146、人形は踊る。人形師は舞う
時は少し遡り、モカたちが地底湖へ潜入しようとしている頃。
場所は変わり、王都の西門を出てすぐの草原地帯。モカと『黒鉄の雷雨』、そしてメルツェナが風角鹿の討伐を行った場所。
その草原に立つのはAランク冒険者のメルツェナただ1人。
「――分かってるわよ、ギリアン。あんたこそ無茶するんじゃないわよ」
そう言うと、私の肩に止まっている白い鳩が口を開く。
『姐さんこそ、師匠様の手を借りないように気をつけろよ? アレが出てきたら俺の家が無くなっちまう』
この鳩は魔法だ。
一定距離内の仲間たちとやり取りできる魔法。こういう場合にはすごく便利なんだけど、この鳩が喋るたびにピカピカと光って鬱陶しいのよね。
『この戦いで戦果を挙げりゃあ、俺っちもAランクオーバーになれっかな?』
今度は別の声で鳩が喋る。
『ペルガ、お前にはAランクオーバーは無理だ』
『はぁ? やってみねぇと分からないだろうが!』
キンキン声で話すペルガと、落ち着いた声音のギリアンは私と同じAランクの冒険者なんだけど、2人とも性格に難ありって感じなのよね。
そんな2人も私と同じで王都周囲の守護に当たっている。
私が西、ギリアンが北、ペルガが南。
じゃあ東の守りには誰が出ているのか。
この通信魔法を繋げてからまだ一言も喋っていない仲間に、準備は出来たか、と問いかける。
「フルーナ、あんたも準備は出来てる?」
『あぁ、姐さん。フルーナはもう夢の中だぜ?』
「あっそ……じゃあ大丈夫そうね」
『いや、前みたいに必要以上に暴れなきゃ良いんだがな……』
「その時は、いつも通り、ぶん殴って起こすだけよ。それより、他の冒険者たちの配置はどうなってるわけ? もう準備できてる?」
『あぁ、俺のところには配置完了の連絡が来てるが……ペルガの方はどうだ?』
『俺っちの方は冒険者より騎士団の連中が多いからな……嫌がらせか知らねぇが、何の連絡もねぇ』
「舐められたら終わりなんだから、びしっと言ってやりなさい?」
『俺っちの気の弱さを知ってるだろ? 出来ねぇって。んなこと』
「まぁ良いわ。やることは変わらないんだから、やることをやるだけよ」
『その通りだな、姐さん。んじゃ、俺たちAランク冒険者の力を見せつけてやるか』
私を含め、王都に滞在していたAランク冒険者は4人。
人形師・メルツェナ。
十指弾・ペルガ。
居合拳・ギリアン。
眠り姫・フルーナ。
そして、Bランク以下の冒険者たちが212名。
そこに王国騎士団の405名が加わり、総勢621名が、王都防衛に当たっている。
少ないと思うかも知れないけど、冒険者だって騎士団だって、ずっと王都にいるわけじゃない。冒険者は依頼で、騎士団は任務で、それぞれ王都を離れることがある。
それに私たちAランク冒険者は、マスターのようなAランクオーバーには及ばないけど、高い戦闘力を誇っている。
「にしても、見事にワンマンが得意な奴らしか残ってなかったのね」
『あぁ、テルメーもロクスタも依頼で王都を離れてるからな』
『テルメーちゃんは良いけど、ロクスタちゃんは後でうるさそうだね……はぁ、俺っちやだよ、ロクスタちゃん、ネチネチ怒ってくるからさぁ』
「んじゃ、怒られないくらいキビキビと働くわよ!」
私の言葉に、ギリアンとペルガがそれぞれに答える。
私たちAランクがいる主戦場には他の誰もいない。
何故なら、そうしなくては私たちが全力を発揮できないからだ。
そして、東西南北の間を埋めるように、私たちの打ち漏らしを処理するように、冒険者や騎士たちが配置されている。
私たちAランクの指揮で先行させていた冒険者や騎士たちは、それなりに耐えていたのだけど、如何せん魔獣があまりに多かったので、早々に退却をさせた。
そして私たちが直接戦うために出撃したってわけなのよね。だから私たちは自由に、誰にも憚れることなく戦えるってわけ。
そんなことを思っていると、私の視線の先、西の森からぞろぞろと蠢く影たちが姿を現す。
「お、ようやくお出ましね。それじゃ、一旦通信を閉じるわよ? また何かあれば繋いでちょうだい?」
『あぁ。健闘を祈る。あ、それから――』
とギリアンが世間話をするような軽快さで言う。
『打ち上げはいつもの店で良いか?』
誰もその言葉に答えず、通信が終わった。
「それじゃあ、始めましょうか……」
マントを広げ、私は声高らかに告げる。
「鏖殺の時間よ」
マントから人形たちが次々と出てくる。
その数は77体。
前回より7体が増えたんだけど、この子達を作るのに時間もお金もかかるから、これでも頑張った方なのよ? あと、普通にあの小娘との模擬戦でマスターに消されたのが痛かった。
まぁ、あれは私もやりすぎたからしょうがないけど……いや、あれは小娘のせいね。あいつがあんなことしなかったらマスターに人形たちを消されなかったはずだもの。本当にあの小娘ってばムカつくことしかしてないわね!
まぁ良いわ。この鬱憤は、あの魔獣たちで晴らすとしましょう。
「それじゃあ……行くわよ、子供たち」
右手にある杖を振るい、子供たちと一緒に魔獣を迎え撃つ。
遠目に見ても、その数は凄まじい。
とはいえ、周囲に気を配らずに好き勝手に暴れられるのであれば、数はそこまで問題ないと思うのよね。
あとはそうね……後輩たちにも見せ場を作ってあげないといけないわね。
はぁ、私ってば後輩思いの良い女だこと。
「まずは適当に間引いて……」
魔獣の先頭集団は狼の魔獣の跨ったワイズマン・エイプだ。
どこから手に入れたのか、鉄の棒や槍を持っている。
だけど、そんなもので私たち魔法使いを倒せると思っているなら、頭の中がお花畑よね。
私が杖を振るうと、人形たちが魔力で武器を生み出す。
「弓兵、撃ちなさい!」
私の号令と共に、魔力で出来た弓を引き絞り、魔力の矢を放った。
様々な属性の矢が山なりに放たれ、突進してくる魔獣たちに降り注ぐ。
しかしながら、ワイズマン・エイプは騎乗している魔獣の首を器用に掴んで舵を取り、魔法の矢を綺麗に回避した。
ワイズマン・エイプが乗る魔獣は森狼と呼ばれるフォレスト・ウルフだ。乗っている猿共々に不気味な様相を呈している。
「第2射、撃て!」
再び人形が魔力の矢を放つ。
今度は第1射よりも射程があり、フォレスト・ウルフたちの背後にいる足の遅い魔獣たちに対する攻撃だ。
足の遅い魔獣の代表格と言えばオークやトロールがいるけど、今回の敵の中にはオークがおらず、その代わりにロック・ゴーレムがいる。
「足が遅いのは良い的だわ……だけど、問題はあの先頭集団の後ろね」
私の視線の先にはワイズマン・エイプが乗るフォレスト・ウルフではなく、その影に隠れるように足を溜めている森の狩人、アサシン・ジャガーがいる。
「あいつ、反射神経が異常に高いから、相手にするの面倒なのよね」
人形の放った第2射が着弾すると、3分の2ほどの魔獣に当たるが、やはりそれだけでは進軍は止まらない。
「弓兵はそのまま魔獣の後ろ側を狙っていなさい!」
そして、ついに魔獣の先頭と会敵した。
杖を振るい、指を動かし、人形たちをいつものように躍らせる。
武器を振るって魔獣と戦い始めた人形たちの操作と並行して、その人形たちに括り付けた糸を使って、防衛網を構築していく。
さすがに人形を操りながら糸で攻撃するのは難しいから、基本的には足止め用になるだろう。
しかも、ある程度の高さがある魔獣専用なので、ハイディング・スネークやアポピス・コブラのように地面を這って進む魔獣にはあまり効果がない。
でも、そういう魔獣のために近接格闘用の人形がいるんだから、あまり気にしないようにしておこうかな。
人形たちが順調に魔獣を切り伏せ、刺し穿ち、殴り倒していくのだが、やはり数の差は中々に厄介だ。
魔獣たちもワイズマン・エイプのせいで簡単な連携なら取れるようになっていて、決して1体に孤立しないように立ち回っている。
とは言え、私たちのような細かい連携はまだ難しいようで、ワイズマン・エイプたちは悔しそうに吠えている。
だが、足の速い魔物たちは人形の攻撃を上手く回避していて、人形たちは徐々に劣勢になりつつあった。
そんな混戦となった戦場に、さらに問題が発生する。
「っげ! それはなしでしょうが……」
私の視線の先、足の遅いトロールやロック・ゴーレムのさらに後ろに、それはいた。
「フォレスト・インポスターと、上位種のイービル・インポスターよね、あれ」
ガサガサと茂った枝を揺らしながら、何十本もの木がこちらへ歩いてきている。
その中で一際巨大な焦げ茶色の大木は上位種だろう。
「……はぁ、他の場所にも現れてないでしょうね?」
私は大きく肩を落としながら、通信魔法の鳩に魔力を流した。
通信魔法の鳩の正式名称は『伝書鳩の輪唱』と言います。
最大10名と魔力による通信網を繋げ、会話することが出来ます。
送れるのは声のみで、相手が話している最中はピカピカと光ります。
伝書鳩の名の通り、一応手紙を運ばせることが出来ますが、その使われ方はしませんね。
元々、この鳩に伝言を吹き込んで相手の元へ飛ばす、という魔法だったのを、ある学者が改良して、この魔法が誕生しました。




