139、ミーNA
デルガミドを守る障壁は、魔法ではなく龍種の能力によるものだと判明しました。
それだけでなく、自身の中身を龍のそれと入れ替えていることも分かりました。
さらに、生命の冒涜と言わざるを得ない所業にまで手を染めていたのも分かりました。
それがデルガミドをおかしくさせているのは明白です。
ですが、それはそれ。
私が障壁を突破するのには関係がありません。
そして、障壁を突破するための答えも既に示されています。
「私は、私のために死んでいった者たちに対する王でなければならないのだ!」
デルガミドの血走った瞳が、私を睨みつけてきます。
正直に言って、とても気色悪いです。
ですが、ここで引いてはモカ様の信頼を裏切ることになってしまいます。
モカ様が私なら大丈夫だと言って任せてくれたのですから、それに応えなくてはなりません。
デルガミドの視線に射抜かれ、私は思わず1歩を後ずさってしまいましたが、それは恐怖によるものではありません。
障壁を突破するために必要な助走のためです。
「あなたを王と認めるわけにはいきません!」
私は拳を強く握り締め、腰を落としました。
「私も、お前のような臣下は欲していない!」
相変わらず顔に感情がないくせに、言葉は怒りに震えています。
デルガミドが杖を構え、もう何度目かも分からないですが魔法を放ってきました。
黒い雷、黒い炎、黒い水。
どれが来てもその悉くを破壊し、私は拳を振り抜きます。
さて。
龍種の障壁を突破するために必要なことは、ただ1つです。
それはつまり。
「障壁の再生が間に合わないほど速く、ただ殴る!」
拳を構え、打ち抜き、引き戻す。
その単純な動作に、全てを注ぎ込むのです。
拳が弾かれようと、滑ろうと、気にせずにとにかく全ての動きを最速で行います。
「ははは! バカめ! そんなことで俺様が纏う龍の障壁をどうにか出来ると思っているのか!」
私は自分が優れた戦士だとは思っていません。
確かに私より優れた戦士は星の数ほどいます。ですが、それは私が弱い証明にはならないのです。
そして私は鬼人族。
亜人の中で、最も戦いに明け暮れた私たちには、その長い歴史という経験値があります。
その中で、開発され、改良され、最適化されてきた技法も数多くあるのです。
「ならばお見せしましょう……鬼人族の歴史、その重みを!」
私は攻撃の手を止め、大きく後方へと跳躍しました。
「山を裂きし右腕、海を割りし左腕。両の腕で抱きしめん。破壊と勝利に酔いしれた我が心を。果てなき闘争を我が血に、飽くなき殺戮を我が肉に。真祖たるグザルヴァンよ。今こそ我が身の枷を解き放ち、その御業に震えし敵を葬らん。あぁ、その御手に誘われし剛毅なる魂よ。全てを薙ぎ払いし剛腕よ。我が身に宿りて敵を討て!」
詠唱と共に眼前に出現した魔法陣を突き破るように、私は腕を突っ込み
「『鬼血解放』」
そのまま引き裂くように大きく広げます。
「『抜山蓋世』」
その瞬間。
筋肉が脈動し、ボコボコと膨らみ始めます。
それに引きずられるように体も一回りほど大きくなり、肌は赤銅色へと変わっていく。鬼人族のシンボルでもある角も太く、2倍ほどの長さまで伸びました。
そして、私の背中と脇腹からは腕が生えてきます。
合計で6本の腕が、今の私にはあります。
この魔法は鬼人族にのみ使用することが出来る固有魔法です。
効果はただ体を大きくして腕を増やすだけではありません。
時間制限があるとは言え、身体能力や肉体強度を何十倍にも高め、対魔、対物の障壁の自動展開、即死以外のあらゆる損傷の即時回復など、様々な能力を有する鬼人族の切り札です。
鬼人族の開祖たる鬼神グザルヴァン様が呼吸をするのと同じように自然にやっていたことを、我々鬼人族は真似をして、会得し、新たに開発し、それを改良し、最適化させて、ようやくグザルヴァン様の足元に届くようになりました。
ですが、もちろんそのような強力な技法にはデメリットも存在します。
「グ、ガァ……ァァァァァアアアアアアアッッッ!」
壊せ壊せ壊せ壊せ!
殺せ殺せ殺せ殺せ!
全てを壊し、全てを殺し、血の雨に酔いしれろ!
好きに暴れて、好きに潰して、好きに生きろ!
闘争こそ我が魂!
血を沸き立たせ、肉体を躍らせ、死闘に興じろ!
「グギッ、グァアアアッ!」
頭の中で、鬼人族が持つ本能が雄叫びを上げるのです。
戦いを求め、生を欲し、死を欲し、ただ獣の如き情動が、私の意識を塗り潰そうとしてきます。
いくら歴史を重ねても、これだけはどうしようも出来なかったようです。
鬼神様の力をこの身に宿すのですから、仕方がありません。
ですが、私は意志の力だけでそれを抑え込みます。
「私ハ、まだ、理性ヲ失う、ワケ、には……イかNAI、ノ、DEATH!」
吠え立ち、拳を構えます。
視界が紅く染まっていくのを見ながら、私は地面を蹴りました。
あまりの力に巨大なクレーターを残し、デルガミドへ肉薄した私は、拳を振り上げます。
その拳がギロチンのように落とされ、障壁にぶつかった瞬間、デルガミドの足元がグシャっと潰れ、初めてデルガミドが膝をついた。
「ッッッ! なんと言う膂力! なんと言う圧! 龍種の障壁があってもこれほどまでの威力か!」
「ゴチャ、GOチャと、耳障リな、音ガ、聞こえTE、キMAす、ネ!」
6つの腕から繰り出される拳撃は障壁を常に殴り続け、障壁がブルブルと揺れ始めます。
「グッ! 小賢しい!」
デルガミドが魔法を放つも、それは今の私にとって何の脅威にもなりません。
放たれた魔法を破壊しなくとも、この身が纏う鬼神の装甲によって阻まれます。
「っち! 俺様の真似か! 仕方ねぇ! ならば、僕の力で吹き飛べッ!」
杖を持つデルガミドの腕が鞭のようにしなったと思えば、そこから黒い泥の鞭が私の体を薙ぎ払おうとします。ですが、それすらも鬼神の装甲には意味がありません。
そして、すぐにそれを悟ったデルガミドは、地面を蹴って後ろへと跳んで逃げましたが、逃しはしません!
私も地面を蹴り、デルガミドの直上から、引いた拳をハンマーのように叩きつけます。
再び地面が凹み、無数の亀裂を走らせ、デルガミドはまたもや膝に土をつけました。
「ハハ、HAはッッッ! 私ノ、攻撃に、いつマデ、耐えられMASUカ!?」
視界の赤がさらに深くなっていきます。
これ以上はマズイですね……このままいけば、私、ハ、きッと、ミーNA、に、戻REなク、NAり、まス。
SOノ前に、そのMAEに、コの障壁WO、はKAI……破壊、シナくて、は……
「い、いきMAス、ヨ!」
腕に、魔力ヲ、KOMEます!
「一瞬千撃! 『剛禍拳嵐』!」
その瞬間、高密度、高純度の鬼の魔力を得た6つの拳が1回りも2回りも大きく膨らみ、秒間1000発という神速にて打ち出された。
空気を切り裂き、音を置き去りにし、光すら追い抜くその拳撃は、まさに拳の暴風雨だった。
圧倒的な力と速度によって齎される破壊のエネルギーは、デルガミドを守る龍の障壁を殴り続けた。
超高速再生を繰り返す龍の障壁は、その振動音を増していき、小刻みであった震えはやがて腹の底に響いてくる重厚な音圧となる。
「ハァァァぁぁぁぁAAAああアアァァァぁAAAAAAAAッ!」
そして、ある一点から重低音は甲高い叫び声のような音に切り替わった。
その直後。
「捕MAえ、タッ!」
ミーナの腕の2つの腕が、超高速再生を繰り返す龍の障壁の隙間を捉え、無理矢理に手を捻じ込み、掴んでいた。
「こREで、終ワり、DEATH!」
「や、やめーー」
そのまま強引に障壁を引き千切ったミーナは、残る4つの腕で、デルガミドをぶん殴った。
障壁を失ったデルガミドが地面に叩きつけられ、血反吐を撒き散らしながら路傍の石のように転がる。
その手にあった杖は途中で手放してしまったのか、あらぬ方向に落ちていた。
「こ、殺しハ、しま、SEN……罪、ヲ、ツぐNAI、BAツを、受けなSAI!」
ミーナの言葉は、デルガミドには届かない。
たった一撃で、デルガミドを戦闘不能に追い込んだミーナは、真っ赤に染まる視界を、転がる杖へと向ける。
「KOれガ、全テの、ゲン凶、DEATH、ね……」
震える足取りで杖まで歩き、ミーナは拳を振り上げた。
どうすればミーナさんの意識が破壊衝動や情動に支配されていく様子を伝えられるだろうと考えていました。
読み難いとは思うのですが、この描写が1番しっくり来ています。




