140、冷たい檻はもうない
デルガミドが持っていた『支配鍵』は粉々に粉砕され、それが杖だったと言われても分からないほどだった。
「………これで、終わり、ですね」
自分の役割を果たしきったミーナは、その場に座り込む。
それと同時に鬼神化の魔法が解除されるが、その反動は凄まじいものだ。
「っぐ、ぅぅうう……」
身体中の筋肉が断裂していくような錯覚に襲われるほどに肉体が悲鳴をあげている。体を動かすだけで全身に雷撃魔法を受けた時のような衝撃が走るが、それに耐えながらすぐに立ち上がる。
「カティナ様を……」
ミーナの視線が島の端っこにある掘立小屋に向けられる。
かなり距離があるが、歩けない距離ではない。
そうして一歩を踏み出し、彼女が小屋へと歩き出すが、2歩、3歩と歩いてからふと気付く。
「デルガミドを、このまま……に、しておくのは、マズイですね……」
ミーナが手のひらをデルガミドへと向ける。
気を失ってぐったりとしているデルガミドの体に光の縄が何本も現れ、その体を縛り上げた。
「これで、良いですね……」
そこでふと思う。
まだデルガミドが目を覚ますことは無いだろうが、このままにしておいて大丈夫だろうか? と。
「モカ様の、邪魔になりそうで怖いですね……仕方ありません」
ミーナはもう一度デルガミドに手を向けた。
「気絶していて助かります。ごちゃごちゃと文句を言われ続けるのも面倒ですからね」
手のひらから伸びた光の縄がデルガミドに絡みつくと、ミーナはそのまま歩き出す。ずりずりとデルガミドを引き摺りながら歩き出した。
あまりに痛む体のせいで視線を動かすのも億劫だが、どうにもモカとキングの戦いが気になるミーナは時々立ち止まってはモカの様子を眺める。
「モカ様……苦戦されていますね……」
応援に向かいたいが、今の自分では足手纏いになるのは確実だ。であれば、後顧の憂いなく戦えるようにしておかなくてならない。
少し目を離した隙にキングの体も大きくなっているから、戦いも終盤に差し掛かっているのだろう。
「どうか、勝利を……」
そう呟き、ミーナは歩く。
しばらくして、ようやく島の端にある掘立小屋に辿り着いたミーナは、小屋の入り口にデルガミドを放り出し、特に警戒もせずに中へと入った。
あれだけ騒ぎがあったのに中から誰も出てこないと言うことは、中に敵はいないと考えたのだが、もしモカがこの場にいれば、きっとびっくりしたように怒り始めただろう。
「これは……」
掘立小屋の中には、一畳ほどの小さな檻が綺麗に並んでいた。
大人ならば窮屈だろうが、子供にとってはちょうど良い大きさなのが余計に腹立たしい。
「カティナ様!」
10個ある檻の中、子供が入っているのは3つ。
カティナと他の2人の子供だ。
「ミーナ! 来てくれたのね!」
檻へ近づくと、カティナの様子がはっきりと見て取れる。
服はボロボロ、泥や血、それ以外の体液に塗れて汚れきっていた。
表情も芳しくない。
血の気を感じられないほどに青白くなった顔、少し痩けた頬、目の下には疲れからか隈が出来ている。
「はい。モカ様と一緒に」
「モカお姉様も!?」
だが、瞳だけは希望に溢れた光を讃え、爛々と輝いていた。
「ほら、言ったでしょ! モカお姉様が絶対に助けにきてくれるって!」
自分の両隣の檻に閉じ込められている子供たちに、カティナは満面の笑みで話しかける。
両隣の子供たちは、亜人だった。
「カ、カティナちゃん。本当に私たち、ここから出れるの?」
鹿角を持つオドオドした獣人、ルーギリアン・ディア族の少女ジャスミンと
「……アルカたち、助かったー?」
無表情でぼんやりとした薄い灰色の体毛の鳥の獣人、デメティアン・ハルピュイア族の少女アルカだ。
「この子たちも、カティナ様と同じように攫われてきたのですか?」
「そうよ、ミーナ。ジャスミンは奴隷狩りに捕まって、ここに売り払われたの。アルカは私と同じように誘拐されてきたのよ」
「そうですか……ここにいるのはカティナ様たち3人だけですか?」
「あと2人……いたけど……連れて行かれたきり、戻ってこないわ」
カティナの顔が悔しさに歪む。
「そうですか……いえ、今は皆さんが助かる事を優先しましょう。少し離れていてください」
ミーナがそう促して、3人を檻の端まで下がらせると、孤児院の地下でやったように、力技で檻の鍵を破壊する。
「すみません、水や食料は持ってきておりませんので、もう少しだけ我慢してください」
「私は大丈夫だけど、2人は? 喉、渇いているでしょう? お腹も空いているでしょう? ねぇ、ミーナ、何とかならないかしら?」
「そう言われましても……」
「だ、大丈夫だよ、カティナちゃん。もう安全なんでしょう? だったら私、まだ我慢できるよ?」
「アルカもー」
2人の獣人の目にも生きようとする光が燃え始めていた。
子供というのは、大人が思っているよりもずっと強いものなのですね。
ミーナの口元にそっと笑みが浮かぶ。
「では、行きま……しょう……」
そう言ったは良いものの、体は言うことを聞いてくれない。
ぐらり、と体が傾いたが、檻に手を掛けて何とか踏みとどまった。
全身を襲う痛みは未だ癒えず、休息を欲しているのが分かる。
だが、ここで休んでしまえば、きっと立ち上がるまでにかなりの時間が掛かってしまうだろう。
「ミーナ? 大丈夫?」
「……はい、問題ありません」
「全然、そうは見えないわ! どこか怪我をしているの?」
「いえ、怪我は……ですが、少しばかり無茶をしてしまったので……」
気を抜けばその場に倒れ込みそうなほどに限界が近いのだが、今がその時ではない。何とか3人を連れてこの地底湖を抜け、地上へと出て誰かに託さなくてはならないのだ。
「じゃあ、少し休みましょう? 恥ずかしい話だけれど、今の私たちが頼れるのはミーナとモカお姉様しかいないもの。モカお姉様が戦っているのなら、私たちは終わるまでここで大人しくしておいた方が良いんじゃないかしら……」
そう言われるとそれが1番正しいような気がしてくる……いや、そう思うほど体力も思考も落ちているだけだろうか。
「ねぇ、ミーナ? あなたは私の家のメイドではないけれど、それでも私を助けてくれようとしているわ」
そう言えば、とミーナはぼんやりとした頭で考える。
どうしてカティナ様を助けようと思ったのでしょうか……いえ、モカ様がそうしているから、でしたか? ですが、確かに私がそう望んでここにいるのですから、私が助けたいと思ったのでしょう。
モカ様といるほうが退屈せずに、鬼人族の力を発散できると思っておりましたが……いえ、実際には、この可愛らしいお友達を救ってあげたかったのです。
それは、かつての私が出来なかったこと。
「私は……姉様の子供を、助けられなかったのです。あの時、私が躊躇わずに飛び出していれば…………だから私は、もう2度と、あのような……」
ミーナの瞼がゆっくりと閉じていく。
あぁ、ダメです……まだ、気を失うわけには……
だが、体も心も言う事を聞いてくれない。
そしてミーナはそのまま檻にもたれかかり、ゆっくりと崩れ落ちた。
「お疲れ様、ミーナ。少しだけど、休めると良いわね……」
カティナは檻にもたれかかったミーナの頭を優しく撫で付ける。
「ねぇ、ジャスミン、アルカ?」
「な、何? どうしたの?」
「私たちもちょっと、休もうよ……」
おいで、とカティナが手招きをすると、ジャスミンは戸惑ったようにカティナとミーナ、アルカを見回す。
「アルカは休むー」
翼の手を広げてアルカはカティナを包むように抱きしめて、その場に座り込む。
「ジャスミンもおいでー」
「そうよ、ジャスミン。アルカの体、ぽかぽかで気持ちいいわよ?」
「え、えと……あ、じゃ、じゃあ……失礼します」
戸惑っていたジャスミンも、覚悟を決めたのか、ギュッと拳を握って恐る恐るといった具合に2人に近づいた。
「ジャスミン、かくほー」
ガバッと広げられたアルカの翼に包まれるように捕まったジャスミンだったが、すぐにその体温に溶かされ、ほんわりとした笑みが浮かぶ。
「えへへ、暖かいね……」
「そうね……とても、暖かいわ」
「アルカも暖かいー」
3人は身を寄せ合い、互いの温かさを分け合う。
彼女たちを隔てる冷たい鉄の檻はもう無い。
ようやくカティナちゃんの救出です。
一緒に捕えられていた亜人の2人は、コルベス王国にいない種族です。
鹿の獣人であるジャスミンは人間に近い獣人で、鹿の角と、しなやかな足を持っています。
逆に鳥の獣人であるアルカはハルピュイアの名の通り、鳥と人間の中間のような見た目です。某カードゲームのハーピーレディみたいな感じですかね。




