130、倉庫街の攻防1
時はモカとミーナが孤児院で地下へと秘密の入り口を探している最中。
場所は王都商業区の一画、商会用馬車発着場近くの倉庫街。
「改めて確認するわよ」
その馬車発着場を囲む様に広範囲に配置された王都警備隊の数はおおよそ220名ほどで、全員が有事の際に着用する武装を身に付けている。
王都警備隊の総勢が1000名ということを考えると、約2割ほどの人員がここに割かれていることになる。他の警備隊も王都広域に広がっている事を考えると、過剰なのかもしれない。
「商業ギルドが黒だと断じる事は出来ないけど、書類の偽造が安易に出来る幹部クラスに裏切り者がいる可能性が高いわ」
通信魔法兵を傍らに置いたメルツェナは、至極真面目な顔で自分の周囲に集まるリーダーたちの顔を見渡す。
「私たちの仕事はその幹部の捕縛と、証拠の確保。それから情報の入手よ」
こういう有事の際に王都警備隊や王国騎士団の他に、高ランク冒険者が駆り出されるのは本当に面倒よね……何のために高い税金を払ってると思ってんのよ。
こんな事をするために冒険者になったわけじゃないってのに……はぁ、まぁいいわ。きっと今頃、小娘もミーナもちゃんと仕事をしているでしょうし。
「突入の合図はこっちで出すわ。第1、第2班は目的の倉庫の安全確保と掌握。第3から第9班は商業区を包囲しつつ前進して包囲網を狭めていきなさい。突破してくるような奴がいたら迎撃を許可します。ただし! 基本的には殺さずに捕縛を優先すること! 良いわね? そして第10班は私と一緒に発着場の事務所に行くからそのつもりでいなさい。残りの第11、12班はここで待機。応援が必要な場所があればそちらに行きなさい。何か質問は?」
「ありません!」
「よろしい。では迅速に終わらせて、酒場でたらふく食べて飲んで、明日は惰眠を貪りましょ」
「はい!」
士気の高い警備隊のリーダーたちは駆け足で自分の班へと戻っていく。
その後ろ姿を見送った私は、一緒についてくる第10班のリーダーに視線を送る。
「姉さん」
「アーケイン、今は指揮官よ」
「そうでした、指揮官殿。それで、ここが本丸だと思う?」
「そうね、まぁブラフというか、摘発されても問題ない拠点の1つだと思うわ。きっとまた重要な情報は無いと思う」
「じゃあ本命はさっき通信で言っていた孤児院の方に?」
「そこも本命かどうか分からないけど……ムカつくことに『9つの骸』の情報統制は異常なくらいね。情報へのアクセス権が階層ごとに区切られているから、下っぱを何十人と捕まえても上に繋がる情報は1つも無いんだもの」
今までに王都にアジトや拠点を構えてきた裏の組織は山ほどあるが、ここまで徹底された組織はこれが初めてだ。ゴロツキどもが集って出来た集団というよりも、軍隊のようなイメージを受けるから、きっと幹部連中にそれに近しい者がいるか、情報の統制が簡単に行える貴族連中がいるか……まぁ、後者の可能性が高いわよね。
「姉さんは孤児院の方に向かわなくて大丈夫?」
「だから指揮官だっての! 全く、これだから愚弟は……」
「あー、はいはい。指揮官殿、でしたね」
確かにアーケインの言う通り、この発着場と倉庫街には特別重要なものがあるとは考えられない。しかし、倉庫街で違法な人身売買の可能性があったとなれば、やはり調査は必要だ。
現在、コルベス王国では奴隷が禁止されている。もちろん、それに伴う人身売買も禁止されているのだが、いかんせん1部の国では奴隷が合法な国もある。その国への出荷されればもう足取りを追うことが難しくなるから、国境を越えられる前に……いえ、違うわね。この王都から出る前に片を付けないといけないわね。
「何としても証拠を見つけて、関係者を1人残らず取っ捕まえるわよ」
「了解です、指揮官殿!」
「あぁ、それから」
私は背を向けて自分の班に戻ろうとする愚弟に声をかける。
「孤児院の方は何の問題もないわ」
「へぇ、それはどうして?」
「あっちには、とっても生意気な小娘がいるの」
「へぇ、姉さんが認めるほどの人なんだ?」
「私には及ばないけど、それなりに強いのよ。まぁ……ちょっと目を離した隙にあり得ないことをしでかすような奴なんだけど……あれ、ちょっと待って? 何だか心配になってきたわ」
「ふふ、何だかんだ言って面倒見が良いからね、姉さんは」
「指揮官!」
「はーい、それじゃ、気を付けて」
「あんたもね」
アーケインは笑顔で頷き、今度こそ私に背を向けて走り出した。
「よし、それじゃあ始めましょうか」
私がマントを翻すと、そこから愛しい人形たちが現れる。
「対象の全班に通達。これより作戦を始めるわよ!」
こうして、倉庫街の攻防が幕を開けた。
時は少し進み、モカとミーナが孤児院の地下で子供たちを発見した頃。
メルツェナが暴れ回っている馬車発着場では。
「だぁ、クソ! なんでこんな場所で魔獣が飼育されてんのよ!」
相手にしているのは山岳狼と呼ばれるワイルド・ウルフ。
その数は驚くべきことに100頭を超える。
しかもただの魔獣ではない。
体毛は逆立ち、焦点の合わない瞳はどす黒い赤に染まり、自我を失ったかのようにフラフラとしている。
だと言うのに魔獣としての本能なのか、見事な連携で確実にこっちの戦力を削ってくるのだから、本当に面倒だ。
このワイルド・ウルフは1頭ではそこまで脅威度が高くないのだが、これが群れればその脅威度は加速度的に上昇する。
「子供たち、警備兵を安全な場所まで運んで、救援が来るまで守ってなさい!」
人間にも劣らない連携によって、私と一緒に行動していた第10班は壊滅。幸運なことに死人は出ていないが、全員が重傷を負っている。
私の命令を忠実に守ってくれる子供たちは、警備兵を背負ってこの場から離脱していく。
今回新たに召喚した子供たちは全部で30体。
私の手持ちは75体だけど、残りの45体は既に王都全域の捜索と他の部隊への応援役に回している。
そして、警備兵を運ぶのに10体、その護衛に5体を使えば、私の手元に残るのは15体の人形だけ。
「まぁ、これくらいでちょうどいいハンデよね」
とは言え、こちらもやられっぱなしではない。
既に警備兵が6頭、人形が12頭、私が20頭を討伐しているから、残りは80頭くらいかしら?
どこにこれほどまでの魔獣がいたのか。
話は単純で、私が発着場の事務所に突入すると、そこには責任者を名乗るでっぷりと太った豚のような男がいた。
その男に話を聞こうとしたら、挨拶代わりに魔法を放ってきたからそれを弾き返してやった。
するとその豚はぶーぶーと醜く鳴きながら激昂して奥の部屋に逃げ込んだ。
それを追いかけると、豚は床の隠し扉らしきものを開けていて、そこからこのワイルド・ウルフが大量に飛び出してきた、ってわけ。
その魔獣の様子がおかしかったから、私はすぐに全員に屋外退避を命じたんだけど、まぁ、あいつらは魔獣だから、逃げる獲物を追いかけるわよね?
私の判断ミスよね、これ。
本当なら、被害を気にせずにその場で豚もろとも魔獣を焼き払っておけば良かったのよ。
だけど、証拠や手掛かりのことを考えると躊躇しちゃったのよねぇ。
そのおかげでこんな状況になってるんだけど……はぁ、終わったらマスターからお説教かしら。
「っち、なんであたしがお説教されなきゃならないのよ……腹立ってきたわね」
私は、魔獣たちの後ろで勝ち誇ってふんぞり返って笑っている豚を睨みつける。
「ちょっとくらいストレス発散したって、バチは当たらないわよね?」
そして、私の一方的な蹂躙劇が始まった。
メルツェナさん視点の物語。
モカとミーナが頑張っている裏で、メルツェナさんも頑張っていました。
あと、初登場のアーケイン。
メルツェナさんの弟で、王都警備隊所属のリーダーです。
デュランさんに似ているのは彼ではなく、もう1人の弟です。




