143、脱出
地底湖中央にある島の端に建てられた掘立小屋の反対側が、あたしとミーナさんが上陸した場所だ。そこへ向かう途中に天井を確認したけど、どうやら入り口はあたしたちが入ってきた1箇所しかないみたい。
「準備はいい?」
ミーナさんが魔法で作ってくれた大きな葉の船は既に無く、時折天井から降って来る土砂が水面をランダムに揺らしている。
「いーよー」
まだ意識が戻らないミーナさんをあたしがおんぶして、カティナちゃんとジャスミンちゃんとアルカちゃんは3人1組になってもらっている。
「あっちに見える大きなゴリラは気にしないでね!」
掘立小屋から出てここに来るまでが大変だと思っていたけど、どうやらキングの興味は自分が天井に開けた穴に集中しているようで、そそくさと移動してきたあたしたちには目もくれない。
ただ、壁登りには苦戦しているようで、壁面の角度が95度を超えた辺りからあまり動いていないように見える。
「アルカちゃん、あそこに階段があるの見える?」
「見えるー」
「あれが出口だから、あそこを目指して飛ぶんだよ?」
「分かったー」
「あたしは、アルカちゃんの後を追うように跳ぶから、アルカちゃんは前だけを見ているんだよ?」
「ん。じゃあ、行くー」
アルカちゃんは大きく腕を広げる。
灰色の翼がバサっと音を立てた。そのまま翼を羽ばたかせて宙に浮いたアルカちゃんは、カティナちゃんとジャスミンちゃんを左右の鉤爪で優しく掴む。
「痛くしちゃったらごめんねー」
「す、少しくらいなら気にしないわ! でも、フラフラ飛ぶのはダメよ!」
「わ、私も……で、でも、あんまり痛く、しないでね?」
「だいじょーぶー。お腹いっぱいだからちゃんと飛べるし、優しく掴むー。むふー」
うんうん、アルカちゃんがやる気になってくれてお姉さんは嬉しいよ。
2人を掴んだアルカちゃんはそのままグッと体勢を前に傾けると、勢いよく飛び出した。意外と早いな。
よく2人とも叫び声を出さなかったね。いや、よく見れば、両手で口をガッチリと塞いでるや。あんまり大きな声を出すとキングに気付かれると思ってるんだ。
「よし、それじゃあ、あたしも行きますか」
ミーナさんの身長が高いから、おんぶというより引きずるような形になってしまって申し訳ないけど、空に跳んじゃえば問題ないよね?
「ちょっと揺れるかもだけど、我慢してね」
返事がないのは分かっているけど、一応声をかけて、あたしは足に力を入れて地面を蹴った。
背負ったミーナさんの体重分だけ、やはり高度とスピードが落ちたけど、問題なさそうだ。思っていたよりも跳べたからね。
「でも、アルカちゃん、早いなぁ……」
何とか空を蹴ってアルカちゃんを追いかけるけど、その距離はどんどん引き離されていく。
あんまり離れすぎると万が一の時に間に合わない可能性があるんだよね。
前を飛ぶアルカちゃんはあたしの言いつけを守らずに、キョロキョロと周囲を見渡している。
別に怒りはしないけど、ちゃんと前を見てないと危ないよ? ほら、上から岩が……
「へ?」
あ、あたしの見間違いかな? 今、アルカちゃんに降ってきた岩がガリガリ削れて、一瞬で砂になったような……何あれ?
また岩が降って来たけど、同じようにバラバラに砕けていく。
2回目を見て分かったけど、多分あれはアルカちゃんが魔法を使ってるんだ。どんな魔法かまでは分からないけど、飛行に関する魔法なのだろう。
もしかしたらアルカちゃんの種族が使う固有の魔法なのかも? あとで聞いてみよう。
とまぁ、大したこともなく、アルカちゃんとあたしたちは無事に地底湖の入り口へと辿り着いた。
「お疲れ様、アルカちゃん。大丈夫?」
「だいじょーぶー。久しぶりに飛べて満足ー」
「そっか。それなら良かったよ。ここからは歩きになっちゃうから、気をつけていこうね」
流石に子供たちを先に行かせたりは出来ないから、先にあたしがミーナさんを背負いながらハシゴを登るつもりだ。だけどその前に。
「この先、結構暗いから、暗い所でもよく見えるようになる魔法をかけるけどいい?」
アイテムボックスからベルを取り出して、チリリンと鳴らす。
「わ、わぁ……視界が変になりましたわ!?」
「な、なにこれ……怖い……です」
「おー、アルカは何ともないー?」
あっ、アルカちゃんは鳥の亜人だから夜目が効くのか。まぁ、減るもんじゃないからいっか。
「よし、それじゃあ行くよ」
ハシゴに手をかけて登っていく。
おんぶしているミーナさんはロープで括っているだけだから徐々にずり落ちてしまう。頻繁に背負い直してあげて、ポジションを整えてあげて、また登り出す。
降りる時はあっという間だったのに、登る時は倍くらいの時間が掛かるような気がするけど、気のせいかな?
何とか全てを登り切って、地下水路へと辿り着く。
ここまでくれば後は楽勝だ。
未だ燃えている松明を辿っていけば出口の地下水路の管理棟はすぐだ。そのまま外に出て、侯爵さんがいる場所まで行けばいい。
「みんな、大丈夫? ほら、これ飲んで」
流石に長いハシゴを登った直後ということもあって、3人とも座り込んで肩で大きく息をしている。
なので、アイテムボックスから水筒を取り出して、3人に渡す。といってもあたしの水筒なので、分け合うには少ない。
だけど、こういう時に魔法が役立つ。
水魔法で生成した水は蒸留水のようで、美味しく頂ける。そこに氷魔法を使えばキンキンに冷えた水が出来上がるから、魔力に余裕があるなら水不足には陥らないのだ。
とは言ったものの、長い間監禁されて碌な食事も与えられなかったのだから、体力は衰えているだろう。
アルカちゃんはそうでもなさそうだけど、カティナちゃんとジャスミンちゃんは本当にしんどそうだ。
もっと休憩させてあげたいけど、こんなところにいつまでもいるのは精神衛生上良くないだろう。
「カティナちゃん、ジャスミンちゃん、ここまで来たらもうすぐで地上なの。そこまでは頑張ろっか? 地上に出ればすぐに保護してもらえるはずだからさ」
「わ、分かりましたわ……モカお姉様」
「が、がん、がんばり、ます……」
「何ならアルカが運んでこーかー?」
なんと!? まぁ、あれだけ食べれば元気にもなるか。
でもその提案は願ったり叶ったりだ。
敵もいないし、罠もないのだから、スムーズに地下水路を抜けることができるんだから、やらない手はない。
「アルカちゃん、お願いしてもいいかな?」
「いーよー」
そう言うと、アルカちゃんは翼を広げて、また2人を掴む。
「あたしが先導するから、アルカちゃんは後をついてきて。あたしより前に出ちゃダメだよ?」
「分かったー」
「よし、それじゃあ行こう!」
ずり落ちてくるミーナさんを背負い直して、あたしは地下水路を走り出す。
いや、走ると言うか、前方に向かって跳躍する、って言った方が正しいね。
曲がり角に差し掛かると、あたしは減速せずに壁に向かって跳び、そのまま壁を走って、曲がり角の方へ跳躍する。
これならロスも無く、最速最短でゴールを目指せるからね。
ただ、唯一の欠点は、背中のミーナさんがぐわんぐわん揺れて首とか腰を痛めてないか心配な点だ。
ごめんね、ミーナさん。後でマッサージしてあげるから、許してね!
何とかトップスピードを維持しつつ、松明を辿ってゴールを目指せば、十数分も掛からずに辿り着くことができた。
「見えた!」
あたしたちが入ってきたところだ。
これを登れば地上に出られるぞ!
「あ、こら! またはしごか……って顔しないの! このはしごはすぐに登れるから」
「うぅ、すみません、モカお姉様……」
「ご、ごめんなさい……」
「もうはしごはコリゴリなのー」
三者三様の反応に、あたしは少しだけ肩の力を抜く。
「それじゃあ、みんなが先にーー」
登って、という前に、アルカちゃんがしゃがんで、真上に大きく飛んだ。
うわ、ずっる! と思ったのも束の間、今度はジャスミンちゃんが、穴を見上げて、何かを考えている。
「こ、このくらいの距離なら……」
そう言うと、ジャスミンちゃんもしゃがみ込んで、大きく真上に跳んだ。
いや、跳ぶって言うか、はしごと壁を交互に蹴って身軽に登って行った、が正しいのかな?
いやいや、ジャスミンちゃんもずるいよ! そんなこと出来るなら地底湖から登るはしごの時に……って、あの短さなら大丈夫なくらいに体力が回復してるって思うことにしよう。
残されたカティナちゃんは、あたしをジッと見つめる。
「モカお姉様……わたし……」
「大丈夫だよ。あたしも登るから。ほら、行こう」
カティナちゃんを促して、はしごを登らせると、あたしもその後に続いた。
長かった地下もこれでようやく終わりだ!
早く新鮮で美味しい空気を吸いたいよ!
ジャスミンちゃんは鹿の獣人なので足腰が強いです。
脚力もあるのでとても身軽です。
鹿の獣人はその能力を見込まれて、郵便や品物の配達員として働いたり、山岳救助隊として働いたりしています。
ごく稀に、隠密として国や貴族に雇われている人もいます。




