141、嫌な予感がする
モンスターを狩るゲームがフルダイブVRになった時、それはもう世界的に大流行したのをよく覚えている。
ただ、新モンスターはパッケージモンスターだけで、他は過去作のモンスターばかりで炎上したのも覚えている。
まぁ、実際には大型アップデート用に溜めておいただけだったらしいけど、それなら早めに出してほしかったね、と友達と話していたのも覚えている。
ただ、BLOと操作性や方向性が違ったせいで、あまりプレイはしなかったけど、それでも一通りは遊び倒したと思っている。流石にエンドコンテンツにまで手は出していないけど。
そんなゲームの中で、最も凶悪だと言われていたのが、ゴリラ型のモンスターだ。
普段は黒い体毛をしているが、怒り状態に移行すると金色に光り輝き、スピードもパワーも格段に跳ね上がる。
しかも、過去作のアルゴリズムではなく、VR用のAIによって最適化された戦闘アルゴリズムのせいで、戦闘スタイルも大きく変わっており、上級者でも苦戦を強いられるほどの強敵となっていた。
「あれも理不尽だったけど! こっちも大概だ!」
怒り状態に移行したそのゴリラモンスターと同じく、キングも大幅なパワーアップを果たしていた。
まずその速度。
それまでもそれなりの敏捷性があったように思えるが、今はそれを遥かに超える速度で攻撃を繰り出してくる。
次に攻撃。
一撃一撃が重いのは当然だけど、スピードが上がったせいで回避しづらくなった。それに加えて体毛がより硬くなり、逆立ったことで意図せず全身に鋭いナイフを纏っているような状態となっているのだ。
そして防御。
怒り状態になったせいで、全身の黒い体毛は逆立ち、その硬度を増した。もう突きでも突破できないほどだ。
こうなってしまっては打つ手がほとんどない。
故に、この猛攻を凌ぎ切り、怒り状態が収まるのを待つしかないのだけど……
「いつになったら怒り状態が終わるのよ!」
キングの攻撃の手は緩まず、回避に専念しているけど、スタミナが徐々に削られている。
西の山へ行ってから、かなりレベルが上がってステータスへとポイント振りも都度都度していたけど、流石にまだまだレベルは必要だと再認識するね。
回避した時に消費するスタミナと、次の攻撃を避けるまでに回復するスタミナの量は後者の方が少ない。だから回避し続けているとスタミナが徐々に減っていき、いずれキングの攻撃を避けきれずに一撃を貰うことになってしまう。
「流石に! この状況で一撃をくらえば! それだけで死ぬ!」
両腕のラッシュを小刻みに跳躍と『天躯』を繰り返して間一髪で避け切ると、もう何度目になるか、大きく後ろへと跳躍して距離を取る。
そして、息を整えながら、キングの攻撃パターンにある程度の目星をつけて反撃のタイミングを考えてみる。
と、その時だった。
怒り狂い、雄叫びを上げながら暴れるように攻撃してきていたキングの動きがピタリと止まった。
「何? どしたの?」
まるで時が止まったかのように動かなくなったキングだったが、動いていないのは体だけで、ギョロギョロと不規則に蠢く瞳と、痙攣している口が非常に不気味で生理的な嫌悪感を与える。
「何が……」
と辺りを見渡してみれば、ミーナさんがデルガミドを倒してくれたようで、地面に転がっている『支配鍵』を殴りつけて壊している姿が目に入った。
「ミーナさん! やってくれたんだ! よしよし! これでミーナさんと2人で……って、あれ?」
流石に1人でこのキングを相手取るのは大変だと思っていた矢先に、ミーナさんが戦線に加わってくれるのであれば、これほど心強いことはない! と思っていたのだが、ミーナさんはフラフラと立ち上がって、あたしには目もくれず、数歩を歩いたと思えばデルガミドに魔法で拘束して、引きずるようにどこかへ――あぁ、そうか。
「カティナちゃんのとこ、か……うん、ならしょうがない! このキングは、あたしが何とかしなくちゃね!」
未だ動きのないキングのおかげで、こっちも少しだけ休息出来る。ありがたい。
「ミーナさんがカティナちゃんを保護してくれれば、もう心配はないし、全力でいけるね」
これまでが全力じゃなかったのか、と言われるかも知れないけど、当たり前でしょ。
最悪のパターンは、いつでも頭の片隅に用意しておかなくちゃいけないのだ。
「ッ!?」
そして、その時は不意に訪れた。
「グォォォォォォオオオオオオオオオオオオッッッッ!」
いきなりキングが吠え立ち、ドラミングをする。
凄まじい音圧を受けながらも、あたしは納刀した【理切】に手を置いて、いつでも飛び出せるように腰を落とす。
だが、キングはあたしには目もくれず、ただ地底湖の天井を睨みつけ、吠えているだけだ。
「っげ!」
そしてその直後、キングは両足をアンカーのように地面に叩きつけて掴むと、大きく息を吸う。
何をするのか、本能的に理解した。
口元から高密度の魔力が漏れ出しながらも、息を吸い続けたキングは仰け反り、その方向を地底湖の天井へと定め、収束させた魔力を放つ。
まさにビームだ。
極太の白い閃光が、光源の乏しい地底湖を明るく照らす。
その威力は凄まじいもので、キングがビームを放ち終えると、地底湖の天井には巨大な風穴が空いていた。
周囲は高温によって溶け出し、地盤の一部がマグマ化しているのだ。
一直線に出来た風穴は、地底湖に溜まっていた空気を吸い出そうとしているようで、穴に向かってすごい勢いで風が流れていく。
「うきゃぁ!?」
暴風雨でもかくや、と言わんばかりの風に地底湖の水が大きく揺れる中、キングは再び大きく咆哮する。流石に音が抜けるようになったので、先ほどの音圧に晒されることは無くなったが、問題が1つある。
それは。
「嘘でしょ!?」
キングが大きくしゃがみ込み、跳んだのだ。
その膂力は十全に発揮されたようで、一息の跳躍でキングは地底湖の端の壁まで辿り着き、壁を登り始めたのである。
流石に昆虫のようにスイスイと壁を登ることは出来ないようで、苦戦しながらも少しずつ壁を登っている。
「でも、この地底湖の形状は丸いから、いくら天井に穴を開けたって……」
いや、何だか嫌な予感がする。
とりあえずミーナさんと合流しよう。
カティナちゃんを助けて、外に出て侯爵さんに保護してもらえば何とかなるでしょ!
というわけで、あたしは全速力で島の端にある掘立小屋へ走った。
流石にあの極太ビームでこの地底湖が崩壊する、ということは無さそうだが、のんびりここでバカンスを過ごす意味も無い。
何よりも、あのデカブツが地上に出てしまえば余計な被害が起きるに決まってるんだから、何とかしなくてはいけない。
「あれ、デルガミド?」
掘立小屋の前には光の縄でぐるぐる巻きにされたデルガミドがぐったりとした様子で倒れている。
「………今はいいや」
言いたいことは山ほどあるけど、それはこれが全部片付いてからにしよう。
デルガミドに一瞥をくれてやると、小屋の扉に手を掛けて開ける。
「ミーナさん! カティナちゃん!」
中に入ると、あたしの声で目を覚ましたカティナちゃんと、見知らぬ2人の少女……少女だよね? 鹿の女の子と、鳥の女の子だ。
鳥の女の子に抱きしめられるように3人で身を寄せて休んでいたみたいだけど……あれ、ミーナさんも?
「モカお姉様!」
カティナちゃんが立ち上がって、あたしに向かって飛び込んできた。
「ぐふっ!?」
カティナちゃんの頭がちょうどあたしの鳩尾にクリティカルヒットし、堪らず呻いてしまう。
「お姉様! 絶対に来てくれるって……助けに来てくれると信じていました!」
緊張の糸が切れたのか、カティナちゃんはわんわんと泣きながら、あたしをきつく抱きしめてくる。
「こ、怖かったぁ! 怖かったよお、お姉様!」
いくら立派だと言っても、まだまだ子供。
お世辞にも治安が良いとは言えないこの異世界では、こういう危険と隣り合わせなのだ。
でも良かった。
本当に良かったよ。
「うん、怖かったね、カティナちゃん。よく頑張ったよ……本当に良かった……」
あたしもカティナちゃんをしっかりと抱きしめた。
次は絶対に手を離したりしないからね。
どうにもキングを書いていると、某モンスターを狩るゲームのアイツが頭から離れんのです。
アイツ、ゴリラっていうよりサイ○人だよな……




