151、どうして君たちが?
真っ暗な水中を、ゆらゆらとたゆたっているような気がした。
全身から全ての力が抜けてただ流れに身を任せて、ゆらゆら、ふわふわ。
体を動かそうとは思えない。
いや、動かそうと思っても動かない。
指も手も腕も足も下半身も上半身も首も。
だからあたしは、ただ真っ暗な世界をたゆたう。
闇の中で、あたしは何も考えない。
ただ静かに休みたかった。
どれくらいの時間そうしていたのか……1秒? いや、1年くらいにも感じる。
分からないけど、ふと瞼に光が見えた。
淡い緑と黄色の光。
それはとても暖かくて優しい光。
すごく眩しい。
あぁ、闇が晴れていく……そろそろ、起きないと。
グッと、身体が浮上するような感覚に襲われる。
まるで一本釣りされているかのような感覚だ。
ふと、意識が覚醒するような気がした。
「………………えっと……」
両頬に暖かいけど、少しザラザラしてヌメヌメした感触がある。
「………おはよう?」
目の前にいたのは、2つの頭を持つ巨大な蛇――双頭蛇だった。
双頭蛇は一瞬だけ驚いたように震えると、嬉しそうに目を細めて、その鼻先をあたしにこすりつけてきた。
あぁ、やっぱり。
この子、西の山であたしが助けてあげた子だ。
「君、あたしが助けてあげた子、だよね?」
そう尋ねれば「きゅいー」と嬉しそうに鳴く。
そっか、やっぱりそうなんだね。あれ? でもどうして君がここにいるの? というか、ここは……?
「……そうだ! キングは!?」
ようやくあたしは自分の置かれた状況を思い出す。
あたしはキングと戦って、それから……
「腕が!?」
思い出した。
キングと戦って、あいつの右目を抉ったのと引き換えに、【理切】ごと腕を持っていかれたんだ。
視線を右腕に落とす。
血がドバドバと噴出している……というわけではなく、何故かピンクの肉がぼこぼこと盛られているような見た目になっていて、血は出ていない。
しかも、他の細かい傷とかも綺麗になっているし、体力も回復していた。
「もしかして、君がやってくれたの?」
恐る恐る聞いてみると、2つの頭が互いを見合い、それからゆっくりと頷いた。
「回復魔法まで使えるんだね……すごいね」
あたしは残っている左手で交互に2つの頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めて機嫌よさそうに鳴く。
「えっと……ありがとう、なんだけど……なんでここにいるの? というか、どうやって?」
聞いたところで、この子が流暢に言葉を話して説明してくれるはずもない。
双頭蛇は可愛らしく首を傾げる。
「えっと……君1人?」
今度はちゃんと答えてくれた。
首をフルフルと横に振る。
ふむふむ。1人じゃあないんだね? ってことは……まさか……
「あのワイバーンたちも一緒?」
今度はゆっくりと頷いてくれた。
「そっか……」
辺りをキョロキョロと見渡してみると、どうやら誰かの家みたいだ。
だけど、全壊に近い半壊のような状況で、そこにこの巨大な双頭蛇がいるんだから、もうこの家はダメだね……いや、土台だけは無事かな? って、そうじゃない!
「キングを倒さないと……」
軋む体に鞭打って、あたしは立ち上がろうとしたが、上手くはいかない。
「――っ!?」
力を込めて身体を起こそうとした瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
右腕を失った身体は、引き止めるものを失った振り子のようにあっけなくバランスを失い、立ち上がるどころか、失われた右肩の方から前傾するように、あたしは無様にも崩れ落ちた。
「あれ? おかしいな……腕が無くなっただけで……」
倒れ込んだあたしを心配するように双頭蛇が顔を寄せて、ぺロペロと頬を舐めてくる。
「あはは、くすぐったいよ! でも、ありがと!」
あたしは腰にあるもう一振りのグラディウスを抜いて、杖代わりにして立ち上がる。
「よっと……うん、ちょっと動けばこの状態にも慣れるかな……」
立ち上がって、左手でグラディウスを振ってみるけど、思うような剣筋をなぞれない。でも、今は無理やりにでも慣れるしかないね。
「行かなきゃ……」
呟いて外に出ようとすると、双頭蛇は心配そうに寄り添ってくれる。
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとね。でも、早くキングを止めないと……」
そう言うと、双頭蛇は示し合わせたように互いに目配せをしてから、自分の背中を見つめる。
「……もしかして、乗れって言ってる?」
あたしが首を傾げながらそう言えば、嬉しそうに頷いてくれた。どうやら正解だったみたいだ。
「乗せてくれるのは嬉しいけど……もしかして、キングのいる場所って遠いの?」
あたしの言葉に、双頭蛇はフルフルと首を横に振る。
遠くないってことは、まだ近くにいる? あぁ、まぁそうか。あたしがキングの右腕を落としたのと、目を攻撃したから、キングもそれなりに消耗しているんだ。
となれば、満身創痍とまではいかないけど、それなりに消耗しているはず。だからあまり遠くへは行けていないんだろう。
それに。
「もしかして、ワイバーンたちが足止めしてる?」
「きゅるぅぃ!」
大正解! って言っているみたいだ。
でも、そっか……あの子たちも……
「……助けてくれてる、って、自惚れてもいいのかな?」
言葉にするとちょっと恥ずかしいね。
でも、そうだと嬉しいな。
なんか照れるというか、恥ずかしいというか、心がぞわぞわするような感覚に体が痒くなる。
「たはは! なんか、恥いね、これ!」
顔を寄せてくれた双頭蛇の頭を交互に撫でつけて、あたしは双頭蛇の背中へと飛び乗る。
でも、やっぱりバランス感覚がまだ調整できていないから、怖いな。
「よし! それじゃあ行こう!」
あたしの号令と共に、双頭蛇は機嫌よく鳴き、家の瓦礫を押しのけながら、動き出した。
半壊した家屋から出ると、目の前に広がるのは破壊の跡だ。
あたしが吹き飛ばされて気を失ってからどれくらいの時間が経ったかは分からないけれど、キングが倒れていた場所には大量の血が水溜まりとなっていた。
そこから点々と血の跡が王城の方へ向かっているんだけど、その先に視線を移すと、少し行った所では、30メートルの巨体を有するキングと、空を旋回しながら火炎弾を吐き出す2匹のワイバーンの姿が見える。
「見えた!」
ワイバーンたちは旋回しつつ、炎弾で牽制。隙を見て急降下して鋭い爪で攻撃をしている。
片方が急降下すれば、もう片方が炎弾を放って足を止め、攻撃が終われば羽ばたきで風の刃を生み出して、空に戻るのを手伝う。
見事なコンビネーションだ。
「きゅりゅぅい!」
双頭蛇が鳴けば、ワイバーンたちが歓声を上げる。
だが、それは同時にキングにもあたしの存在を知らせることになるのだ。
あたしと同じで右腕を失い、右目も失っているにも関わらず、その存在感も、威圧感も、未だ健在だ。
いや、それどころか、余計にひどい状況のように思える。
殺気や怒気が今まで以上に膨れあがっていて、それまで以上に血走った瞳が双頭蛇の背中に立つあたしを捉えた瞬間、強大な覇気となって周辺の空気を重くした。
「グオォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!」
大気を震わせるほどの咆哮を受けた瞬間、足が震えるような恐怖に襲われる。
恐怖に足が竦む、なんて経験はいつ以来だろう?
BLOの中では……本当に初期の頃だったかな?
強くなって、【剣神】になって、最高難度のダンジョンに潜って、ボスとしての【剣神】に挑んだ時も、怖くて足が動かない、なんてことは無かった。
でも、その前。
初心者だった頃に、一度だけあったね。
思い出したくもないけれど、あれは、あたしが【剣神】を目指すきっかけだから、忘れられるはずもない。
「はは………本当に、死ぬ気でやらないと、ここで終わっちゃうね……」
自分の耳にも届かないくらいの声量だというのに、双頭蛇は不安そうに頭を上げて、心配そうにあたしの顔を覗き込んできてくれた。
「ごめん、心配させちゃったね」
その不安そうな瞳をしっかりと見つめ、2つの頭を交互に撫でてあげる。
「でも、大丈夫」
そう。
いくら恐怖を感じたって。
いくら死に直面したって。
あたしは負けない。
負けられない。
負けたくない。
だって――
「だって――」
そう。
それこそがあたしだから。
「――あたしは【剣神】だからね!」
キングに殴り飛ばされたモカは気を失い、右腕も失い、正直なところ、生死の境を彷徨っていました。
失血死直前、って感じです。
ですが、ギリギリの場面で双頭蛇くんが駆けつけてくれて、回復魔法を使ってくれました。
右の子が大きな傷を治す『光の御手の奇跡』。
左の子が体力を回復する『重篤を癒す光の雨』。
どうやって双頭蛇くんとワイバーンがモカの元へ来てくれたのかは次回!




