136、モカ式空鞘抜刀術・空鞘破り
明日は19時の予約投稿になりますので、ご承知を。
風魔法で作った見えない鞘は、モカ式空鞘抜刀術の根本だ。
これがなければ、抜刀術と居合術のスキルが発動しない。
そして、この空鞘の最も良いところは、見えず、どこにでも作れるところだ。何よりも、普通の鞘と違って風で出来ているから、抜くという動作をしなくても良い。
となれば、鞘から刀を抜くのではなく、鞘を突き破るように突きを放っても、鞘から刀が出た判定となり、抜刀術と居合術のスキルが発動するのではないだろうか。
実は西の山で突き技を放った時にチラッと思ったけど、突き技自体をあまり使わないから完全に忘れていた。
だからあたしは、ぶっつけ本番でこの技を試すのだ。
「モカ式空鞘抜刀術・空鞘破り!」
思い付きのネーミングセンスとしてはまずまずだろう。
霞の構えから放たれた三段突きはキングの体毛に阻まれることなく、皮膚を貫く。
しかし致命傷とは程遠い。
きっと蚊に刺された程度にしか感じていないのだろう。その証拠に、キングは痛みに顔を歪めたり、声をあげたりせずに、ただ鬱陶しそうに突かれた腕を振った。
「むぅ……補正で攻撃力が上がってるってのに反応無しって、ちょっと傷つくなぁ」
あたしは再び大きく距離を取って、霞の構えを取る。
「でも、反応が無いだけで、ダメージ自体は入っているはずだよね」
そうだと思いたい。
チクチクと刺して、距離を取る。
卑怯な戦法かもしれないが、とりあえずはそれで攻めてみよう。
「ふッ!」
短く息を吐き、跳躍する。
空鞘破りで威力の増した突きが堅固な体毛をすり抜けて皮膚を貫くが、やはり大したダメージにはなっていない。
しかし、この一撃離脱戦法によって、戦いは思わぬ方向へとシフトしていく。
あたしが攻撃し、大きく後ろへ回避行動を取る。
キングはあたしを叩き落とそうと腕を振るうが空振りに終わる。
この光景が何度か繰り返されたけど、ようやく蓄積したダメージが表に出始めた。
「腕の振りが、遅くなってるよね?」
執拗に攻撃を加えていた右腕の速度は、戦闘が始まった当初に比べるとかなり落ちている。
黒い体毛で分かりづらいが、傷口から滲む血によって毛が湿り始めているのだ。
つまり、突きによる攻撃が多少なりとも有効であった、ということだ。
「これなら行けるか?」
もう何度目になるか、再び突きを放ったあたしは、右腕の傷を狙う。
当然キングはそれを嫌がり、身を捩らせて庇ったのだが、その瞬間、キングの口に下卑た笑みが浮かぶ。
「笑った?」
その瞬間、左腕でカウンターの肘打ちを放ってきたのだ。
「っぐ、がはッ!?」
これは慢心だった。
キングの腕の振りが鈍くなっているから、反撃してきても余裕で回避できるだろうと思っていたけど、そう簡単な話ではない。
桁外れの膂力に遠心力が加わった肘打ちがあたしの側面を確実に捉える。
しかし、あたしもバカじゃない。
すぐに思考を切り替えた。
インパクトの瞬間に【理切】の重さを最大にして軸をズラし、威力を殺すために肘打ちの放たれた方向に『天躯』スキルを使って跳躍する。とは言え、攻撃モーションの最中で、思っていた効果はあまり望めなかった。
だからあたしはキングの肘打ちで吹き飛ばされ、地面を跳ねながら、島から放り出される。
気分は水切りの石だ。
水面をバシャバシャと転がるように跳ねて、天地の感覚が無くなる。
ぐるぐると回る視界が落ち着くと、今度は水に沈んでいく。
戦闘中にパニックになることはあまりないけど、今だけは別だ。
地底湖にある灯りは、はっきり言って光量が足りていない。
ぼんやりと光る魔石だけだから、水中は暗闇にも劣らないほど何も見えない。
上も下も、右も左も分からないし、呼吸も出来ない。
そうなってしまえば、いくらあたしでも一瞬でパニックに陥るのは当たり前だと思う。
視界は暗く、息も出来ず、足掻いてみるけど水の抵抗で体力はあっという間に削られていく。
そうして空気と体力が無くなっていく。
ゆらゆらと底へ引き摺られていく。
まるで見えない手に誘われているかのようにゆっくりと、ゆっくりと沈んでいく。
そして思う。
あぁ、あたしはなんて……なんてバカなんだ! と。
無闇矢鱈と足掻くんじゃなくて、じっとして沈むのを待っていれば良かったのだ、と。
そうすれば、少なくとも上下の判別は出来たのに!
あぁ、あたしって本当にバカだ!
ゆっくりと沈む体を捻って水面の方を向き、水中を蹴った。酸素不足によって視界がチカチカして頭が割れるほど痛む。
ぼんやりとする思考の中でも、とにかく息が吸いたいという生への渇望を抱いたあたしは、無我夢中で水中を蹴った。
そして無意識のうちに『天躯』を使っていたようで、一気に加速したあたしの体が水面を突き破って水上へと出た瞬間、待ち望んでいた酸素に身体中が歓喜の声を上げたのが分かった。
「ぶはぁッ! はぁはぁ、ゲホッ、ゴホッ! ぜはぁ……はぁ、はぁ」
霞んでいた視界も、ぼんやりしていた頭も、息をする度に鮮明になっていく。
し、死ぬかと思った……今回は本当に危なかった。
慢心していたあたしがバカだった。
敵はただの魔獣じゃない。人間並の知能と野生の本能を備えた魔獣だ。その一端を見ていたくせに、まんまと引っ掛かってしまった。
「はぁ、はぁ……クソ、腕の振りが遅くなってたのは、演技だった、ってわけね」
中央の島から少し離れてしまったけど、その巨体はしっかりと把握出来る。
島の端っこであたしをジッとみつめているのだ。
しかも勝ち誇ったように両腕を掲げてドラミングまでしてくる。
「煽りまで出来るんだ……ほんとムカつく」
バシャバシャとその場で泳ぎ続けていても体力が回復するわけもない。とにかく一度陸に上がって息を整えたいな。
よし、じゃあ、行こうか。
あたしは『天躯』を使って、水中を蹴って真上に跳躍する。そのまままた空を蹴って陸へと向かいながら【理切】を鞘へと納めた。
チラッと空から島の様子を確認すると、ミーナさんはデルガミドと近接格闘を繰り広げている。
向こうも大変そうだけど、今はキングの方に集中しないとね。
視線をキングに戻すと、どす黒い赤い瞳と交錯した。
理性の欠片も宿っていないその瞳は真っ直ぐにあたしだけを見つめている。
きっとあの瞳も、ワイバーンと同じでもっと綺麗なのだろう。
それを歪めて、汚して、濁らせて……絶対に許せないね!
「絶対に助けてあげるからねッ!」
何度も空中を蹴ってキングへ肉薄し、あたしは腰の【理切】に手をかける。
もう油断も慢心も無しだ!
あたしの持てる全てを使って、絶対に助けてあげる!
「モカ式空鞘抜刀術!」
今度は始めから因果断ちの回路に魔力を通す。
黒く濡れたような体毛は見えなくなり、代わりにキングを縛る黒い鎖のモヤが見えるようになる。
空中から落下しながら放つ14連撃に及ぶ斬撃は、的確にキングを縛るように蠢く黒い鎖のモヤを断ち切っていく。
鼓膜が破れそうになるほどの絶叫が地底湖に反響し、水面が波立つ。
あまりにも大きすぎる音量のせいで思わず耳を塞いでしまいそうになるけど、そんな隙は晒せないし、与えない。
実際には斬られていないはずなのに、キングは痛みに吠え、それから逃れようと身を捩って転がるようにあたしから距離を取った。
双頭蛇の時と同じで、もう黒いモジャモジャの化け物にしか見えないけど、代わりにはっきりと分かる事があった。
「そういえば双頭蛇の時もそうだったね」
キングの背中から、無数に伸びて地底湖の外へ伸びている黒い鎖のモヤが見える。きっとそれこそが王都に向かって進んできている魔獣の大群を操っているのだろう。
そして、その根元には『支配杭』があるに違いない。
「何が西の山で得た教訓よ! あたしって本当にバカ! こうした方が楽に見つけられたじゃない!」
自分で自分を叱り、再び【理切】を鞘へと納める。
狙うはキングの背中。
そこにあるはずの『支配杭』だ。
「まずは、邪魔な黒いモヤを片付ける!」
怒り狂ったキングが大きく腕を掲げ、牙を剥き出しにし、大きく吠え立つ。
「……えぇ?」
その瞬間、キングの全身の筋肉が爆発したかのように盛り上がり、纏うオーラも存在感も、そしてその巨体も、一回りほど大きくなった。
「……前言撤回。まずは……何とか凌ぎきる!」
怒り状態となったキングが、凄まじい速度であたしに飛び込んでくるのを見ながら、あたしは大きく跳躍をした。
慢心するのは英雄王の十八番ですので、大まかに言えばモカも英雄王という括りになりますね!
英雄王が慢心する=慢心するのは英雄王。
モカが慢心をする=慢心をするなら英雄王。
つまりモカ=英雄王。
という式が成り立ち……あれ、緑色の髪で白い布を纏った何かが、こっちに向かって金色の鎖を放っている!?
ま、マズイ! 逃げろッ!




