。
こういう時の直感は嫌なくらいに信用できるのよね。
「森から……何か、来るッ!?」
魔獣の軍勢に応援が来たのか? とも思ったけど、どうやら違うみたいね。
それまで微動だにせずに私たちを見つめていたペルファイズが、身体ごと森の方へ向いたのだ。何かあるに違いない。
魔獣たちの応援ではないことが分かったのは、後続の魔獣たちも同じように振り返って、森に向かって威嚇をしていたからだ。
そして私が見たのは、なんともまぁ、意外な光景だった。
「ワ、ワイバーンと……双頭蛇ぃ!?」
森の木々を薙ぎ倒しながらこちらへ向かってくる巨体は紛れもなく双頭蛇だ。
その頭上を悠々と飛んでいた2体のワイバーンが急旋回を経て、急降下し、双頭蛇の両隣に降り立った。
「ここに来て新しい魔獣が……あん? 待って? あの魔獣たち……まさか……」
ワイバーンが2体同時に吠え立ち、翼を大きく広げる。
それに挟まれるような双頭蛇は2つの頭をゆっくりと上げ、その巨体を起き上がらせた。
ワイバーンの口元には轟々と火炎が漏れ出ており、双頭蛇の眼前に2つの魔法陣が浮かび上がっている。
「グリュゥゥゥゥゥゥン!」
ワイバーンの咆哮と共に極大の炎弾が放たれ、それに続くように双頭蛇からも、風の刃が混ぜ込まれた竜巻と、土の礫が練り込まれた巨大な石柱が放たれた。
巨大な炎の弾は着弾と共に弾け飛び、広範囲に火炎の嵐を巻き起こしているが、おかしなことにペルファイズの障壁によって無効化されていない。
「どういうこと?」
と、私はワイバーンたちから視線を戻してペルファイズを探したんだけど、戦場にペルファイズの姿はもう無かった。
「逃げた……わけじゃないわよね? 何だったのかしら……まぁいいわ!」
ワイバーンの炎弾だけでなく、双頭蛇の異なる2つの魔法も、しっかりと魔獣たちを撃破したようで、風の刃によって細切れにされたり、石柱によって押しつぶされていたり、その石柱から散弾のように放たれた土の礫にやられたりと、戦局は一気に傾いた。
既に突撃を始めていた魔獣たちも、私と私の人形たちを蹂躙できるはずもなく、全てが返り討ちとなって、戦場に残っている魔獣は、私の人形の数よりも少なくなっている。
討ち漏らしを人形たちで片付けながら、私はゆっくりとこちらへ向かってくるワイバーンと双頭蛇を、念のために警戒しつつも手招きした。
「見た目だけじゃ分からないけれど……小娘が助けた個体よね?」
私の手招きを受けて、ワイバーンたちがまっすぐにこっちへやってくる。
先ほどまでの雰囲気とは違って、のほほんというか、のんびりというか、楽しそうな足取りをしているけど……やっぱりそうよね?
「あなたたち、あの小娘が助けた個体よね?」
声が届くくらいの距離まで近づいてくれたけど、やっぱり慣れないわね。
私が魔獣にそう問いかけると、双頭蛇がゆっくりと頷いてくれた。
あぁ、勘違いじゃなくて良かったわ。
「もしかして、私を助けに来てくれたの?」
そう尋ねたけど、今度は首を横に振られてしまった。あれ? じゃあなんでここに?
「じゃあ魔獣の軍勢を倒しに来ただけ?」
しかし、また首を横に振る双頭蛇。だが今度は首を振った後に頭をもたげて、私の後ろ側を見つめる。
「……あぁ、そういうこと」
その様子だけで、私は分かった。
「あの小娘のとこに行くのね?」
どうやら正解のようだ。
ワイバーンと双頭蛇が嬉しそうに鳴いてるんだもの。
「小娘、危ないの?」
今度は首を縦に振る。
「そう……分かったわ。じゃあ、行きなさい! あんたたちの事はこっちで報告しておくから!」
どうやらこの子達は私の言葉をちゃんと理解しているようね……はぁ、何だが不思議な気分だわ。
「冒険者や兵士、騎士たちには、あんたたちはあの小娘の従魔だってことにしておくから、小娘のところに行くまでは大人しくしてなさい!」
ぶんぶんと首を縦に振った双頭蛇が、いきなり私に顔を近づけてきて、ぺろりと私の頬を舐めた。
「うひぃん!? ちょっと! いきなり何すんのよ!?」
双頭蛇は楽しそうに鳴いて、ワイバーンたちに目配せをした。
それを受けて、ワイバーンたちは翼を大きく羽ばたかせてホバリングを始めると、その鋭い鉤爪で双頭蛇を掴んで、そのまま持ち上げて飛び上がる。
「………もう、何でもアリなのね」
強い風圧に飛ばされないように踏ん張りながら、ワイバーンたちの姿を追う。
そのままワイバーンたちは王都に向けて空を進み始める。
小さくなっていくその影を追いかけながら、私は肩に止まる白い鳩に魔力を流した。
「……あ、ギルマス? これからそっちに2体のワイバーンに掴まれた双頭蛇が行くんだけど、それ、敵じゃないから、絶対に手を出させないで……は? 知らないわよ! 私じゃなくて、あの小娘……モカのせいよ! はぁ!? 私はあの小娘の保護者じゃないのよ!? ……そんなの小娘に面と向かって言いなさいよ! 私はここの残りを片付けたら他のとこの応援に……うるさい! そっちで何とかしなさいよ! じゃあね!」
鳩に流していた魔力を切って、私は大きな溜息を吐き切る。
「あそこまで懐かれてるって……才能なのかしらね……私も、従魔欲しくなってきちゃった……」
呟きながら、私は西の草原に残っている魔獣たちの駆除を始めた。
こんな感じで、ワイバーンと双頭蛇はモカの元に向かいました。
メルツェナさんが遭遇したペルファイズですが、2章の始めの方でモカが出会った逆ケンタウロスです。
久しぶりの登場ですね。
このペルファイズは、三大魔獣とも呼ばれる魔獣で、唯一無二の個体です。
その力はAランクオーバーのユリシュ=ダヴラですら戦いを避けるレベルですが、倒せないわけではありません。戦えば勝てるけど、それよりも戦いの余波で周辺がどえらいことになる、ってだけです。




