147、燎原の火
鳩に問いかけたというのに、誰からも返事がない。
まぁ、フルーナは物理的に返事が出来ないのはしょうがないけれど、他の2人まで返事がないと不安になるわね……まさかとは思うけど、私のところが一番弱いのかしら?
「流石にやられたとは思えないし、そんな報告もないから……楽しくなっちゃって暴れているのかしらね?」
メルツェナのその言葉は、まさに正解だ。
特にAランク冒険者ともなれば、依頼であっても自由気ままに戦う事は許されない。
上にAランクオーバーがいるとはいえ、彼らは例外中の例外であり、実質的に冒険者ギルドの顔と言えば彼らAランク冒険者なのである。
それ故に、Aランク冒険者は他の冒険者の指標となり、同時に新米や、これから冒険者になろうという者たちの憧れでなければならない。
よって、通常の依頼や指名依頼などで戦闘が発生する場合、基本的にはスマートかつクールに戦わなくてはならない……と、Aランクに昇格した際に教えられるのだ。
だからメルツェナを含む全てのAランク冒険者たちは、羽目を外すための方法を常に模索している。
いい例が、世界各国で開催されている武闘大会への参加だ。
自分の強さを再確認する意味でも、日頃の鬱憤を晴らす意味でも、Aランク冒険者たちは大会に出場するのだ。
そんなAランク冒険者だが、やはり数の暴力に抗うのは大変だろう。
「ペルガは……まぁ、暴れるって感じじゃないけど、あいつはとにかく手数が多いから、通信している暇がないのかもしれないわね」
十指弾・ペルガ。
Aランク冒険者である彼は、両手の指に嵌められた10個の指輪型の魔法発動体を使うことで、10本の指からそれぞれ異なる属性、異なる魔法、異なる発動時間で、魔法を使うことが出来る。
デコピンの要領で魔力を撃ちだし、相手を完封することも可能だ。
「ギリアンは……楽しくなっちゃっていると思うのよねぇ。ど真面目ちゃんだから、良いストレス解消になっているんじゃないかしらね」
居合拳・ギリアン。
同じくAランク冒険者の彼は、奇しくもモカと似たような魔法使いだ。
ズボンのポケットを鞘に見立て、そこから拳を抜拳し、鞭のようにしならせた拳と腕に魔力を纏わせて、鞭や槍のように攻撃する。その速度は常人では反応できず、拳が見えたと同時にノックアウトしているだろう。
「………フルーナは、もう心配するだけ無駄でしょうね」
眠り姫・フルーナ。
彼女もAランク冒険者ではあるが、例外的なポジションだ。
この世界でただ1人、彼女にしか扱えない特殊な魔法の使い手である。夢遊魔法と呼ばれるその魔法は、自らに睡眠魔法を掛けて眠り、睡眠中に戦うというものだ。
あまりに特殊すぎて、研究対象としていろんな機関に狙われたので、保護する意味でも異例のAランク昇格なのだ。
その力は同じAランクのメルツェナをもってしても規格外と言わざるを得ない。
他の3人と一緒に全力で戦って勝てるかどうか、といったところか。
「ま、便りがないのは元気な証拠、って言うしね。あいつらならそう簡単に負けるはずないか」
自身の眼前にまで迫ってきていたワイズマン・エイプをメイスのような杖で殴り殺しながら、彼女は思案する。
「雑魚の相手は人形たちで事足りるけど、B級以上の魔獣と、あの木の魔獣たちは少し厄介ね……」
こういう時、本来であればバックアップにマスターがいるんだけど、今回に限ってマスターに出撃命令は出ていない。
それもそうか。
マスターにお願いしたら、王都が巨大なクレーターになってもおかしくないものね。
「よし! それじゃあ人形たち! 雑魚の相手は任せるわ。各自孤立しないように、自由に戦いなさい! 私はあのデカブツを叩くわ!」
もう既に人形たちは、進軍していた魔獣の3分の1程度は倒しているが、どこにそれほどの数が潜んでいたのかと疑うくらいに、まだ魔獣の数は増えている。
2万の軍勢って聞いていたけど、もしかして、全体で2万じゃなくて、各方面で2万だったのかしら?
「……だとしたら、ちょっととちったかしら?」
だけど、やることは変わらない。
あたしと、あたしの愛する王都にたてついた報いをしっかりと受けなさい!
「私の護衛は気にしなくていいわ! それと、取りこぼしても無理に追撃はしないこと! 後ろには他の冒険者たちもいるんだからね!」
人形たちに自我はないし、本当に簡単な命令しか受け付けず、自立行動も拙いけれど、それでも可愛い我が子だ。
戦う以上、失うことは覚悟しているけど、それでも失わない努力を怠らない理由にはならない。
「それじゃあ行くわよ!」
私は、基本的に火属性の魔法に適正がある。だからマスターはそれ以外の属性魔法についての見識を深めるように、と教えてくれた。
そうすることで、他の属性が火属性に与える影響を教えてくれたのだ。
「古の誓約は時空の檻を穿ち、果てなき深淵より、我が声に応えよ」
風魔法で空気を送ることで、もっと燃え盛る。
水属性を併用すれば、肌を焼く高温の雨を降らせることだってできる。
土属性を使えば溶岩を作り出せる。
「焦土の記憶を刻みし黒鉄の鎧。永劫に渡る炎を纏いし誉れ高き無窮の騎士よ。天地に満ちたる紅き焔を打ち叩き、鍛え給いしその刃」
他にも、火を強くするためにはどうしたらいいのか、逆にどんなことをされれば弱くなるのか、骨の髄までしっかりと刻み込んでくれた。
だからマスターには感謝しているし、まさか自分がAランク冒険者にまで駆け上がれるとは思わなかった。
「太古の栄華を原初の炉に据え、古き盟約を薪とし、万象の理を融解せしめる浄化の焔よ! 其は開闢の光と共に焦熱の本流となりて、一切を灰燼へ帰す夢幻の火種なり!」
詠唱をする私を守るように人形たちは位置取り、魔獣を確実に倒していく。
人形たちを操る術を見出してくれたのもマスターだ。
私が弟たちを喜ばせるために独学で学んだ操糸魔法で人形を動かすだけでなく、魔獣のぬいぐるみを動かして遊んだりしていた。
そのうち、操る人形でいろんな事が出来るようになってくると、マスターは操糸魔法についての見識も教えてくれた。
「汝、太古の天頂に君臨せし、火と硫黄の神罰を司る主柱! ヴェルザナーグの顕現を以て、我らに仇なす怨敵を滅却せよ! 広がり歩む万象の全てを灰燼と為せ!」
私も火属性魔法よりもそっちの方に傾倒しちゃって、他を疎かにしちゃった実感はあるんだけど、別に後悔はしていない。
ただ、そのせいで、上級クラスの魔法に関してはまだ無詠唱での発動が出来ないのよね……まぁ、困っていないから良いんだけど?
「さぁ、消し炭になりなさい! 『燎原迸る理滅の火砕流!』」
詠唱を完成させた私は、照準を奥に見える木の魔獣の集団に合わせる。
その瞬間、足元に広がっていた深紅の魔法陣が眩い光を放ちながら明滅し、光の柱を立ち昇らせる。
光の柱が天高く伸び、急激に細くなっていくのと同時に、私の足元に大きな亀裂が発生した。
それは身体を奔る血管のようにも見えるだろう。
その亀裂からどす黒い光が漏れ出ているが、すぐに収まり、一拍の後、亀裂が広がり地面のそこから真っ赤に煮えたぎる溶岩が噴出する。
噴水のように勢いよく湧き出す粘り気のある溶岩は、まるで意思を持つかのようにうねり、地表を舐め尽くすかの如く木の魔獣へと一直線に奔る。
その溶岩に触れた魔獣を一瞬で焼き、灰燼に変えながら、焦土を広げていく。
「っく! やっぱり制御が難しい!」
余計な被害を生み出さないようにしているつもりだけど、火砕流は思っている以上に広がってしまい、草原を焼き尽くしていく。
「だぁ! 言うこと、聞きなさい!」
細心の注意を払いながらも、さらに精密な制御を求められ、そこに人形たちの操作も加われば、脳での処理が追い付かなくなりそうね。
「こなくそ! 人形たち! 少しだけ自分たちで動きなさい!」
人形の制御を手放して、魔法のコントロールにだけ意識を割くと、少しだけ楽になった。
「長くは無理ね! 最速で終わらせるわよ!」
火砕流の制御を緩めず、狙った木の魔獣たちを全て灰にするまで、私は止まれない。
そんな時だった。
王都に白い光の柱が立ち昇ったのは。
それが何を意味するのか、この時の私はまだ知らない。
メルツェナさんの奮闘。
一方その頃、モカはキングと戦闘中。
メルツェナさんが最後にみた白い光の柱は、キングが地底湖から地上へ放った極太ビームです。
とりあえずメルツェナさん回はこれでおしまい。
良いところですが、そろそろモカの話に戻りますが、もう何話かメルツェナさん回があると思います。




