149、交錯する瞳の奥には
戦艦すら一太刀の内に沈めるほどの巨剣が投擲による加速を得て、キングへと落ちていく。
暴れ狂う風の刃に脅威を感じ取ったのか、キングは頭上を見上げて、それを受け止めようと手を伸ばした。
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!」
吠えながら、風の刃を受け止めた瞬間、キングはそれが悪手であったと知ることになる。
暴風を纏った巨剣は、ただ大きい剣というわけではない。絶えず渦巻く嵐はそれだけで掘削機のように全てを削り取るのだ。それはいくら頑丈な体毛や皮膚を持っていたとしても関係ない。
だから、キングは斬艦剣を受け止めるのではなく、避けるべきだったのだ。
ギャリギャリと、おおよそ生物が出すような音ではない音と共に、火花が舞う。
そして、今こそが千載一遇のチャンスだ。
「モカ式空鞘抜刀術」
投擲した【理切】ではなく、もう1つの得物であるグラディウスを構えながら、『天駆』によって宙を蹴って加速したあたしは、キングに肉薄する。
凄まじい風圧とぐちゃぐちゃになった風の流れに揉まれながらも、あたしはキングの背面にあるであろう『支配杭』を狙う。
流石に【理切】に比べるとグラディウスは使いにくいし、攻撃力も劣っている。だけど、それでいい。
この攻撃でキングを倒すわけじゃない。あくまでキングを支配している杭を破壊するだけだ。
だというのに、あたしがキングの背面を見た瞬間、その期待は裏切られた。
「杭が無いっ!?」
どういうこと!? 地底湖で因果断ちの回路で見たときには背中から黒い鎖のモヤが出ていたのに!
「って、考えられるのは1つだけ! 背中に埋め込まれてるんだ!」
こうなってしまえば『支配杭』を破壊することは難しい。だったらどうする? 杭を抉りだす? そんな隙があるはずない。
だったら、もう……やるしかない。
もう助けられない。
命を絶つまで、キングは止まらない。
ならば、ここで終わらせてあげるしかない。
あたしは大きく息を吸い込んで心を落ち着けて、考えを改める。
「ごめんね……」
心の底から謝る。
ワイバーンや双頭蛇のように救えなくて、本当にごめんなさい。
そして、あたしは心を鬼にして強制的に思考を切り替える。
すぐに腰を落として跳躍し、狙いを変えて、キングの脇腹や背中、首筋を切り付ける。
「グラァアアッ!」
耳元を飛ぶ蚊のようにウザいだろう。
傷をつけられない攻撃だが、その集中力を乱せば斬艦剣を防ぐ力にも乱れが生じる。
「まぁ、それだけじゃないんだけどね!」
虫を払うかのように、キングは片手をぶんぶんと振り回す。
そんなことをすればどうなるのか。
バランスを欠いたキングは、斬艦剣を抑える力を乱し、ズルっと滑ってそのまま巨剣による断撃をその身に受けることになる。
だが、流石は知能を持つ魔獣。
斬艦剣によって串刺しにされるような事はなく、キングはその巨体をずらして直撃を避けた。
「オオオオオォォォォォォォォンンンン!?」
その結果、斬艦剣の切っ先がキングの右肩から右腕を抉るように地上へと墜ち、収束していた嵐が一気に開放され、吹き荒れると同時に、キングは大きくよろめいて仰向けに倒れ込む。
貯めこまれていた暴風が地表を舐めるように地上を駆け抜け、更なる被害をもたらす。
砂塵と共に家の瓦礫や岩などが巻き上げられ、そのどれか1つにでも当たればそれだけで即死するであろう必殺として降ってくる。だが、それはあたしのような人間に限った話で、キングにとってはさほど脅威でもない。
「ここッ!」
でも、足は止まったし、周囲への警戒もこの一瞬だけは薄れるし、何よりも、降り注ぐ瓦礫から顔を守るために、無傷の左手で顔を覆って防いでいる。
「モカ式空鞘抜刀術・空鞘破り!」
機動スキルの力を借りて、跳び上がり、降り注ぐ瓦礫を足場にして、仰向けのキングの右肩の傷を狙う。
瓦礫を蹴って、地上に向けて跳躍すればその速度がそのまま威力へ変換される。
「グラァアアッッッッ!?」
その結果、乱数三段突きは寸分違わぬ精度で斬艦剣の抉った傷口に吸い込まれ、血しぶきと共に分厚い肉を貫き、太い骨にまで届く。
「くっ! やっぱり突きだけじゃ無理か! だったらこのまま吹き飛ばす!」
だが、太すぎる骨に傷はつけられても、折ったり切ったりまでは出来なかった。
ならその次のやることと言えば、中から断ち切ることだ!
「飛撃!」
刀身から斬撃を飛ばすスキルを突き技で使えばどうなるのか。
その答えはこうだ。
「飛撃! 飛撃! 飛撃! 飛撃! 飛撃! 飛撃! 飛撃!」
小刻みにグラディウスを動かして、まるでミシンのようにキングの傷口に刀身を突き刺す。それだけで、突きによる刺撃がキングの分厚い皮膚の内側から肉を裂いて強烈な痛みをキングに与える。
キングは初めて感じたであろう苦痛に、大きく身を捩って暴れまわり、叫び声をあげる。
癇癪を起した赤ん坊のように手足をバタバタと動かして何とかして痛みから逃れようとするが、それはあたしにとっては好都合だ。
「そんなに動いたら、傷口が広がっちゃうよ!」
巨体が暴れまわる中、あたしは降ってくる瓦礫と、キングの不規則な手足の動きを回避しながら、ほぼ半分ほどが抉れて骨がむき出しになった右腕に狙いを定める。
「モカ式空鞘抜刀術!」
乱数三段突きによって出来た骨の傷を起点に、あたしはグラディウスを振るう。
暴れまわって狙いが定まらないのだが、それでも一定の精度と安定感を維持しつつ、攻撃力の上がった連撃を叩きこんでいく。
骨が削れ、骨に付いた傷が広がり、亀裂が走り、そして最後にはそうなるのが当然と言わんばかりに、太い骨がバターのように綺麗に断ち切られた。
「あとは力技で――」
骨を切断した瞬間のキングの咆哮は、衝撃波となってあたしを襲う。
ビリビリと空気が震え、至近距離で受けたせいで、その衝撃に弾き飛ばされ、音が死んだ。
「っぐ――飛撃!」
だけど、その間際にあたしはグラディウスを振り切り、斬撃を飛ばす。
吹き飛ぶあたしとは正反対に飛んでいく斬撃は、咆哮にもかき消されずに、ぶらん、と肉と皮だけで繋がっているキングの右腕を見事に切り落とした。
噴水のように血を撒き散らすせいで、周囲がどんどん真っ赤に染まっていく。
あたしは空中で体勢を整えながら、地面を転がるように跳ねて着地する。
「痛てて……おでこ、切っちゃったな……」
流石に降り注ぐ瓦礫や家の破片の全てを避けきることは出来なかったみたいだ。そのせいで額を切ってしまい、ダクダクと血が流れて右目の視界が紅く染まっている。
「【理切】、回収しなくちゃ!」
未だ痛みにのたうち回っているキングに注意を払いつつ、深く踏み込み、斬艦剣の着弾地点へと駆ける。
ようやく斬艦剣による二次被害も収まっていて、降ってくるものはもうない。
すでに風の刃は霧散し、地面に深々と刺さっている【理切】に手を伸ばす。柄を掴みながらそのままぐるんと方向を転換しつつ、遠心力を使って引き抜き、すぐさまキングの急所を狙う。
のたうち回り、傷口を抑えているキングには悪いけど、ここで勝負を決めさせてもらうよ!
「モカ式空鞘抜刀術・空鞘破り! 乱数三段突き!」
霞の構えから放たれる三段突きがキングの右目を捉える。
目が合った。
知性の欠片もない、どす黒い赤に染まった瞳と。
何一つとして感情の読み取れない伽藍洞のような瞳は、ただまっすぐにあたしを見つめている。
迫りくる【理切】の切っ先を見つめ、その切っ先が瞳に届き、そして――
「なッ!?」
その瞬間は、全てがスローモーションのように見えた。
【理切】の切っ先が瞳を貫き、ぶちゅり、と嫌な感触が手に伝わり、そのまま勢いを殺すことなく、右の手首、腕、二の腕までがキングの眼球に埋まる。
これで飛撃を放てば、キングは脳漿をぶちまけて絶命するはずだった。
だから、これはあたしのミスだ。
ワイズマン・エイプキングがこれを狙っていたのだとすれば、あたしはその知力に敬意を払わざるを得ない。
逆に、これが野生の勘、ずば抜けた戦闘的センス、本能的な防御本能だと言われても、あたしは驚かない。
「ンぎィッ!?」
キングが思い切り力強く、瞼を閉じた。
バツンッ!
鋏か裁断機か、あるいはギロチンか処刑人の剣や斧か。
とにかく。
その一瞬で閉じられた瞼は、それらに匹敵するほどの切断能力を有していた。
そして、それは。
「――――ッッッッッ!?」
ブヂンッ! と、あたしの右腕を見事に切断した。
それら一連の流れが、スローモーションで見えていたあたしは、何が起きたのかを理解は出来ていたけど、それを受け入れることまでは出来なかった。
ただ、脳が現実を受けいれることを拒否したおかげで、腕を千切り取られたという視覚情報と痛覚がリンクせず、部位欠損という視覚的にも痛覚的にも重大な痛みを感じるまでにタイムラグが発生する。
だけど、それは同時にキングにも言えることで。
目の前で右目を抉られたキングは、あたしと同じように痛みのタイムラグによって、のたうちまわることはせずに、ただ、右肩の傷口を抑えていた左手を大きく振るって、あたしの体に真横から裏拳を叩きこんできた。
その巨体が持つ強大な膂力をもろにくらったあたしは、骨が砕ける音、筋肉が断裂する音、血管が切れる音……色んな音に包まれながら真横に吹き飛び、まだ無事だった家屋に叩きつけられ、そのまま家屋の倒壊の下敷きとなった。
モカでさえ苦戦する強敵のワイズマン・エイプキング。
その戦闘センスは魔獣の中ではずば抜けています。
知力だけで言えば古龍種の次に高いかもしれません。
そして、怖いのは基本的には魔獣を含む生物には死の恐怖があります。死にたくないから、危ないもの、ことには近づかない。強敵だと思ったら即逃げる。という感じで本能に沁みついています。
ですが、支配鍵によって支配された魔獣は、与えられた命令を遵守しなくてはならず、理性を取り払われているため、半ば本能的に動くのですが、命令を実行するためであれば死を恐れずに襲い掛かってきます。
これほど恐ろしいものはありませんね。




