135、ワイズマン・エイプキング
正直に言えば、デルガミドや魔獣と戦う気なんてさらさらない。
こっちとしてはカティナちゃんが助けられればそれでいいのだ。だからさっさとカティナちゃんの居場所を聞き出さないといけない。
「あんたが攫ってきた女の子はどこ?」
あたしは【理切】を抜き、正眼へと構えながらそう尋ねた。
「あぁ、侯爵令嬢か。それならあそこの小屋の中で眠ってもらっている。ここ最近、ワイズマン・エイプキングの食欲が落ちていてね。思うように食事をしてくれないのだ」
「人を食べさせていたの?」
「こいつらは草食寄りの雑食性らしくてね。肉の味を覚えてからは狂ったように肉ばかり食べていたが、食べ飽きたのだろう。あそこの小屋にはまだ何人か残っているが……ここで暴れてくれれば、運動不足も解消できるだろう」
デルガミドが袖から1本の短杖を取り出す。
歪に曲がった黒い杖だ。
「さぁ、『支配鍵』よ。今こそその力を解き放て!」
短杖を2回、3回と振り回すと、黒い雷が湧き上がる。それが杖に吸い込まれていき、杖はその姿を変えた。
以前に見た漆黒の鍵である。
「ワイズマン・エイプキング、こいつらを殺せ!」
その一言で、ワイズマン・エイプキングを捕らえていた魔法陣が消えた。
30メートルを超える巨体が地面に落ちる。
衝撃で島全体が大きく揺れたが、それは同時にチャンスでもあった。
あたし以外の全員が体勢を崩した今こそ、千載一遇の好機。
「ふッ!」
あたしは【理切】を引きずるように構え直して跳躍する。
狙うはデルガミドの持つ『支配鍵』だ。それさえ破壊出来ればこの魔獣の支配は終わるはず!
そう思って、最速最短で刃を走らせる。
青光を纏った銀の稲妻がデルガミドの持つ『支配鍵』を真っ二つにしようと迫ったが、それはすぐに阻まれてしまう。
「ちっ!」
切り上げた刃はガキン、と弾かれ、それでも無理矢理振り抜こうとすると、ギャリリと滑る音と共にあらぬ方向に【理切】が跳ねる。
その感触から、デルガミドを守るようにドーム状の障壁があるのは分かったけど、魔法を切り裂ける【理切】が弾かれた理由が分からない。
「ほぅ、報告で聞いていたが、凄まじい剣筋だ。このご時世に剣を使うのだからそれなりに力があるとは思っていたが、これほどまでとは……だが、何の対策もしていないと思うか?」
「でしょうね」
「残念だが、今の一撃で私を仕留められなかったのであれば、君たちはもう終わりだ」
デルガミドがスッと後ろへ下がると同時に、ワイズマン・エイプキングがゆっくりと前に出てくる。
やはり近くで見るとその巨体の威圧感は凄まじい。
圧倒的な力のオーラを隠そうともせず、ワイズマン・エイプキングはただ静かにあたしたちを見下ろし、緩慢な動作で拳を振り上げる。
来る、と思った瞬間にはもう拳は振り下ろされていた。
その巨体からどうやってその速度が出るのかと疑ってしまうほどに早い振り下ろしに、あたしの反応はワンテンポだけ遅れてしまった。
「モカ様!」
「やびッ!」
振り下ろされた拳を間一髪で回避したあたしはそのままミーナさんの元へと跳び戻る。
「あっぶな……」
心臓がバクバクしてるや。
いや、油断していたわけじゃないけど、基本的に図体がデカい敵って遅いじゃん? だから簡単に避けられると思ってただけだもん!
くそぅ、こいつわざとゆっくりと腕を振り上げたな?
そこら辺の知恵が回るんだから、ワイズマンの名は伊達じゃないね。
「お怪我は?」
「大丈夫。ちょっと相手を見誤ってた。ちゃんと集中してやるから、ミーナさんはデルガミドをお願い」
「畏まりました」
「そういえば……ミーナさんって戦える人?」
「鬼人族に戦えない者はおりません」
「じゃあ大丈夫だね。デルガミドは障壁に守られてるから、まずはそれを何とかしてね」
「分かりました」
「それじゃ、とっとと片付けてカティナちゃんを助けよう」
「えぇ、そうしましょう」
メイド服のどこに収納していたのか分からないけど、ミーナさんはガントレットを取り出して装着すると、そのままファイティングポーズを取る。
それに倣ってあたしも【理切】を構えた。
「それじゃ、行くよ!」
あたしの跳躍に合わせて、ミーナさんも跳んだ。
あたしはとにかく魔獣を2人から引き離すように、ミーナさんはあたしたちとデルガミドの間に入るように、それぞれが肉薄する。
「はぁッ!」
振り上げた【理切】をワイズマン・エイプキングの……だぁ、言いづらい! キングでいいや! キングの急所である首を狙う。
だが、当然のように防がれる。
キングが振り上げた腕に【理切】が当たると、ギャリギャリ! と滑り、火花が散った。
「っげ!? 硬すぎでしょ!」
手に伝わる感触は、分厚いコンクリートを斬りつけた時のように硬い。しかも皮膚にまで届いておらず、鋼のような体毛のせいでダメージにもなっていないようだ。
「これは骨が折れるぞぉ……」
巨体に見合わない敏捷性を持ち、並大抵の攻撃ではダメージも与えられない。
となれば、キングに刺さっている『支配杭』を叩き斬った方が早いね。
しかし、体を覆う黒い体毛のせいでパッと見では見つからない。
「双頭蛇の時は頭に刺さっていたけど、頭には無さそうだね」
西の山で双頭蛇と戦った時に得た教訓だけど、杭が見つかるまでは【理切】の因果断ち回路に魔力を込めない方が良い。じゃないと黒いモヤに囲まれた化け物にしか見えなくなるからだ。その状態だと杭の場所がちゃんと把握出来ないし、体の動きが分かりづらくなって、予備動作の予兆に気付けない。
「おっと!?」
キングの拳がピクリと動いて、振りかぶらずにノーモーションのまま振り下ろされる。
ドゴン! と爆発音じみた破砕音と共に、衝撃が地面を砕き、揺らす。
ほらね。今の拳の振り下ろしも、きっと黒い鎖のモヤに包まれた状態だと気付けなかったよ。
跳躍で距離を大きく離すと、キングは俊敏な動きであたしを追ってくる。
動くだけで地面は揺れ、威圧感と共に迫ってくる姿は恐ろしいのだが、何よりもどす黒く濁った赤い瞳と理性の無い雄叫びは、心が苦しい。
暴れ狂ったように腕を振り回しているように見えるけど、そのどれもがしっかりと意味があって、あたしの逃げ道を細かく潰してくる。
「っく! なまじ知恵があるから余計に戦いにくいな!」
知性と野性を併せ持つキングは、デルガミドに支配されて尚、それを失わず、目の前の敵を屠るための一手を着実に打ってきた。
攻撃と攻撃の間に僅かなラグを入れてみたり、体の向きを変えてみたり、フェイントを入れてみたり、とにかく時間を追うごとにいやらしくて面倒な攻撃が増えてくる。
徐々にタイミングをずらされ始めると『支配杭』を探しながらの回避にも限界が出てきてしまう。
回避に専念しているとはいえ、これでもあたしは元剣神。キングの攻撃を避けながらも、鋼のような体毛をどうにか攻略しようとカウンター攻撃も交えているのだが、どうにも効果がない。
「力で斬ろうとすると刃が滑るし、カミソリみたいに毛を剃ろうとしても毛の生え方が違うからそもそも出来ない……」
しかし、唯一効果がありそうなのが突き技だ。
西の山でワイバーンと戦った時には、斬撃による耐性のある魔法障壁のようなもので防がれてしまったが、突き技ならば問題はなかった。
しかもこの巨体である。
一刀で腕を切り落としたり、首を刎ねたりすることは出来ないから、自ずと選択肢は狭まり、刺突によるダメージの蓄積か、圧倒的な力によるゴリ押しか、それくらいしか思い浮かばない。
「杭を探すにも、まずはキングを少し大人しくさせないとダメか……」
しょうがない。こうなったら、苦手だけど突き技で攻めるか。
キングの猛攻を避け切ったあたしは、大きく距離を取ってあまり慣れない霞の構えを取る。
「ちょうど試したい事もあったし……ぶっつけ本番だけど、いざ参るッ!」
【理切】に見えない風の鞘を纏わせ、あたしは跳躍した。
刀の構えって、流派によって色々あるじゃないですか。
でも、漫画とかアニメとか、見栄えの良さが必要な時もあるじゃないですか。
そうすると、必然的に知っている構えとかになってしまうわけですよ。
実際の剣術の動画を見て研究はするんですけど、どうにも文字と絵では受け手の情報も変わってしまうので、中々に難しいですね。




