131、倉庫街の攻防2
ワイルド・ウルフには、特殊な力が無い。
しかし、強靭な爪と牙を持ち、ある程度の攻撃なら防げる毛皮を持っている。
とは言え、それだけだ。
なので、この魔獣に勝てるかどうか、というのが新人冒険者の壁の1つでもある。ソロでもパーティーでも、立ち回りさえしっかりしていればまず負けることのない魔獣だ。
だと言うのに、このワイルド・ウルフたちは通常の個体よりも遥かに強化されていて、早く、鋭く、そして何よりも野生の本能を失っている。
だから致命的な攻撃を避けることなく、私の喉笛を噛みちぎろうと迫ってくるのだ。
「えぇい、厄介な!」
そして、さらに面倒なことに、確実に殺さなければ後ろに控えている豚が回復魔法を使ってワイルド・ウルフたちを癒していく。
さらに魔獣たちは私が1頭を殺そうとすれば、それを邪魔してくるのだから、私のストレスは一気にマックスまで溜まってしまった。
「っち! もう面倒だわ! この区画ごと吹き飛ばそうかしら……」
同時多角的な軌道で私に迫るワイルド・ウルフを相手取りながら、指を弾いて人形たちを操る。
人形たちが魔力で出来た剣や槍で魔獣たちを攻撃するのだが、すぐに回復魔法が飛んでくる。
「だぁ! あんた、それ止めなさい! 鬱陶しいのよ!」
「黙れ! お前らのような奴にやられてたまるか! もう少しで儂がギルドを牛耳れるのだ! デルガミド様が即位されれば、儂が商業を支配出来るのだ! それを……それを! こんなところで! やらせんぞ!」
はぁ、これだからぶくぶく太った温室育ちの豚は……虎の威を借る狐の方がまだ可愛げがあるわね。
「あんたには無理よ! 自分の贅肉の管理も出来ないくせにギルドを管理できると本気で思ってんの?」
「うるさい! 冒険者ごときが知ったふうな口を利くな! デルガミド様から頂いたこの魔獣たちがいれば、お前なんか瞬殺だ!」
瞬殺できてない時点で察しろ、と言ってもこの豚の小さな脳みそじゃ無理か。
「もう良いわ、黙ってなさい。あんたと同じ空気を吸っているって事実だけで舌を噛み切りそうだから」
本当に面倒になってきたから、さっきの案を採用することにしようかしら。
そうと決まれば人形を操りながら、魔力を練り上げていく。
使う魔法は……豚なら丸焼きが良いわね。
「子供たち! 122秒よ!」
私はその場に立ち尽くし、詠唱を始める。
使うのは大魔法ではないが、燃やしていい対象の選別にはそれなりに時間もかかるし、コントロールも必要だ。
しかし、マスターの指導のおかげか、私はそういった細かな指定やコントロールが上手くない。人形と糸の精密操作だけをやってきた弊害なのよね。だから詠唱でそこを補強してやる必要がある。そのための122秒だ。
「……契約に従い、我が声に応えよ。燃え盛る炎を携えし、誉れ高き無窮の騎士。その手に集いし精霊を糧に迸る焔の大剣を呼び起こさん」
詠唱をしながらも指は常に動き続ける。
これからこの一画を焼き払うんだから、積極的に攻撃しなくても良い。ワイルド・ウルフの攻撃は人形たちが防いでくれる。
にしても、小娘と出会ってからというもの、やけに酷使される日々が続くわね。やっぱりあいつ、疫病神の化身か何かじゃないの?
「太古の栄華を焼き尽くす火の濁流、形あるもの全てを焼き消す浄化の光。生なき者、罪ありし者、悪しき魂を死の塵へと変えよ」
私の詠唱の音量が小さいこともあって、豚は勘違いをしてくれていた。
人形たちを積極的に攻撃させずに守りに入ったことで、防戦一方だと思ったのか、勝ち誇ったように高笑いをしながら、ワイルド・ウルフたちをけしかけてくる。
「勝てないと分かって、時間稼ぎか! 小賢しい! 魔獣ども! あの女を噛み殺せ!」
せいぜい良い気分でいることね。
あー、あの顔が絶望に染まる瞬間が楽しみね。
「其は全てを飲み込む火砕流。これは永劫に渡る火の支配の始まり也。汝の掲げる火と硫黄を司りしヴェルザナーグの刃を以て、我が怨敵を焼き払え。
『燃え盛る宿焔の大剣』!!!!」
次の瞬間、発着場周辺の一画に炎の柱が立ち昇る。
その数は100を超えた。
目の前のワイルド・ウルフたち、その後ろにいる回復魔法を使う豚の男。
だけど対象はそれだけじゃない。
対象区画内で警備隊と戦闘を行っている他の奴らも加えておいたんだけど、思ったよりも少なかったわね。
魔獣たちは炎に包まれて、真っ黒な炭と化している。
しかし、男の方は火力を調整してあるから、全身が酷く焼け爛れただけで済んでいる。
しかも高温の空気を吸ったことで体の中も重度の火傷を負っていることだろう。
回復魔法を使われても厄介だから、侯爵様が罪人用に用意してくれた魔力の使用を禁じる手錠を人形に渡した。
「ふぅ、やっぱり魔力の制御って苦手だわ……」
今の魔法であらかた片付いたのか、次々に伝令魔法で言葉が届く。どこも鎮圧が終わり、これから証拠品の押収と調査が始まるとのことだ。
そんな中、空中に真っ赤な花火が打ち上がるのが見えた。
見覚えしかないそれは、冒険者ギルドが高ランク冒険者を緊急招集するために使う非常用の魔法。
これが打ち上がった時は、本当にやばい状態だというのがほとんどだ。
「次から次へと……今度は一体なんなのよ……」
思わずそう愚痴ると、こちらへ向かってくる兵士の男が見える。
「伝令! 伝令! 冒険者ギルドからAランク冒険者、メルツェナ様に緊急招集命令があります!」
伝令役の兵士が丸まった羊皮紙を掲げながらこちらへ走ってきた。
はぁ、嫌な予感しかしないわ……本当に、あの小娘と出会ってから、退屈しないわね。
「ここよ! 伝令ご苦労様」
「いえ、仕事ですので! ではこちらをどうぞ! ギルマスからの命令書です」
私は羊皮紙を受け取るとすぐに封蝋を剥がして内容を確認する。
「…………はぁ!? なん……えぇ!? こんなことって……っち!」
私の反応に、伝令の兵士は酷く怯えている。
「な、何が起こっているのですか?」
「………はぁ」
伝えるべきか悩むが、こんなのはどう頑張っても隠し通せる内容じゃない。しかし、これを伝えてしまうと、王都中がパニックに陥る可能性だってある。
「……まぁ、隠してもしょうがないわよね」
今はとにかく人手がいるだろうし、きっと警備隊や騎士団にはこの内容が共有されるだろう。
要はタイミングの問題だ。
今知るか、後で知るか。
だったら覚悟を決める時間は長い方がいいに決まっている。
「今、この王都は未曾有の脅威に晒されているわ」
「未曾有の、脅威……?」
私はこれから告げる内容の重さに、思わず深呼吸をして躊躇ってしまう。
「何が起きるというのですか?」
「この王都に、魔獣の軍勢が押し寄せているのよ」
「なっ!? どういうことですか!? 魔獣の大群というのは!?」
「落ち着きなさい。魔獣はワイズマン・エイプがほとんどだけど、他の魔獣も混ざっているらしいわ。しかも、その数があり得ないのよ」
私は命令書に目を落とす。
本当にあり得ない数字ね、これ。
「その数、2万以上」
私の言葉に、兵士は絶句する。
正しい反応よね、これ。
私だって同じだもの。
「それらが王都周辺の山や森から一斉に王都を目指している、って話ね。これから私はギルドへ向かう! あなたたちは詰め所に戻って指示を待ちなさい。恐らくこの件の指揮権は王国騎士団が持つはずよ!」
「わ、わかりました! ご武運を!」
「あんたもね。死ぬんじゃないわよ!」
慌てた様子で駆け出していった兵士にそう声をかけると、私はこの後の行動について考えを巡らせる。
「小娘たちは……カティナ嬢の救出があるからダメね。マスターは……あのギルマスがマスターを出撃させるとは思えないわね」
はぁ、と深い溜息を吐く。
「残業確定かしらね……」
私の元に戻ってきた人形たちを、一体を除いてマントへ帰らせる。
「あなたにはこの命令書を小娘に届けてもらうわ。ちょっと待ってて」
命令書にこれからの私の予定と、今後の全体的な動きの予測を書き足してやると、残した一体にその羊皮紙を握らせる。
「ほら、行きなさい! 小娘はまだ孤児院にいると思うから、確実に本人に渡すのよ!」
木の人形はコクリと頷いて、駆け出していく。
「それじゃ、もうひと頑張りしますか」
その背中を見送った私もまた、全速力で冒険者ギルドへと向かったのであった。
まさかの緊急事態!
王都を目指して進軍を始めた魔獣たちを相手に、王都はどうなってしまうのか!?




